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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
1部

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【魂喰蝶】5

「すごい……ですね」


 部長の部屋に招かれた僕は、何とも間抜けな第一声を発してしまう。

 冥鬼の髪を結うと申し出てくれたハク先輩は冥鬼とともに別の客室へ通され、その間に僕達は怪しげなオカルトグッズの並ぶ部長の部屋にお邪魔していた。

 正直、これが女子高生の部屋だとは思いたくないんだが……。


「これは去年ネパールで買った呪いの仮面よ。被ると生きながら発狂して死ぬらしいわ。子猫ちゃん、被ってみる?」

「にゃあああっ! ふざけんな馬鹿千穂!」


 ゴウ先輩はいちいちオーバーアクションで部長が披露するオカルトグッズを怖がっている。これだけ怖がってもらえたらオカルトグッズたちも本望だろう。


「宝石なんかもありますね……」

「ああ、それは触ると持ち主を一週間以内に祟り殺す呪いのダイヤね」


 部長の言葉に、僕は慌てて飛び退いた。

 壁には槍(血がついていたのか、ところどころ錆びているのが怖い)や仮面、首飾り、そのほかいわく付きのものがずらりと飾られている。

 まるで博物館のようだ……。


「あなたたちに見せたいものは、ちょうど昨日仕入れたばかりの物なの」


 そう言って部長が本棚を意味ありげに撫でた時だった。

 ゴウ先輩が、捨てられた子猫のようにか細い鳴き声を上げる。


「……ば、馬鹿千穂〜……」


 やけに内股でもじもじしているゴウ先輩に気づいて部長が本棚から手を離した。


「何、子猫ちゃん。お手洗い? あと私は高千穂。復唱しなさい」

「はぅっ……た、高千穂……部長ぉ……」


 ゴウ先輩は何度も頷きながらズボンの前を押さえている。

 トイレに行きたいのであろうことは誰の目から見ても明らかだ。


「全く、子猫ちゃんは怖いとすぐもよおすんだから」

「しょっ、しょうがねーだろぉ! お、オレがこういうの苦手だって知っててっ……ビビらせるからっ!」


 ゴウ先輩はひとしきり喚いた後、遠慮がちに僕の袖を軽く引っ張ってきた。


「どうかしました?」


 壁に飾られた黒塗りの日本刀を眺めていた僕は、もじもじしたまま動かないゴウ先輩に気づいて視線を向ける。

 ゴウ先輩は今にも泣き出しそうな顔をして僕を見上げた。


「ぁ……う……お、おし……」


 ごにょごにょとゴウ先輩が呟く。

 僕はゴウ先輩と同じ背丈になるように屈んで耳をすませると、ゴウ先輩は再度ネコミミを震わせながら口を開いた。


「お、おしっこ……行きたい……」

「行ってくればいいんじゃないですか?」


 ゴウ先輩が何を伝えたいのか分からなくて首を傾げると、本棚に背をもたれていた部長が鼻で笑った。


「鬼道くん、子猫ちゃんとお手洗いに行ってきなさい。これは部長命令よ」

「……? は、はい……」


 僕は首をかしげながら、未だに袖を握ったままのゴウ先輩とともに部屋を出ると、広々とした廊下の途中にあるトイレへと向かう。

 ゴウ先輩は慌ててトイレに駆け込んで、用を足しながら安堵のため息をついた。


「はにゃあ……間に合った」


 鏡越しに目が合ったゴウ先輩が、照れくさそうに唇を尖らせている。


「悪いかよ、一人でトイレに行けなくて」

「い、いえ……そういう時期ってありますよね」


 僕は何とかゴウ先輩にフォローを入れた。

 用を足してスッキリした様子のゴウ先輩が手を洗いながらチラリと僕を見る。


「鬼道は? 小便してかないのか?」

「あー……」


 僕は視線を彷徨わせると、『じゃあ失礼します』と一言添えて小便器の前に立った。

 同時に、手を洗い終わったらしいゴウ先輩が僕に声をかけてくる。


「オレ、先に戻ってるぜ。部屋の場所は覚えてるよな?」

「ええ、大丈夫ですよ」


 僕は、軽い足取りでトイレを出ていくゴウ先輩を見送ってから用を足し始めた。ただのトイレなのに床が大理石じゃないか、これ……。

 一応個室のほうも覗いてみると、金色の洋式便器が置いてあった。ちゃんとウォシュレットつきだ……やたら広いし、本を読むスペースすらある。さすが金持ちの家……すごいぞ。


 僕は散々他所様の家のトイレを観察した後、感心しながらトイレを出た。

 結構長居をしてしまったけど……。


のんびりとした足取りで部長の部屋へ戻ろうとした時、口を押さえてふらふらと部屋から出てきたゴウ先輩の異様な姿が気になった。


「ゴウ先輩……? どうしたんですか?」

「逃げろ、鬼道……」


 ゴウ先輩はくぐもった声でそう告げると、力が抜けたようにその場に倒れ込む。

 何が起きたのか分からなかった僕は、ワンテンポ遅れてから彼の体を慌てて抱き起こす。

 なぜか、ゴウ先輩は眠そうに瞼を擦っている。彼が眠たがりなのはいつものことだけど、なんだか様子がおかしい。


「あの小娘、何が珍しい蝶の標本……だ……」

「せ、先輩? 一体何が……」


 軽くゴウ先輩の体を揺さぶって呼びかける。

 原因は分からない。わからないが……彼の体からはどんどん力が抜け始めていた。


「あれは、魂喰蝶(こんじきちょう)、だ……厄介だな」


 ゴウ先輩の瞳から徐々に光が消えていく。


「こ、こんじきちょう……? 何ですか、それ……」


 僕の声掛けもむなしく、ゴウ先輩の体がぐったりと力なく僕の腕にもたれ掛かる。小さな口が弱々しく動いた。


「時間が無い。よく聞け。鬼道、オマエは恐らく魂喰蝶の影響を受けない。だけど絶対に鱗粉を吸うなと……冥鬼に伝えてくれ、ハクを守……」


 耳をすまさなければ聞こえないくらいの小さな声で先輩が告げる。すぐに聞き返そうとするが、返答はなかった。

 それどころか、驚くほど軽い先輩の体からは生気そのものが感じられない。


「せん、ぱい……?」


 僕は呆然と先輩を見下ろしていた。

 何が何だかわからない。先輩は僕の腕の中で、静かに事切れている。


「……ッ! 部長!?」


 力の抜けた小さな体を静かに横たえた後、僕はすぐさま部長の部屋の扉を開け放った。

 するとそこには、異様な空気が立ち込めていた。

 息苦しくて禍々しい、重い空気の中で高千穂部長が机に突っ伏している。


「部長……?」


 ゆっくりと近づく僕に、部長はなんの反応も示さない。まるで眠っているかのように。

 いや、眠っているなら寝息が聞こえるはずだ。それが聞こえないってことは……。


「高千穂部長ッ!」


 僕は少し大きめの声を上げて部長の肩を揺すった。

 目の前の出来事が信じられなかったから。


「……」


 高千穂部長は僕に揺さぶられてもピクリとも動かない。

 手には標本を持っていて、中には何かが入っていたのだろうけど……標本の中身は空っぽだった。


「一体何がどうなってるんだ? ゴウ先輩も部長も、部屋の中で何が起きて……」


 辺りを見回しながらそう呟いた時、遠くで大きな物音が聞こえた。

 それはまるで、かたいものが壁にぶつかるような音。

 実際ぶつかったんだろう、僅かに振動が伝わってきた。


「ハク先輩と、冥鬼か……?」


 考えるよりも先に体が動いていた。

 しんと静まり返った部屋を飛び出した僕は、やたらと広い高千穂家の廊下をまっすぐに駆けていく。

 道中、使用人らしき男女が廊下で倒れていた。

 きっと彼らもゴウ先輩と部長のように……。


「そういえば、さっきゴウ先輩がこんじきちょうって言ってたが……」


 こんじきちょう。

 聞き覚えのない言葉だ。

 少なくとも、僕の記憶の中にある全ての辞書をひっくり返してみてもそんな言葉は無い。

 一体ゴウ先輩たちに何があったのか、その謎を突き止める為にも、僕はハク先輩と冥鬼の元に急がなくては。


「冥鬼ッ! ハク先輩!」


 片っ端から部屋の扉を開けて声をかけるが、だだっ広い家の中では彼女たちを探すのは骨が折れる。

 案の定、僕の開けた部屋は全て無人だった。


「くそ……よくこんな広い家に住んでて迷子にならないよなッ!」


 誰に言うわけでもなく毒づきながら廊下を走っていた僕の耳に、微かだが人の声が聞こえた。


「……ねーちゃんっ!」


 それは間違いなく冥鬼の声だ。

 僕は声のする方向へと走り出した。再度、冥鬼の声が近くから聞こえる。

 おそらく半開きになった客間の扉──あれだ! 

僕はすぐにドアノブを掴んで、思い切り押し開けようとした。

 しかし、扉は途中で何かに突っかかってしまう。

 扉の前に積まれたたくさんの椅子や机が、扉を開かないようにバリケードの役割を果たしている。何のために……?

 僕は扉の隙間に腕を突っ込んで、扉の前で積み上がったテーブルを強く押しのけようとした。


「ぐっ……」

「楓!?」


 積み上がった家具の向こうから冥鬼の声が聞こえる。


「冥鬼ッ! 何があったんだ?」

「ハクねーちゃんが……いや、そんなことより……この部屋に入ってくるんじゃねえ。お前までやられるぞ」


 冥鬼はそう言って床に剣を突き刺す。彼女の妖気が、ビリビリと室内の空気を震わせていた。


「敵が居るのか? 僕も戦うから……これを退かしてくれ!」


 僕は、またすぐに扉を開こうとするのだが、扉の前に積み上げられたテーブルや椅子を冥鬼が退かしてくれることは無かった。

 冥鬼は辺りを注意深く見回しながら剣を構えている。


「チョロチョロ逃げ回ってんじゃねえぞ、害虫。今すぐ喰ったモンを吐き出せ」


 怒りを滲ませた声で冥鬼が告げるが、部屋の中に人の気配は無かった。


「は、ハク先輩がどうかしたのか?」

「──ねーちゃんの魂が喰われた」


 冥鬼は僕を見ずにそう告げる。

 僕は、頭の中が真っ白になった。


「……それって、こんじきちょうって奴の仕業か?」

「ああ?」


 震えた声で尋ねると、冥鬼は「知らねえよ」とそっけなく答えて足元で倒れているハク先輩に視線を向ける。

 僕はすぐに身を乗り出して全身で扉を押し開けようとした。しかし……。


「来るんじゃねえッ!」


 冥鬼が荒っぽい口振りで叫ぶと同時に、家具で作られたバリケードの間を縫うようにしてヒラヒラと金色の蝶が舞い降りてきた。

 その蝶は細かい金箔のような、キラキラしたものを纏わせながら僕の目の前でゆっくりと羽根を上下させている。


「蝶……? 何で家の中に蝶、が……」


 戸惑う僕の前で蝶が金色の羽根を動かす。

 キラキラした鱗粉が辺りに浮遊した時、僕の意識が大きく揺らいだ。


「──ッ!?」


 全身の力が蝶によって抜き取られていくかのような感覚に、僕は思わず膝をつく。

 僕の異変に気づいた冥鬼が勢いよく大剣を払うと、その風圧でバリケードのように置かれた椅子や机が弾き飛ばされた。


「楓ッ!」


 冥鬼が駆け寄ってきたのが、朦朧とした意識の中でもよくわかる。

 僕は彼女の腕の中に倒れ込んだ。


「楓ッ、しっかりしやがれ! オマエが倒れたら、オレさまは……!」


 既に僕は何も喋ることが出来なくなっていた。

 金色の蝶に掛けられた鱗粉を吸い込んだせいなのか指先ひとつ動かず、声を発することもできない。

 冥鬼はそんな僕を見下ろして、少し焦ったように舌打ちをした。


「……ちッ、ハクねーちゃんと同じように魂を喰われたみたいだな。あのクソ蝶……舐めやがって──」


 冥鬼は僕の体を静かに横たえると、注意深く辺りを見回して蝶を見据えた。

 金色の蝶は鱗粉を撒き散らしながら優雅に飛んでいる。


「魂喰蝶を取り逃がすのはヤバいぜ、ここで仕留めないともっと被害者が出る」

「貴様に言われなくても分かってんだよ、豚」

「ブタ!?」


 トコトコと歩み寄ってきた豆狸に辛辣な言葉で返した冥鬼は、自由気ままにヒラヒラと飛んでいる蝶を見ながら鼻を鳴らした。


「ふん──こりゃ確かに、魔鬼の野郎じゃ相性最悪な相手だな。──だがしかしッ!」


 そう言った冥鬼の体から赤い炎のような妖気が迸る。


「オレさまは常夜の国の鬼神ッ! 冥鬼様だァッ!」


 その言葉と共に冥鬼が床を蹴る。

 ヒラヒラと不規則に飛び回る蝶の軌道を読み取って深く踏み込んだ冥鬼がまっすぐに大剣を振り下ろした。


「やったか!?」


 豆狸が声を上げる。

 きっと僕も声が出せたならそう言っていただろう。

 しかし、切っ先は羽根を僅かに切り落としただけで、蝶を仕留めるには至らなかった。

 体のバランスを崩した蝶は、さらに不規則な動きで冥鬼の周りを飛び始める。

 まるで挑発するかのようにも見えるその動きに、冥鬼は静かに呟いて剣を構えた。


「……次は殺す」


 彼女の体から迸る妖気は、この世のものとは思えないほどに禍々しくて、それでいて恐ろしい程に美しい。

 血の色をした大剣が煌めいて蝶を仕留めようとしたその時、蝶がゆっくりと羽根を動かして鱗粉を振りまいた。

 その鱗粉は冥鬼の辺りを漂い始め、次第に……。


「は……?」


 冥鬼が声を上げる。

 同時に、冥鬼の手から大剣が落ちた。

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