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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
4部(ガットフェローチェ編)

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【土用凪 祓いの酒で 酔いし虎】2

「始まったッ!」


 バイクの排気音に混ざって、悲鳴が飛び交う。それは子供であったり、男性、女性の叫びが入り乱れていた。

 竹やぶから飛び出した彼らの目に飛び込んできたのは、白い特攻服を着た男たちが見境なく人々に暴力を振るっている様子。

 手にした鉛色の武器が、提灯の光を受けて不気味に輝く。人々は悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。


 祭りの華やかさは、一瞬にして消え失せる。


「お──おいおい、ここまでやるのかよ()()()()()()()()()……」


 同じ暴走族である降暗堕頭魔(ファンタズマ)の男たちも、少し引いた様子で彼らの暴走を見守っていた。


 それは、ただ残酷なだけの暴力。


 あの特攻服には見覚えがあった。捨てたくても捨てられず、実家のダンボールに押し込んだ、あの夏用の白は。


(()()()()の、特服じゃねえか……)


 宿儺は呆然とした様子で、目の前で繰り広げられている惨状を眺めていたが、小さくため息をついて俯きがちに三毛(みけ)琴三(ことみ)を呼んだ。


「部長に連絡取って避難しろ。オレのスマホ壊れたっぽいし、こっちのことは気にしなくていいから」

「え〜? もちろんそのつもりですけどぉ、宿儺くんはどうするんですかぁ?」


 琴三は、目の前の暴力行為に眉をひそめ、自分には関係ないと言った風に鼻にかかった声で尋ねる。

 自分はどうするべきか。答えなど、とうに決まっている。


「ケリをつけてくる」


 宿儺は、低く押し殺した声で言った。青い瞳に、獣の炎がくすぶる。

 琴三は毛先を指に巻き付けてくるくると弄ぶと、至極どうでも良さそうに虚空を見上げるのだった。


「そーですかぁ。怪我したいなら勝手にしてくださーいっ☆」


 からんころんと下駄の音を立てながら、琴三が宿儺に背を向ける。そのまま立ち去るかと思いきや、『あ、そうだぁ』と甘く間延びした声で振り返り、そして──。


 悪戯たっぷりに片目を伏せたのだ。


「宿儺くんのスマホ、壊れてないですよぉ? 優しいウチが、機内モードにしてあげただけなんで♡」


 とびきりのしたり顔で告げた琴三は、袖を左右に揺らしながら駆けていく。その後ろ姿を見送った宿儺は、少しだけ毒気を抜かれた表情で『馬鹿』と呟く。


「お前らも早く避難したほうがいいぜ。怪我したいなら止めねーけど」


 宿儺は軽くストレッチをしながら降暗堕頭魔の男たちに言った。既に彼らは、青ざめた顔で後ずさりをしている。


「あ、あぁ……そうする。お前らも程々にしとけよ! サツが来る前に撤収しとけ!」

「……伝えとくよ」


 こんな状況でも敵チームを気にする降暗堕頭魔たちに、宿儺は苦笑した。

 彼らも、根っこはガットフェローチェと同じ。ただバイクが好きな、馬鹿な少年たちなのだと。

 宿儺は少しだけ笑って彼らを見送ると、やがて長く深いため息をついた。


「オラァ! ちゃんと逃げないと死んじゃうよォ!」


 男たちが叫ぶ。彼らは屋台を次々と蹴り倒し、鉄パイプやバットを振り回していた。焼きそばの鉄板が地面に落ち、焦げたソースの臭いが鼻を刺す。飛び散ったかき氷や食べかけの焼きそばがあちこちに散乱し、踏まれ、ぐちゃぐちゃになっている。


「う、うわああん!」


 まだ小学生ほどの少年が、足を滑らせて地面に倒れ込む。逃げようとして焦ったのだろう。泥で汚れた浴衣を引きずりながら逃げようとする少年の足首を、男が乱暴に引き寄せた。


「ひぎゃあッ!」


 仰向けに転ばされた少年が悲鳴を上げる。男は、少年の浴衣の裾をバットでするすると捲りながら笑った。


「ひいッ!?」


 冷たいバットがゆっくりふとももを擦れるたび、少年は怯えたように悲鳴を上げる。


「今夜はさァ……思いっきり楽しんで良い日なんだよ」


 怯えた少年の反応を楽しむように、男が舌なめずりをする。ぐりぐり、とふとももにバットの先端を擦り付けた男は、おもむろにバットを持ち上げた。その意味を考えて、少年がひゅっと息を飲む。


「イくぜェ〜?」


 少年目掛けて勢いよく鉄の棒が振り下ろされたその瞬間、男の体が宙を舞った。次の瞬間、男は数メートル先の屋台に叩きつけられ、木の骨組みが派手に崩れる。


「ほげェ……」


 祭りの屋台が雪崩のように崩壊し、その下敷きになった仲間たちが苦悶の声を上げた。

 宿儺の腕には、半泣きの少年が抱かれている。少年は、おずおずと宿儺を見上げて何かを言おうとした。


「あッ、あの……」

「行け」


 とん、と背中を押された少年は、つんのめるようにしてその場から逃げていく。その無事を見送った宿儺の視線は、ゆっくりと彼らに向けられた。


「ンだこのチンカスがよォ! ぶっ殺されてえのかァ!?」


 男たちが睨みを利かせ、荒々しい足音を立てて近づいてくる中、宿儺はただ体の力を抜く。海底に沈んでいくように、青い瞳が暗く光る。


「調子乗ってんじゃねえぞッ、ガキがあぁッ!」


 威圧的な声が飛び交う。けれど、宿儺は動じる気配もない。

 先頭の男が鉄棒を振り上げて襲いかかったその瞬間、風が起こった。浴衣の裾が軽やかに舞い、鉄棒を振るう男の動きが止まる。


「がは……!?」


 瞬く間に男は膝をつき、鉄棒を取り落としていた。そのまま倒れる姿に、周囲がどよめく。宿儺は軽く袖を振っただけのように見えたが、その先の動きは誰にも分からなかったのだ。


「な、舐めんな……行けッ! ブチ殺せッ!」


 一瞬怯んだが、次々に男たちが襲いかかる。しかし、彼らの武器は一度も宿儺に触れることがない。おそらく、宿儺の姿すら捉えることができていなかった。

 彼の動きはまるで陽炎のようにとらえどころがなく。浴衣の袖が軽やかに舞うたびに、男たちは呆気なく地面に沈んでいく。


──ああ。


 こんな風に、多人数を相手に喧嘩をするのは久しぶりだった。高校に上がってからは、ずっと目立たないように、普通に生きようと決めていたから。心の中に潜む獰猛な獣を封印するように。それが今は──。


──もっと。


 祭りの熱気のせいだろうか。懐かしい白を着た男たちとやり合うたび、体中の血液が沸騰しそうになる。それは、快楽にも似た昂り。


「……危ねぇ」


 うっかり我を忘れて目の前の喧嘩を楽しみそうになっていた宿儺は、男の体を地面に倒した。

 今の彼は、ただの粟島宿儺でしかない。過去は、あの日に全て置いてきたのだから。

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