【土用凪 祓いの酒で 酔いし虎】1★
──四年前、ガットフェローチェの少年たちは如何にして《罪》を持ち帰ったのか。
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青春と狂気が交差するダークサスペンスホラー
『罪の棲む村』
夜空に咲く花火が煌めき、祭りの喧騒はピークに達していた。露店の明かりが連なる夜祭の通りは、浴衣姿の人々で埋め尽くされている。
その中でも、一際すらりとした体躯の少年が道行く人の目を引いた。藍色の浴衣を纏った金髪の少年は、今夜もその瞳を隠すように分厚い眼鏡をかけている。
「あの人かっこよくな〜い?」
「ハーフかなぁ……」
友達同士で祭りにやってきたのか、中学生くらいの女子たちが、ちらちらと彼の姿を見ていた。こっそり撮影しようとスマートフォンをかざしたそのシャッターチャンスを遮ったのは、猫耳と長く伸びたしっぽが特徴的な自称『ミステリアスキャット』の三毛琴三。
「ざまぁ♡」
琴三は、悪戯っぽくしっぽを振って悠々と夜店を巡る。
そんな琴三の後ろを歩きながら、粟島宿儺は、難しい顔てスマートフォンを確認していた。
今頃は、海斗と美燈夜も祭りを楽しんでいるだろう。ある程度時間を潰してから連絡をする予定になっていたが……。
「何でずっと圏外なんだよ……」
「ウチ知りませーん☆ 壊れちゃったんじゃないですかぁ?」
ぶりっこ全開で琴三が笑う。
グループ通話の最中に琴三に触られてからスマートフォンの調子が悪く、受信も送信もできない状況が続いている。当然通話も不可能だ。電波が悪いのだろうか……。
「あーあー。ハク先輩、今頃きゃわいい浴衣でたくさん美味しいもの食べてるんだろうなーっ♡」
前方を歩く琴三の声が、少し遠くから聞こえる。
今頃、海斗も美燈夜と共に夜店を回っているのかもしれない。子犬のような二人が夜店の食べ物を味わっているところを想像しただけで、宿儺の口元も自然とゆるむ。
『早く明日にならないかなぁ……』
昨夜の通話で、海斗は寝落ちる寸前の声で言った。そんなにネージュたんとやらのグッズが買いたいのかと尋ねると、どうやらそうではないらしい。
『明日になれば、宿儺くんの浴衣姿が見れるからさ』
宿儺は思わず咳払いをした。
この男、いつも突然妙なことばかり言い出す。よりにもよって、通話の時ばかりだ。
『宿儺くんって、かっこいいから何でも着こなしちゃうイメージなんだ。きっと浴衣も似合うんだろうなぁって、今日一日ずっと考えてた』
ネットや通話なら強気になるタイプの人間なのだろう。それにしたって、毎回こんなことを言われては心臓に良くない。
『お前は、普段何を考えてんだよ……』
動揺を悟られないように、苦し紛れにそう尋ねると、海斗はほとんど夢の中にいるような声で笑った。
『へへ、宿儺くんのこと』
一緒に居て楽しい。もっと声を聞いていたい。一分一秒でも、長く通話を繋げていたいのは自分のほうだ、と宿儺は思う。
(オレも、海斗のことを考えてる)
その一言は、さすがにちょっと恥ずかしくて口に出せなかった。
宿儺は、ため息混じりにスマートフォンを帯に差す。
「──三毛?」
ふと気がつくと、琴三の姿がない。海斗と連絡を取る事に夢中で見失ってしまったらしい。
相変わらず猫みたいに気まぐれな奴だ、と宿儺はため息をついて辺りを見回した。人混みをかき分けるようにして、特徴的な猫耳を探す。祭りの場にはどうぶつの姿もちらほら見えたが、どれも琴三ではなかった。
せめてRAIINで連絡が取れたら良いが、宿儺のスマートフォンは圏外のままだ。小学生の時に親に買ってもらってからずっと愛用してきたが、いよいよ機種変時なのかもしれない。
「きゃあ〜!」
突然、気の抜けたような悲鳴が聞こえる。祭囃子の音にかき消されそうな情けない声だったが、間違いなく琴三の悲鳴だ。
祭りの喧騒から離れた場所に竹やぶがあり、そこに琴三を囲む男たちの姿があった。
「こいつ……急に叫ぶんじゃねえよ!」
「だってぇ、絶対ウチにエッチなことする気じゃないですかぁ?」
「しねーよ!」
年齢は大体宿儺と同じくらい。体格はがっしりしており、腕や首筋に刺青の入っている者も居る。
「良いから、それを返せってんだ──!」
男が乱暴に琴三の腕を掴もうとした瞬間、その体に触れていた男が勢いよく吹き飛ぶ。細腕の琴三に特別なチカラはない。そこに立っていたのは呆れた顔の宿儺だった。
「……助けない方がよかったみたいだな」
「ちょっとぉ、なんてこと言うんです!? もう少しで、きゃわいいウチがキズモノになるところだったんですよぉ?」
自然な動作で琴三から財布を取った宿儺は、ため息混じりに呆れた視線を送る。背中からぶーぶーと不服そうな琴三の声が聞こえたが、聞こえないフリをした。
男たちの数は五人。地元のチンピラだろうか──どちらにしても、琴三に絡まれたのは少しかわいそうだなと宿儺は思った。
「これ返します。すんませんでした」
宿儺は深く頭を下げて身を翻す。名残惜しそうな琴三に声をかけてその場から離れようとするが……。
「待てや、クソメガネ」
男が怒りに震えた声で宿儺を呼び止める。そのこめかみには、ビキビキと青筋が浮いていた。
「降暗堕頭魔の特攻隊長ナメんじゃねえぞゴラァッ!」
間髪入れずに男が殴り掛かろうとする。宿儺は腕を掴むと、呆気なく振り払ってその場に転ばせた。
「い、痛いィッ!」
「……あ、悪い。でもアンタがいきなり飛びかかってくるから」
宿儺は、派手に転んで喚いている男を見下ろして、少し呆れたように手を差し出す。それを見ていた男たちは、馬鹿にされたと思ったのだろう。次々に宿儺に襲いかかってきた。
しかし──。
どの男も、宿儺に指一本触れることは出来なかったのだ。
「ぐああぁッ!」
「さっきから何やってんだよ……」
宿儺から見れば、男たちが勝手に突っ込んできて倒れたようにしか見えない。呆れたようにため息をつく視線の先で、男たちが呻いた。
「お、鬼強え……!」
折り重なるように地面に突っ伏した男たちを見下ろして、元凶である琴三がニヤニヤ笑う。
「ぷぷ♡ 雑魚の寄せ集めが宿儺クンにかなうわけないじゃないですか〜♡ 宿儺クンはぁ、ガッチェなんですよぉ?」
その言葉を聞くなり、男たちの表情がみるみるうちに青ざめていった。
「ガッチェって……あの湘南の暴走族ッ、ガットフェローチェ!?」
はあ、と宿儺がため息をつく。こうやって、ポロッと学校でも自分の正体をバラしているのではないかと心配になる。
否定をしない宿儺に、男たちは報復を恐れたのか慌てたように正座をした。琴三はさらに勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「そーですよぉ、しかも総長です☆」
「総長ッ!?」
男たちは、衝撃の事実を耳にしてさらに目を白黒させた。にわかには信じられないと言った様子で、琴三と分厚い眼鏡の宿儺を交互に見ている。
男たちに視線を向けられた宿儺は、何も答えない。その無言の肯定が、さらに彼らの恐怖をかきたてる。
「ほらほら。負け犬のくせに、総長を手ぶらで帰らせる気ですかぁ?」
「あっ、あわわ……!」
挑発的な琴三の態度に圧倒されて、男たちは慌てて自分の財布を取り出そうとする。宿儺は、今度こそ大きなため息をついて眼鏡を外した。
「三毛、もう止めろ。お前らも従わなくていいから……」
その分厚い眼鏡の下から現れた海の底のような青い瞳を見た途端、男たちは声を揃えて『イヴローニュ!』と叫ぶ。
ガットフェローチェのイヴローニュ。今となっては懐かしい呼び名だが、琴三の前でその呼び方はやめて欲しかった。
「へ〜♡」
案の定、さらなる弱みを見つけた琴三はニヤニヤと笑っている。降暗堕頭魔の彼らには悪いが、余計なことを言われる前に気絶させておけば良かったかもしれない……。
そんな心配をよそに、男たちは顔を見合せて強ばった表情を浮かべている。
「な、なァ……やっぱ、ガッチェは今日ここで騒ぎを起こす気なんだろ?」
男の一人が、引きつったような半笑いで言った。怪訝そうに宿儺が眉を寄せた瞬間──。
バイクのけたたましい爆音が、夏の夜を引き裂いた。




