表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
4部(夏祭り編)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

376/432

【時計草 未来照らすは 夢花火】16

「レンちゃん、いつまでも部長がふてくされてちゃダメよ。もっと楽しんで?」


 人混みの中を歩きながら、ハクがなだめるようにレンの隣に並ぶ。提灯の光が彼女の拗ねた横顔を照らしていた。

 レンは頬を膨らませたまま、そっぽを向いて鼻を鳴らす。グループ通話以降、彼女はずっとこの調子だ。


 二人の可憐な少女は、袖を揺らしながら祭りの雑踏に紛れてゆく。


 家族連れ、友達、恋人同士──。すれ違う人々は、皆楽しそうに笑っている。ハクもその賑やかしさを楽しむように口角を上げてみるが、その瞳の奥は寂しげだった。

 先日、楓から届いたのは簡素なRAIIN。


『しばらくいえをあけることになりました。()()()()()豆狸か八雲さんに連絡を。本当に、()()()()()


 よほど焦っていたのか、誤字だらけの文章。生真面目な彼の指が焦って文字を打つ姿が脳裏に浮かぶ。ハクはすぐに『気にしないで。無理はしちゃダメよ』と返事を送ったけれど、内心は少しだけ寂しかった。

 今年が、彼女にとって高校生最後の夏祭り。恋人として──楓の隣を歩ける初めての夏だった。


「ねえレンちゃん、()()()()()する?」


 意識を切り替えるように、ハクはレンの腕を引いて金魚すくい屋の前にやって来た。そこには見知った顔が居る……はずだったが。


金鱼先生(きんぎょさん)自由自在地游着(すいすいおよぐっ)我也想一起游泳(ぼくもいっしょにおよぎたいっ)


 聴いたこともない歌を流しながら、店番をする中華風の服を着た少年が、一人で金魚鉢を抱いている。彼の頭上には『金魚すくい』の看板があった。


「ハルくん、久しぶり。お父さんは?」


 ハクが上体を屈めて声をかけると、伏せ目がちの少年は、金魚鉢から顔を上げて長い袖で器用にスマートフォンを操作した。


『チョコを食べてトイレから出られなくなっちゃったところです(´;ω;`)なので、今は僕が店番してるんですよ!:( ;´꒳`;):』


 抑揚のない機械音声で答えた少年の正体は、カエルの妖怪──青蛙神(せいあじん)

 まさか妖怪が夏祭りに店番をしているとは、さすがのレンも考えないだろう。ハクは、彼が楓の友達であることを簡単に紹介する。日本語が上手くないため、スマートフォンの音声を使って会話をしていることも。


「カエルにチョコレートって、大丈夫なのかしら……?」

『父の場合は食べ過ぎなのでd(˙꒳˙* )』


 表情を変えず、何とも間抜けな機械音声で対応するハルに、いつしか先程までの暗い気持ちは落ち着いていった。


「レンちゃん──ここの金魚はとっても元気なの。金魚すくい、やってみない?」

「私は妖怪以外に興味無いわ!」


 ぷいっとレンがそっぽを向く。今日のために気合いを入れたツインテールが鞭のようにしなった。きっとそれを見せたかった彼女には、どうしても抜けられない用事があったのだろう。ハクは苦笑しながら、ハルに向けて指を二本立てる。


「え、えっと……二人分で五回ずつお願い」

『はい! えーと、五回なので……五百エンになりますね! d(˙꒳˙* )』

「そこは友情価格じゃないのね……」


 ハクは苦笑しながら、ハルに五百円を支払った。

 威勢のいい金魚たちは、去年と違い、なかなかハクのポイに引っかかってくれない。

 ポイを手に、慎重に狙いを定めてはみるが──。


「ああ〜っ……残念」


 あっという間に五回分のポイを使い切ってしまう。それをずっと興味なさそうに見ていたレンが、突然横から手を出してきた。


「何やってるのよ! 一匹も釣れないなんてオカルト研究部の沽券に関わるでしょ!」


 そう言って残りの五本を勢いよくひったくる。どうやら、負けず嫌いな彼女の闘争心に火をつけてしまったようだ。


『金魚たちは怖がりなので、優しくすくってあげてください( ´ ▽ ` )』

「わかってるわよ! こんなの……」


 レンは袖を捲り上げながら金魚と睨み合っている。

 慎重に近づけたポイを水の中に入れ、金魚が引っかかるのを待っていたが、金魚はすいすいと優雅に泳ぎ、素知らぬ顔でポイをすり抜けていく。


「レンちゃん、もしかして金魚すくいは初めて……?」

「う、うるさいわね! 幼稚園の時に香取とやったことくらいあるわよ! 交代して!」


 照れ隠しのように、慌ててレンがポイを差し出す。

 ハクはそれを受け取ると、静かに微笑みながら、元気に泳ぐ金魚を狙ってポイをかざすのだった。


 成果は、惨敗。


 それを見たハルは、金魚鉢を脇に置くと足元から水風船の入った箱を取り出した。


「请选择你喜欢的水球」

「な、何よ」


 レンが少し怯んだように言う。両手の塞がっているハルは、上手く言葉を日本語に翻訳することができない。頑張って喋ろうと思えば喋れるが、日本語は難しくて舌が絡まってしまうのだ。ちょっと困ったように眉を下げて、上目遣いでレンとハクを交互に見つめていた。


「えっと……好きな水風船を選んで、って言ってるんじゃないかしら?」

是的(そう)


 ハルがこくりと頷いて、箱を顔の前に差し出す。手作り感満載の水玉模様のカラフルな水風船が、ぽよんぽよんと揺れていた。


「あの店、絶対詐欺だわ。最初から金魚を釣らせる気なんてないのよ。金魚もグル! 間違いないわ」

「金魚がグルってことは、さすがにないと思うけど……」


 金魚すくいを終えたレンは、まだぶつぶつと言っている。機嫌はすっかり直ったようだ。それが嬉しいのと同時に、ハクは少しだけ寂しくなる。


「来年は、こうやってみんなで集まれないのね……」


 水風船をぽよんぽよんと揺らしながら、ハクが小さく呟いた。


「私がいる限りオカルト研究部は無くならないわよ! 大学でもサークルを立ち上げるつもりだから」


 レンが得意げに胸を張る。

 ゴウは、一人暮らしをすると言っていた。早くあの家から出たいのだろう。ハクもその一人だ。


「東妖高校のオカルト研究部は三人になっちゃうわ」

「新入りも入れて四人でしょ」

「橘くんは家庭部だけど……」


 強引なレンに思わず苦笑する。

 三年間、オカルト研究部はずっと彼女の傍にあった。家庭部とオカルト研究部の両立は忙しいけれど楽しくて、かけがえのない時間だったから。

 来年にはフランスに居る自分なんて、想像がつかない。


「レンちゃん、私ね……」


 不安でいっぱいの胸中を、誰かに分かって欲しくて、ハクが遠慮がちに口を開く。

 レンは水風船を揺らしながら、ハクを見ずに言った。


「さっさとやることを終わらせて日本に帰って来なさい。あの子も、それを望んでるんじゃないの?」


 こんな時のレンは、まるで心を読んだかのように力強い言葉をくれる。


「うん……!」


 ハクが微笑む。無理やり作る笑顔ではない、心からの笑顔を見せるハクに、レンは少しだけ肩を竦めて笑った。


「お腹空いた。何か買うわよ」


 そう言って先を歩くレンの後ろ姿を、ハクは笑顔で追いかける。

 きっと言葉にしないだけで、不安な気持ちは彼女も同じなのだ。そして、誰かと共に過ごせなかった寂しさも、ハクと同じ。

 強くてわがままで、どこまでもまっすぐな我らの部長。ハクは、そんなレンが大好きだ。


「レンちゃん、ちょっとお手洗いに行ってきてもいい?」

「わかった。もうじき一時間経つし、グルチャの様子でも見て待ってるわ」


 空腹を満たして満足そうなレンは、そう言ってハクと別れた。グループチャットは数十分前に琴三が食べ物の画像を送ったきりで、全く動いていない。レンも、先ほど食べたチョコバナナの画像を送った。


「……ふん」


 ゆっくりとスワイプした指が、小鳥遊香取のアイコンに留まる。

 最初から期待などしていなかった。彼女の多忙さはレンが一番知っている。これはただ、自分が子供っぽく拗ねているだけだということも理解していた。


「馬鹿、馬鹿、馬鹿」


 だけどやっぱりムカつくから、ハクと一緒に撮った水風船の画像を送り付けてやった。すぐに既読がつくなんて思っていない。


「……ハク、時間かかってるのかしら」


 待てど暮らせど、なかなかハクは戻ってこない。さすがに祭りの日となると混みあっているのだろう。

 それに、妙に周囲が騒がしくなってきた。羽目を外した人間が騒ぎでも起こしているのだろうか?


「ったく、うるさいったらないわね……」


 呆れたように場所を移動したレンは、スマートフォンを見ながら時間を潰していた。何が起きているとも知らないで……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ