【時計草 未来照らすは 夢花火】12
死を繰り返すたび、次第に記憶は摩耗し、自分が夢を繰り返していることすら忘れてしまう──。
海斗の元へ急ぐ美燈夜の脳裏に、橘勝虎の言葉がよぎる。
これまで、何回死が繰り返されたのか。
それが途方もない回数だった時、記憶を積み重ねてきた海斗の精神はいつ壊れてもおかしくない。
これ以上繰り返せば、海斗自身が崩壊する──。
「あつッ!」
焦れったそうに美燈夜が下駄を脱ぐが、夕方とは言え、日中の暑さを吸い込んだアスファルトはまるで拷問のような熱さだ。
泣く泣く下駄を履き直して、駅から月桂神社に向けて駆けていく。住宅街の隙間に夕陽が溶けていき、周囲を不気味に染め上げていた。まるで、血の海のように。
──住宅街を抜ければ、神社はもうすぐだ。
その時、美燈夜の前方で突然バイクが爆音を立てた。それらは、一斉に神社に向かっていく。
バイクが走り去った後に残っていたのは、路上に倒れた白い服の少年だった。
「……」
酷い怪我をしているが、どうやら息はあるらしい。美燈夜は、少年の様子を観察するように近づいた。
(コイツ、我に水をぶっかけてきた奴の相方……)
うずくまる少年の髪色と、特徴的なそのリーゼントを見て、美燈夜は桜砂駅の整備店で起きた出来事を思い出していた。あの時、美燈夜に水をかけた少年、ではなく──タオルで美燈夜を拭いてくれた少年ではなかったか。
「う、ぐ……がはッ……」
「お、生きてるのか」
美燈夜が思わず声を上げると、リーゼントの少年がうわ言のように呻いた。
「アイツら……を、行かせちゃ……ダメだ……」
少年は呻きながら地面に爪を立てるが、傷ついた体は簡単に起こせないようだ。美燈夜はその場に膝を着いた。
「酷い傷だ。オマエ、戦いに向いてねーだろ」
「……あ、ぐ……」
少年は、返事すら出来ない状態で朦朧としている。気を失うのも時間の問題だろう。
「みん……な、殺されちまう……」
少年の腕は折られているらしく、意識が途切れかけているにも関わらず、ガクガクと震える片手だけで体を起こそうとしている。
──その根性、我は嫌いじゃねェぞ。
美燈夜は少し考えた後、彼の背中に手を置く。
「瑠璃光調息」
「んぎゃああッ!?」
少年が悲鳴を上げて、海老のように跳ねた。
すぐにぱたりと死んだように地面に突っ伏したが、ほんの少しの間を置いて弾かれるように上体を起こす。
「な、何しやがンだよ! ばかぁッ!」
「オマエの呼吸法を強制的に回復の形式に整えてやった。清邪解法だ」
美燈夜は、立ち上がって満足そうに答えた。まじまじと自分の腕を見つめた少年は、骨折していたはずの腕が、問題なく動いていることに困惑している。
「ど、どうやったら骨まで治るんだよッ!? でもッ、スゲーなお前……マジでッ! ありがとッ!」
素直な反応を示す少年の態度は、見ていて気持ちがいい。美燈夜は、ふっと笑った。
どうやら、初めてだが上手くいったらしい。
以前、海斗と汐里を救ってくれた胡散臭い陰陽師の男に、皆を護る術をねだったことがあった。
剣術の心得がある美燈夜は、氣の流れを読むことに長けている。それを研ぎ澄まし、体内の氣の流れを整えれば、骨折や内蔵破損すらも治せるのだそうだ。
(あの男、ふざけているが……さすがトーマの子孫だ)
美燈夜は、興奮している少年を前にして、ちょっと得意げに腕を組んだ。
じっとりとした、湿った空気が頬を撫でる。周囲は次第に、闇へと飲まれつつあった。
「その、さ……変なこと聞くけど、その格好……月桂神社の祭りに行く感じ?」
少年は、少しだけ遠慮がちに問いかけてくる。汗と喧嘩で乱れたリーゼントの隙間から、男たちにつけられたであろう無数の擦り傷が覗いていた。
「ああ」
美燈夜は迷いなく頷く。目に浮かぶのは、気弱な友の姿。彼を助けるためにここまで来たのだから。
しかし── 少年の表情は晴れない。視線を泳がせ、薄暗くなった住宅街の奥、神社へと続く細道を見やる。
「今年は──やめた方がいいと思う。良くない連中が来てるって噂もあるし」
遠慮がちに引き止めるその言葉の裏には、確かな恐れが見える。進めば無傷では済まないと警告しているように。
けれど、美燈夜の足を止めるにはその程度では足りない。
「ならば尚更、我が出る」
迷いのない凛とした声に、少年は目を丸くして言葉を無くす。しかし、すぐに顔をしかめて、焦ったように言った。
「女の子が行ってどうこうなる相手じゃねーんだってば!」
「──で、これはどうやって動かすんだ?」
美燈夜は会話をぶった切るようにして、無造作にバイクへ手を伸ばす。冷たい金属の感触が手のひらに伝わるのが面白くて、ハンドルを軽く回してみるが──当然、バイクは動かない。
「こらこらこらッ! 勝手に触んな! 人の話を聞けェ!」
少年は慌てて、散らばった荷物を片付けるとバイクを守るように駆け寄った。
「これはバイクって言うんだよ。子供が悪戯したらダメなんだって──」
「子供に子供とか言われる筋合いはねーぞ」
まるで駄々っ子のように、美燈夜が唇を尖らせる。
どこからどう見てもオメェのほうが子供だわ、と言いかけた少年だったが──何故かみるみるうちに、怪訝そうな表情になっていった。
「そ、それ……何か震えてねえ?」
少年が指したのは、美燈夜が肩から提げた布袋。
「……鬼斬丸?」
何かに反応しているかのように、布袋の中で愛刀が震えている。それはやがて光を放ち、目を開けていられないほどの輝きが立ち込めた。




