【時計草 未来照らすは 夢花火】2
『じゃ……これよりオカルト研究部最大ミッション……神隠しの謎に迫っていくわ……』
『なーんか今日の部長、テンションめちゃくちゃ低くないですー?』
くすくすと笑う甘ったるい三毛琴三の声がスマートフォン越しに聞こえる。
『意地悪言わないであげて。一緒に回る予定だった香取ちゃんが来られなくなっちゃったの……』
ハクは、すっかりテンションの落ちたレンをなだめながら、部長代理として今日の参加メンバーを確認した。
今日は、待ちに待った夏祭りの日。オカルト研究部の正式な部員ではないにも関わらず参加を(強引に)許可された橘海斗と美燈夜は、賑やかなグループ通話に浮上する。
彼らがやってきたのは、鬼ヶ島駅から徒歩十五分の月桂神社。県外から来る者も多く、東妖市ではそこそこ有名な祭りと言ってもいい。
オカルト研究部の目的は『夏祭りの日に必ず一人が神隠しに遭う』という伝承の真相を探り、あわよくば怪異を見つけること。そして、部活メンバーの交流を図るという欲張りセットだ。
一部メンバーが欠員しているため、夏祭りのペアも大幅に変わった。
【高千穂レン、鬼原ハク】
【粟島宿儺、三毛琴三】
【橘海斗、美燈夜】
最初の一時間はペア時間となり、お互いの交流を深めるための時間。レンとしてはペアで怪異を調べろという意図だったようだが、そこはハクが半ば強引に友情を深める交流時間へと変更した。
『ウチ、こんな暴力的な人と仲良くとかぜ〜ったいムリ〜』
明らかに嫌そうな琴三の声が聞こえる。そんな琴三をやんわりとたしなめたのはもちろんハクだ。
『今日は顧問のセンセイが二人とも居ないから、危険な場所に近づいたり一人で行動しちゃダメよ? それから、ペア時間が終わったらみんなで美味しいものをたくさん食べて解散しましょうね♡』
ハクのおっとりとした声に気分を良くしたのか、琴三はすぐに猫撫で声で返事をする。
『はーいっ♡ 早くハク先輩にウチの浴衣姿見て欲しいな〜っ♡ すぐ会いに行きますからねぇ、ハク先輩♡ それじゃ♡』
『ちょ──勝手に押すな三毛!』
琴三の声に被るように宿儺が声を上げ、二人が揃ってグループ通話から退出する。
「海斗くんと美燈夜ちゃん、今日は部活に参加してくれてありがとう。二人も気をつけて楽しんでね」
「は、はーい」
ハクに声をかけられて海斗が慌てて返事をすると、美燈夜がスマートフォンに顔を近づけた。
「コイツは我が迷子にならないように良く見ておくから心配いらねーぞ!」
音割れするのも構わずといった調子で、大きな声を上げる美燈夜からスマートフォンを避難させながら、海斗が慌てて反論する。
「僕は一人でも平気だよ、美燈夜こそ知らない人についてっちゃうじゃん」
「それは海斗だろ。ま、我が守ってやるから心配すんな!」
まるで兄弟のように言い合いを始める二人のやりとりを聞いて、ハクが楽しそうに笑う。
「それじゃ、一時間後にまた会いましょ」
ハクはそう言ってグループチャットを抜けた。既に部長のレンはグループチャットから抜けている。
(結局、宿儺くんと話せなかったな……)
昨日の今日で、何か軽く話せたらと思っていたが、なかなか会話に入る隙がなかったせいか宿儺と一言も話せなかった海斗は、小さなため息をついて辺りを見回した。
早速、祭りが待ちきれない様子の美燈夜が、どんどん人混みの中へ入っていく。辺りには、狐のお面を被った参加者がちらほらと見られた。
「ばば様から小遣いをもらったから、いっぱい食うぞ〜!」
美燈夜は初めての祭りに参加出来て、嬉しくて仕方ないといった様子だ。
出会ってからずっと一緒に暮らしてきた彼女のことは、友人と言うよりもすっかり妹のように感じている。お互い異性と認識していないからこそ、彼らの間に壁はなかった。
「食べすぎないでよ、みと……わッ!?」
美燈夜の後に続きながら返事をした海斗は、人混みの中で同い年くらいの少年にぶつかる。
海斗の視線に気づいたのか、眼鏡をかけた赤毛の少年が顔を向けた。
「すみません」
「い、いえ! こちらこそですっ……」
海斗はペコペコと頭を下げて、少年の傍を通り過ぎていく。そんな海斗を、美燈夜がニヤニヤと見つめている。
「ほーら、やっぱ我よりオマエのほうが危なっかしいだろ」
「うう……」
早速、前言撤回せざるを得ない状況に追い込まれて、海斗は口を噤むのだった。
周囲には無数の提灯が灯り、眩いばかりの光が揺れている。賑やかな祭囃子が響いて、楽しげな笑い声があちこちから聞こえた。美燈夜は甘いソースの香りや、香ばしい焼きとうもろこしのほうに興味があるようだったが。
「何だァ、あの丸いの?」
「ああ、あれはたこ焼きだよ」
美燈夜と共にたこ焼きの屋台へと向かった海斗は、財布を出しながら言った。鉄板の上で丸く焼かれた生地がくるくると手際よく転がされ、ソースの香ばしい匂いが漂う。たっぷりのかつお節と、マヨネーズをかけられた大きな銀だこを見ているだけで食欲がそそられるのか、美燈夜はごくっと喉を鳴らした。
「お昼抜きだったもんね……二人分ください」
海斗は店主にそう告げて、パックに入った二人分のたこ焼きを受け取る。
初めてのたこ焼きを体験した美燈夜は、中身の熱さに驚きながらもあっという間に完食してしまった。彼女の場合、よほど腹が減っていたのももちろん理由のひとつだが、単に大食らいなのだ。
「海斗、あれは? ぱすたに似てるぞ」
まだたこ焼きを食べている海斗の肩を叩いた美燈夜が、焼きそばの屋台を指す。海斗はくぐもった声で『焼きそばだよ』と答えた。
今度は美燈夜が自分から店主に話しかけ、焼きそばを一人分注文する。もちもちした細めの麺に絡む甘辛いソースとシャキシャキのキャベツ、そしてソースの味が染み込んだ豚肉にはたっぷりかけられた紅生姜の色が移っていた。
「はふはふ……うま〜い!」
「出来たては美味しいよね。あ、あのネージュたんのイラスト、非公式だし無許可じゃない? 許せないなぁ……通報モノだよなぁ」
今度は射的に興味を示している美燈夜とは反対に、海斗はわたあめ売り場に吊るされているわたがし袋のイラストを目敏く凝視しながらぶつぶつと呟いている。
夏の湿った空気は不快だが、小腹が満たされた満足感が強い。祭りの喧騒の中、はしゃぐ美燈夜の後に続きながら海斗は携帯用の小さな扇風機を首筋に当てた。
「階段の上に祠と石碑があるみたい」
先を歩く美燈夜に声をかけると、歩きにくい下駄であるにも関わらず、美燈夜はひょいひょいと石段をのぼっていく。海斗は、美燈夜の後に続きながら何となくスマートフォンを確認した。
宿儺からの返事は──ない。というか、既読もついていない。
(何だよぉ……)
海斗は唇を尖らせると、小型扇風機を手に持ったまま器用に両手の指でメッセージを打ち込もうとした。
その時、下駄が石段が引っかかり体が大きくつんのめる。地面に倒れそうになった瞬間、前を歩いていた美燈夜に胸ぐらを掴まれる形で救われた。
「あ、ありがと……美燈夜……」
あと少しで、石段の上に倒れ込んで怪我をするところだった。スマートフォンも落として画面がバッキバキになっていたかもしれない。か弱い声で礼を言う海斗を、美燈夜は少し呆れ顔で見つめている。
「オマエ、今日はよく転ぶよな」
「い、今のが初めてじゃなくない!? ちょっとコケただけだもん……」
慌てて弁解する海斗を見て、美燈夜は『そうだっけ』とわざとらしく首を傾げる。
さすがに歩きながら画面を見るのは危ないと反省した海斗は、その場に立ち止まってからメッセージアプリの画面を上にスワイプした。
「それにしてもさ、江戸時代から続く神隠しって何だろう。妖怪の仕業かな? 僕、事前にじいちゃんからこの辺りの歴史を聞いてきたんだ……」
海斗はスマートフォンを操作しながら、メモに記した祖父の話を読み返す。
この神社は、江戸時代に織部という武士によって建てられたのだという。月桂神社の名前は、月桂樹が群生していたことに由来するそうだ。安産を祈願する神社として知られているが、その裏で不穏な伝承も残されていた。
「白い服は不幸を招く、かぁ」
海斗はそう呟いて周囲を見回す。
月桂神社には『白い着物の幽霊』という言い伝えがあった。
白い服の人にはついていくな。白い布が翻るのを見たら振り返らずに帰れ……と。
それでも、毎年祭りの日には、必ず一人が行方不明になるという。しかし誰に聞いても、行方不明になった人の名前を知らない。もはや都市伝説である。
「ふふん、我は幽霊なんか怖くねーけどな!」
美燈夜は白地の浴衣をひらひらさせながら自信たっぷりに言った。
月桂神社へは、あえて怪異に触れたくて白い服を着てくる者も多い。現に、祭りにやってくる者たちは皆白い浴衣ばかりだ。
「汚れたら悲惨だね……」
海斗はぼんやりと呟いてスマートフォンをポケットに仕舞う。顔を上げると、海斗を待っていた美燈夜と目が合った。
「行こうぜ。それとも祭りが終わるまで手を握っててやろうか?」
「そ、そこまで子供じゃないからっ」
悪戯っぽく手を差し出した美燈夜の申し出を慌てて断った海斗は、今度は慎重に石段をのぼりはじめる。長く楽しい夜になることを期待しながら。




