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【時計草 未来照らすは 夢花火】1

 空が茜に染まっている。けれど、それが夜明けなのか、それとも夕暮れなのか少女には判断がつかない。

 時の流れが曖昧になったような世界は風もなく、乾いた赤土(あかつち)が大地を覆っていた。


 その中心にそびえるのは、天へと伸びる大樹。幾千もの枝葉を広げ、まるで世界そのものを支えているかのように立っている。

 根元には、一面の彼岸花。揺らめく炎のように咲き誇るその花々の海に、海神美燈夜(わたつみのみとよ)は立っていた。


(これは──夢、か?)


 遠く、静寂を切り裂くように存在する奇妙な岩の群れ。花弁の形をした岩が幾重にも積み重なり、まるで古の玉座のような輪郭を描いている。


 そこに座しているのは、一人の鬼。


 茜の光が岩肌をなめるように照らし、その輪郭を浮かび上がらせていく。長く流れる髪は燃えるような赤。影の中にあってなお、その色は際立ち、炎のように揺らめいていた。

 そして揺れる茜色の光が、まるで舞台の照明のように鬼の全貌を浮かび上がらせる。


「よう」


 その鬼の顔立ちは、美燈夜に瓜二つ。

 聞いたことがあった。ここではないどこか──人ならざる者の住まう場所、常夜(とこよ)に棲む鬼王の話を。


「大昔、人間の世界で暴れた鬼がいた。そいつの一人の陰陽師によって倒され──鬼の亡骸から二本の刀が生まれたと言う」

「い、いきなり何だ貴様」


 突然喋りだした赤角の王を前に、美燈夜がたじろぐ。鬼王は『まあ聞け』と笑った。


「その刀は常夜と人間の世界、それぞれの世界の最も強き者に託された」


 鬼王は、己の太刀をゆっくりと大地へ突き立てた。鈍い音が響き、刃が土に沈み込む。その刀は、美燈夜の持つ鬼斬丸(おにぎりまる)とどこか似ていた。

 鬼の王にふさわしく、その刀身は圧倒的な質量を誇り、一振りで大気すら裂くかのような威圧感。まるで、この世の理を断ち切るために鍛えられたかのような武器──異形の存在が振るうに相応しい、禍々しき業物。


 対して美燈夜の刀は、人の手に馴染む繊細な細身の刃。少女ですら容易く扱えそうなそれは、鬼王の刀とは正反対の儚さを秘めている。


「オレさまには時間がねえ。だから鬼斬丸を通して貴様に話しかけてやってる」


 鬼王は相変わらず尊大な態度で言った。

 

「何故、(オレ)と同じ顔をしている?」

「さあねえ」


 鬼王は、とぼけたように笑った。やがて鬼王は、赤い瞳で美燈夜を見据える。


「よく聞け、人間の娘。──から脱出する方法は──」


 鬼王が何かを言っているけれど、その言葉を聞き取る前に、美燈夜の意識は薄れていく。


「あ、ようやく起きた」


 ずるり、とベッドから落ちた美燈夜を、呆れた様子の海斗(かいと)が見つめている。あと少しで床に頭が激突しそうなところで、ぐるぐる巻きになったブランケットが美燈夜の体を受け止めていた。


「すごい寝相だね」

「おお……悪くねェぞ」


 美燈夜は寝ぼけながら親指を立てる。そんな美燈夜を見下ろしている橘海斗(たちばなかいと)は呆れ顔だ。両目を隠すほどの長い前髪で表情がほぼ見えないが、その膨らんでいる頬を見ればわかる。


「早く着替えてきてよ。お祭りは今日なんだから」

「むにゃ……夏祭りは夜からだろ?」


 眠そうに目をこすっている美燈夜の耳に、海斗のため息が聞こえる。


()()()()()行くの。あと……パソコンのパーツ、買わなきゃ」

「のわッ!」


 海斗の言葉を聞き終わるよりも前に、美燈夜は今度こそベッドから落ちた。

 今日は、海斗が待ちに待っていたアニメ作品、ディアブル風魔法少女ネージュたんの円盤が発売する日。そんな日に限ってパソコンの調子が悪くなったと言う。調子が悪いなら叩いて直せばいいとボヤく美燈夜だったが、海斗はとっくに部屋から出ていっている。

 何ともせっかちな男だと、美燈夜はあくびをしながらシャツを脱ぐのだった。


 目的地はオタクに優しい上結(かみむすび)駅だ。

 さすがの美燈夜も、現代日本の暑さには敵わない。日傘で涼みながら、都会を物珍しそうに眺めていた。


「ぱーつは買えたか?」

「うん、まあこんなもんかな」


 海斗はパソコンのパーツと、ネージュたんの円盤他、ぬいぐるみ等のグッズが入った袋を手に提げて満足げに答える。


「一度家に戻って浴衣に着替えてから出かけよっか。軽くシャワーも浴びておきたいし」

「女子かオマエは」

「い、いいじゃん!」


 海斗をからかいながら、美燈夜はくるくると日傘を回す。

 今日は、美燈夜にとって初めて過ごす現代での夏祭り。彼女の生きる平安の時代とは違って食文化は大きく変わり、人々が忙しないこの現代で、一体どんなものが食べられるのだろう? 期待に胸を膨らませずにはいられない。

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