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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
1部

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【魂喰蝶】2

 鬼道家の夕飯は、僕が帰宅すると同時に始まる。最寄り駅の近くのスーパーで買い物をして帰ってきた僕に、冥鬼が嬉しそうに抱きついてきた。

 足にだきついて離れない冥鬼をなだめながら高千穂家で行われるパーティーのことを話すと、冥鬼は見てるこっちが楽しくなるくらい無邪気に飛び跳ねて喜んでくれた。

 一日中冥鬼の相手をしていたらしい豆狸はちょっと疲れた様子で冥鬼の腕に抱かれている。


「体育教師より保育士のほうが向いてるんじゃないか?」

「やなこった。お嬢ちゃんの相手はスゲー疲れるぜ……」


 豆狸の顎を軽く指でくすぐって労わってやると、豆狸はぐったりしながらも気持ちよさそうに目を細めた。


「柊、揚げ物をしているのだから窓くらい開けておけ」

「りょーかい」


 魔鬼の言葉に軽い口調でそう答えた無精髭の男は……僕の親父であり、元最強の陰陽師である鬼道柊だ。

 ガッチリした肩幅に高身長で、和服の似合うオジサン。息子の僕が言うのも変だけど、日熊先生よりずっと若いしイケメンだと思う。よく近所のお婆さん方に色々貢がれてるし。

 それにしても、無精髭くらい剃ればいいのに。


「しかしなぁ……楓が人気モデルと知り合いとは思わなかったぞ。サイン、もらっておかなかったのか?」


 窓を開けながらテレビに視線を向けた親父がちょっと羨むような眼差しで呟く。

 テレビにはクロウが映っていた。バラエティかなにかだろうか?

 僕は味噌汁の火加減を確かめながら親父の言葉に苦笑いをする。


「もらってどうするんだよ」

「そりゃもちろんオークションで売りさば……」

「小鳥遊先輩に顔向けできなくなるよ。ほら、飯」


 僕はテーブルに人数分の箸を持っていくとわその中の一組を親父へ手渡す。居間に置かれた炊飯器を開けて、しゃもじで白米をほぐしてから先に親父へ茶碗を渡した。

 僕を手伝って、冥鬼が味噌汁の入ったお椀を持ってきた。


「メイもあげるっ!」


 そう言って味噌汁を差し出された親父は、デレデレしながらお椀を受け取る。


「おお、気が利く! メイちゃんは良いお嫁さんになるぞ〜」


 親父がメイの頭をくしゃくしゃと撫でると、メイは照れくさそうにみつあみを弄りながらエヘヘと笑った。


「メイ、いいおよめさんになれる?」

「そりゃもちろん。常夜の国で一番美人のお嫁さんになれるぞ。俺があと二十年若かったら求婚してたな。何なら今からでもするか? 結婚」


 弄っていたみつあみを手に取った親父が、そっとリボンに口付ける。息子の僕が聞いていても歯が浮いてしまうくらいのキザな台詞だ。

 メイは顔を真っ赤にしてすぐに僕の傍に移動するなり、勢いよく腰に抱きついてきた。


「おい……危ないぞ、冥鬼」

「メイ、おにーちゃんのおよめさんがいい……」


 冥鬼は恥ずかしそうに言うと、僕の腰に顔を押し付けた。


「おにーちゃんのおよめさんにしてくれる?」


 無邪気に問いかけてくる冥鬼に、僕は少し考えてから口を開こうとする。

 こういう時、なんて言ったらいいんだ? 『大きくなったらな』か?

 いやでもまたこの前の花壇の時のようにいきなり変身されても嫌だな……。


「はははッ、俺に似てよくモテるねぇ」


 返事に迷う僕より先に声を上げて笑った親父はカツオの竜田揚げを箸で取って口に頬張った。


「ん、美味い! 母さんが作ってくれた唐揚げにそっくりだ」

「ど……どこがだよ。レシピはテレビでやってた料理番組を見ながら作ったんだけど」


 調子のいいことを言っている父親に呆れながらも、僕は抱きついてくる冥鬼をさりげなくなだめて隣に座らせる。

 冥鬼も腹が減っているためか、拗ねたりすることなく両手を合わせた。


「それじゃ、いただきます」

「いただきまーす!」


 冥鬼と共に手を合わせた僕は、早速今日初めて挑戦したカツオの竜田揚げを口に入れた。

 ザクザクとした衣を噛み砕いて、しっかりと味のついたカツオを頬張る。うん、初めてにしてはかなり上手くいったんじゃないか?


「おいちー!」


 五穀米の上に唐揚げを乗せて無心で頬張っている冥鬼が無邪気に笑う。

 僕も自然と笑顔になって、味噌汁をすすった。

 その時、テレビの中からクロウの声が聞こえて箸が止まる。


『クロウちゃんって東妖市出身なんだよね? 東妖市にしかない怖い話が知りたいなあ』


 テレビを見やると、相変わらずパンクな衣装を身にまとったクロウが映っていた。

 司会者の無茶ぶりで、クロウが少し困ったように笑う。嫌な顔ひとつ見せないところはさすがプロだ。


『そうですね──魂を食べる蝶々の話とか、どうですか?』

『え! 何それ、知りたい!』


 司会者が食いつくと、クロウは小さく頷きを返した。


『人は死後、蝶になるって言われています。とても神秘的な話ですが、東妖市の蝶は少し違っていて……生きてる人の魂を食べるんです』


 ほお、とテレビの中で出演者たちが唸る。

 クロウの話はまだ続く。


『魂を食べられた人間は、外見上何の変化もありません。ただ、中身が空っぽになって……昏睡状態になるんです』

『えっ、その蝶って普通にその辺を飛んでるの?』


 出演者の一人、濃いメイクの女優が問いかける。キツそうな眉をしているが、この女優……確かサスペンス物のドラマで見たことあるな。

 

『アタシも見たわけじゃなくて、噂で聞いただけなんですが……他の蝶に紛れて、公園や人の多いところに出没するそうです。その体は金色をしていて──』


 クロウの話を聞きながら緊張感のない様子で唐揚げを食べている親父が口を開いた。


「へえー、勉強熱心なお嬢ちゃんだこと」

「親父、知ってるのか?」


 僕が尋ねると、親父は味噌汁を一口すすって言った。


「知ってるも何も──戦ったことあるぞ。もう何十年も前だが、綺麗な蝶だったぜ」


 まるで世間話をするように、昔を懐かしんで親父が目を細める。


「倒したのか?」

「逃がした。ちょろちょろすばしっこい上に飛んでるからな……うちのネコには不利な相手だったんだ」

「……ふん」


 魔鬼は少し気分を害したように鼻を鳴らす。


「……その蝶は、今でも人の魂を喰らっているのか?」

「さあなあ」


 親父はとぼけたように笑って、カツオの竜田揚げを口に放り込む。


「……ほれタヌキ、お前も食え」


 皿から指でつまみ上げた唐揚げを、親父が豆狸に差し出す。

 思いのほか熱かったのか、豆狸は両手で唐揚げを受け取るとしっかり息を吹きかけてから頬張った。


「じゅ〜し〜っ……楓、お前スゴいな! 今度オイラの弁当も作ってくれよぉっ! 学校に持ってくからさ!」


 目をキラキラさせながら僕を見上げている豆狸に『こんな出来栄えでよければ』と答えた僕は、冥鬼から受け取った空の茶碗と箸を持ってキッチンへ戻った。

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