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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
京都編

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【赤加賀智 残痕辿る 狐雨】11

(かえで)殿」


 当主の部屋に客人が入っていることを兄に気づかれてはならない。松蔭(しょういん)は自然を装って声をかけ、楓を部屋の外に促した。

 どこか疲れた様子の楓を見ていると、わんぱくな弟のことを思い出す。彼は手の付けられない三男で、あの兄ですら弟を支配することはできなかった。

 自信に満ち溢れた弟と楓は全く雰囲気が違うが、それでも彼を見ていると何かを変えてくれるような気がしてならない。


「あまり、長湯されませぬよう」


 楓を浴室へ案内した松蔭は、身を翻して廊下を戻る。

 彼の部屋は他の使用人たちと同じ地下一階だ。さらに地下二階には、懲罰部屋と鬼道家の資料をまとめた保管室がある。

 誰かが懲罰部屋に居るのか、階段の下から明かりが見えた。あの部屋を好んで使うのは兄しか居ないが、地下二階に降りて手伝うようにと言われた記憶はない。松蔭はまっすぐに自室へ向かった。

 そこは質素だが、唯一心が静まる部屋でもある。藤之助(とうのすけ)によって枝が折られ、傷つけられた盆栽は新しい小ぶりの鉢へと移し替えされていた。歪な形をした小さな陶器の鉢には『とうさま、いつもありがとう』と書かれている。


「竹……」


 竹次郎(たけじろう)の死体を燃やしたあの日から、無くした片目も、失った霊力も自分への罪だと思って生きてきた。この罪は、さらに何の罪もない子供たちの命まで奪おうというのだろうか。


「……」


 松蔭は盆栽を切るための剪定鋏を手に取った。当主の柊一(しゅういち)が、松蔭に譲ってくれた鋏だ。兄弟で唯一、盆栽の趣味があった松蔭に渡されたその鋏は、どんなに高級な腕時計や立派な服よりも尊い宝物だった。

 その鋏を使って命を絶とうとする自分は、何と親不孝者だろう。


「──ッ!?」


 一思いにやってしまおうと鋏を強く握りこんだ刹那、鳶色の瞳に亡くしたはずの妻の姿が映った。


(しょう)さん』


 懐かしい呼び方は、少し照れくさいのか遠慮がちで、懐かしい声が松蔭の耳に届く。

 それを理解したとき、松蔭の片目からは涙が流れていた。竹次郎を失ってから一緒に失くした感情が戻ってきたかのように、あたたかいものが溢れてくる。


梅衣(めい)……?」


 その名前を呼んだのはいつぶりか。恐る恐る、妻の形をしたものに触れようとするが、優しそうな眼差しに見つめられて動けなくなった。そんな松蔭の手に、妻の手が優しく重ねられる。

 その瞬間、松蔭は何も考えずに妻を抱きしめた。それは間違いなく死んだ妻の、彼が初めて愛した女性のぬくもりだ。


『松さんたら……竹ちゃんも見てますよ』


 松蔭が泣き腫らした顔を上げる。そこには、亡くしたはずの我が子が不思議そうな顔をして立っていた。

 

『お、驚いた。()()()()()()()で、急に眠気が来るなんて……』


 竹次郎の声だった。生前と変わらない姿をして、松蔭の前に立っている。父や母を見ても驚いた様子はなく、むしろこの場にいることが信じられないといったように自分の体を見下ろしていた。


「竹……」


 竹次郎はこの場に居る自分自身に驚いたような様子だったが、父が泣いていることに気づいて遠慮がちにその背中に腕を回す。

 久しぶりの息子の手はとても大きく、思い出の中よりもずっと立派だった。


「すまない……本当に、本当に取り返しのつかないことをしてしまった……。私を殺せ、殺してくれ……」


 息子を守れなかった。その遺骨を残すことができなかったやりきれなさが、嗚咽となって松蔭の口から漏れる。

 竹次郎と梅衣は、そんな松蔭を落ち着かせるように優しく背中を撫でた。


『父様は最善の選択をしたんだ。ボクの体を燃やしてくれたこと、感謝してる』


 大きな手で背中を撫でる息子に、松蔭は何度もかぶりを振るが言葉にならない。ただ『殺してくれ』と悲痛な呻きを漏らしていた。


『せっかく会えたのにそんなこと言わないで。寂しいじゃないの。ねえ竹ちゃん?』


 梅衣が困ったように笑う。竹次郎は、少し考えてからふと机の上にある盆栽を見て、松蔭の顔を覗き込んだ。


『ボクが子供の時に作った鉢、まだ使ってくれてたんだね』


 竹次郎が言うと、感極まって返事ができない松蔭の代わりに、梅衣が懐かしむように微笑んだ。

 死んだはずの妻子が目の前で談笑しているこの光景は夢か、はたまた松蔭が感知出来ない大きな存在がもたらした力なのか。


澄真(とうま)様、きっと貴方のお力なのでしょう)


 鬼道家の人間ではない松蔭には、その声を聞くことも、姿を見ることも出来ない。しかし、その存在は何かを伝えようとして妻子を遣わせたのだろう。

 松蔭は、握ったままの剪定鋏を机の上に置くと、覚悟を決めたように濡れた目尻を拭った。

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