【赤加賀智 残痕辿る 狐雨】10
暗がりの中に、白い肌をした少女の顔が浮かんでいる。その顔は、遠い昔に亡くなった彼の妹を思い起こさせた。
「松蔭様、藤之助にはいつ話すの?」
声まで妹に似てきたその少女は、男の顔色をじっと覗き込むように見上げている。
自分にはない、血のように赤い瞳で。
「何のことでしょうか」
無意識に強ばった声で返事をする。
「藤之助には、松蔭様の支えが必要」
年端もいかない少女、鬼道杏珠はそう呟いて黙った。
兄よりも母親に似てきたその面影は、松蔭にとって少しだけ恐ろしい。彼女が藤之助と共に仙北屋家から帰ってきた日からずっと。
「私に父親の資格はありません」
「どうして? 竹次郎様を見殺しにしたから? それとも──」
杏珠が口を開こうとしたその時、松蔭は思わず袖で彼女の口を覆っていた。
「藤之助が、聞いております」
押し殺した声の懇願にも、杏珠は表情を変えない。ただ、自分たち以外の気配を探るように赤い瞳を逸らした。
「平気。藤之助は部屋に戻った」
彼女の言葉通り、聞き耳を立てていた藤之助の気配は既にない。片目を失ってからというもの、気配が上手く探れなくなってしまった。
松蔭は小さなため息を漏らし、無礼を詫びて杏珠から離れる。
「お姉様を殺した人は、あのお客様や藤之助のことも殺すわ」
杏珠は感情のない声で言った。理由を聞かなくても、松蔭には薄々分かっている。
近いうちに鬼道澄真の血筋が、全て絶やされる計画が動き始めたことを。橙子の死は始まりに過ぎない。
杏珠にも分かっていたのだろう。だから、姉が死んでいるのを見ても当然のように受け入れていた。
「あれを、復活させるためですね」
杏珠は手首を爪で軽く引っ掻きながら小さく頷く。
「私は、藤之助を守ってあげられなくなる。だから──松蔭様に守って欲しい」
ゆっくりと杏珠が近づいてくる。赤い瞳が暗闇の中で左右に揺れた。
松蔭は無意識に膝を地につけ、頭を垂れる。
「恐れながら、鬼道家の滅亡が表沙汰になるようなことは許されません。鬼道家が絶える時は、私も共に──」
深く頭を下げて、彼女の望みを叶えられないことを告げた松蔭だったが、杏珠は無表情のまま近づいてくると不意にその場に屈んだ。
「杏珠お嬢様?」
「鬼道家の当主様になって」
松蔭が顔を上げようとした時、少女の赤い瞳にじっと見つめられて息を飲む。杏珠は、まるで娘が父親に甘えるように両腕を伸ばして松蔭の首筋に顔を寄せた。まるで娘が父親に甘えるように。
「……」
松蔭はその場から動くことも、声を発することも出来なかった。
「おやすみなさい、松蔭様」
心細い鬼鳴りを響かせながら、杏珠の足音が遠ざかっていく。
杏珠が見えなくなるまで無意識に息を止めていた松蔭は、力が抜けたように床に両手をついた。
「……」
息子である竹次郎の死体を処理し、橙子の死体を片付けた血に汚れた両手。心を捨てなければ、この家で正気を保つことは不可能だ。
かつて、杏珠の他にも松蔭を当主にと推薦した者が居た。その者の子供は、先程から当主の部屋から出てこない。
本来ならば、夜に当主の部屋へ入ることは許されない。鬼道家の人間と認められていない松蔭はもちろん、外からやってきた鬼道楓も例外ではなかった──。




