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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
京都編

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【赤加賀智 残痕辿る 狐雨】2

「きつねあめ?」


 聞きなれない言葉に(かえで)が振り返る。

 そこには、長い黒髪を結った和装の幼い子供が楓を見上げていた。歳の頃は十にも満たないくらいの、眠そうな顔をした子供。

 その瞳は楓と同じ真紅だった。柚蔵(ゆぐら)、あるいは松蔭(しょういん)の子供だろうかと楓は考える。しかし、松蔭の瞳は赤ではなかったはずだ。


()()()()()って言葉を知らない? 見られると縁起が良いんだよ」


 杏色の頬をした子供が、小さな指で窓の外を指す。その舌足らずな声色に、ほんの少しだけ気が抜けた。


「……子供がこんな時間まで起きてたらダメだぞ」

「ご挨拶な子だなぁ……まあ良いや」


 子供は小さく肩をすくめたが、気にも留めていない様子だ。彼の表情は幼く、あどけない。だからこそ邪険にできない空気が漂っているのだが──。


「ずいぶん面白いことになったね。()()()()は重罪なのに」


 楓は、心臓の止まるような思いで唇を噤んだ。

 子供の顔には何の悪意もない。それなのに、暗闇の中で光る赤い瞳が時折恐ろしく見える。


「……僕は、犯人じゃない」


 低く押し殺したような声で楓が呟くが、子供は気にした様子もなく、くるりと身を翻す。

 そして、あどけない顔をして振り返りながら『行こうよ』と楓に微笑むのだ。どこへ行くのか問いかける前に、子供はのんびりとした足取りで歩き出す。


「そんな顔しなくても大丈夫。例え君がやったとしても密告はしないから」

「やってないって言ってるだろ」


 楓は少し怒ったような声で言うと、大股で子供の後を追いかけた。


 グオォォ──


 その途端、低いうめき声のような音が足元から聞こえた。

 鬼道家の床は、歩くたびに鬼が鳴くような音を立てるため鬼鳴りと呼ばれる。楓はすっかりこの家の構造を忘れていた。


 ゴオォォ──


 思いがけず大きな鬼鳴りが廊下に響いてしまい、慌てて速度を落としたが、鬼のうめき声は相変わらず楓の足元から聞こえる。まるで床のすぐ下に鬼が潜んでいるかのようで不気味だ。

 しかし、先程から子供は鬼鳴りを立てずに歩いている。家の構造を知っているのか、あるいは幼い子供の体重では鬼鳴りがしないのかもしれない、と楓は思った。


「君は、この家の子供か?」


 少しだけ静かに歩きながら、楓が小さな背中に問いかける。相変わらず、鬼鳴りは足元で不気味な音を立てていた。


「半分合ってるけど、半分違うね。私はこう見えて()()()()()()()()だから」


 子供はふわふわとした回答で楓を翻弄する。その曖昧さが、楓の不安をさらに煽るのだ。

 楓は、自分を誘うようにふらふらと歩く子供の背中を追いかけていく。


「本当はもっと早くに声をかけたかったんだ。でもなかなか隙がないじゃない? 君はいつも誰かと一緒に居るからね」


 子供は、振り返って楓がついてきていることを確認すると、楽しそうに進路を変えて右から左へと廊下を進んでいく。

 前から楓のことを知っていたかのような口ぶりに、再び緊張が生まれる。


「お前……一体──」

「楓殿、どうされましたか」


 不意に、背後から低い声の男が声をかけてきた。

 楓が驚いて振り返ると、暗闇の中で隻眼の男がじっとこちらを見ている。鬼道松蔭だ。その鳶色の瞳は真っ直ぐに楓を貫いており、嘘や隠し事など通用しない。

 楓はしどろもどろになりながら愛想笑いをした。


「あ、え……ええと、食べすぎた──みたいで、トイレに……」

「でしたら反対方向です」


 にこりともせずに松蔭が答える。

 あまりにも苦しい言い訳を見抜いたのだろうか、楓は引きつった笑顔で隻眼の男を見上げた。

 しかし、松蔭がそれ以上楓を追及することはなく、鳶色の隻眼は楓が向かおうとしていた部屋へと向けられる。


「十分程度でしたら、外で待っております」


 松蔭が薄暗い廊下に視線を向けて言った。深く刻まれた顔の皺に、濃い影が落ちる。


「ただ、今夜はあまり一人で出歩かないほうがよろしい」


 その言葉の意味を、すぐには理解できなかった。しかし──。

 橙子を殺した犯人は、まだ家の中に潜んでいる可能性がある。松蔭はそれを忠告しているのだと気づいた時、楓の背筋に寒気が走った。


「す、すぐに済ませます」


 楓は小さく頭を下げて目の前の部屋に向き直る。既に子供の姿は無かったが、直前まで目の前を歩いていたのだから、この部屋に入ったのは()()()()()


(この部屋……誰の部屋だっけ)


 怪訝に思いながら、楓が襖に手をかける。大人が部屋の外に居てくれるなら、もし部屋の中で何か起きても安心だ。

 楓は先程よりも緊張を和らげた様子で、そっと室内に足を踏み入れるのだった。

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