【西瓜割り御霊鎮めし魂祭】6
藤之助たちは椋の部屋から離れて一階へ向かう。
階段を降りると、広い廊下の先に扉が見えた。扉は開け放たれており、オレンジ色の明かりが漏れている。
窓には鬼のロゴが入った煌びやかなステンドグラスが並び、壁にかけられているのは古の戦いを描いた鬼と陰陽師の戦の絵。その絵に見とれてぼうっとしている楓を放って、藤之助は席についた。
「やあ」
先に食堂に来ていた坊主が蕎麦を食べていた箸を置いて声をかけてくる。先程よりも顔色は良いようだ。
ほどなくして、藤之助と楓の前にも蕎麦が運ばれてくる。
「この手打ち蕎麦、本当に見事なもんだ。料理人の気遣いと愛情を感じるよ」
藤之助は、蕎麦を味わいながら感想を述べている坊主を横目に見て、椋の手料理であることは口にしない方が良さそうだと内心思った。
目の前には、どこぞの料亭のように美しく盛り付けられた蕎麦が並び、つゆの香ばしい匂いが漂っている。しかし、なかなか箸は進まない。
「藤之助殿、気分はどうだい?」
既に蕎麦を半分近く食べ終えた坊主が尋ねる。
「別に」
死体を目の前にした時の醜態を思い出して藤之助が坊主と目を合わせずに返事をした。テーブルの上ではチー太が小皿に分けた蕎麦をつついており、自由に食事を楽しんでいる。
「アリバイ確認の方は順調かな」
「それが、上手くいってなくて」
楓はさりげなく両手を合わせ、小さな声で『いただきます』と呟いてから答える。
「俺のアリバイは聞かなくて良いのか? 一応容疑者の一人だぞ」
坊主が悪戯っぽく首を傾げて笑った。耳のピアスが、坊主の動きに合わせて小さく揺れる。
「紅さんが橙子さんを殺す動機がないですよ」
「いやぁ、分からないぞ? 俺は紅葉のためなら何だって出来るから」
坊主はそう言って楽しげに蕎麦をすすった。冗談ぽく笑っていたが、その目は真剣だ。
「……惚気ですか」
ちゅる、と蕎麦をすすりながら楓が呆れたように呟く。そんな楓の顔を見つめていた坊主は不意に、大人っぽく微笑む。
「あの夜、俺と紅葉が何をしてたか聞かないのかい?」
その発言に思うところがあったのか、楓は蕎麦を喉に詰まらせて盛大に咳き込んだ。
「あははは、本当に楓殿はかわいいな! 柊殿に聞いていた通りだ」
「ほ、本当にからかわないで欲しいです……」
坊主は、むせながら水を飲んでいる楓の背中をさすった。
そんな彼らの横で、蕎麦をつゆに漬けたまま食事の手を止めている藤之助が重苦しい表情を浮かべたまま沈黙している。
「ちー……」
無心に食べていたチー太も、心配そうにくちばしに蕎麦を咥えて首を傾げていた。
「藤之助、やっぱりまだ気分が……」
水を口にして小さく咳き込んでいた楓が心配そうに尋ねる。
食欲がないわけではないが、蕎麦が喉を通らない。藤之助は視線を下に落として黙っていたが、やがておもむろに席を立った。
「先に休みます」
そう言って食事の席を離れる藤之助の背中に、楓の視線を感じる。藤之助は気づいていない振りをして立ち去ろうとしたが、食堂を出る間際にふと足を止めた。
「明日、また……調べますから。早起きしてくださいよ」
そっけない口振りでぽつりと一言だけ、楓に伝える。
「ちー」
羽音を立てて肩に飛び乗ったチー太が、藤之助を褒めるかのように頬に擦り寄ってきた。くすぐったかったけれど、それ以上に心地良くて。
藤之助が鬼道家に戻ってくる直前に亡くなったという兄のことをふと思い出す。
鬼道竹次郎。松蔭に似て物静かで勤勉な青年だったという。一方でとても弟思いで、年の離れた藤之助を大変かわいがっていたと桜太郎に聞かされた。
(覚えてないし寂しいとも思わないけど)
藤之助の手が、チー太の体をやんわりと包む。器用に藤之助の手の甲に飛び乗ったチー太は嬉しそうにその場でぴょんぴょんと跳ねた。
──藤之助、えらい! 成長したね!
きっと竹次郎が生きていたら、そんな風に藤之助を褒めてくれるのだろう。




