表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
京都編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

333/437

【西瓜割り御霊鎮めし魂祭】5

 鬼道橙子(きどうとうこ)が殺された時間帯、アリバイのなかった人間は多い。藤之助(とうのすけ)(かえで)がすべきことは、まず全員に接触し、話を聞くことだ。


 藤之助たちが訪れたのは、先刻別れたばかりの鬼道杏珠(きどうあんず)の部屋。妹である杏珠には橙子を殺す動機があったが、藤之助は彼女が殺したとは思っていない。

 思いたくないのが本心だ。


「橙子さんが殺された時、どこで何をしていたか教えてもらえるかな」


 楓がすまなそうに尋ねると、杏珠は静かに瞼を伏せてぽつぽつと答える。


「お父様の部屋で、()()をしてた」


 そう言った杏珠の手首には紐状のもので縛ったような赤い跡がある。本を読んでいた時は無かったはずだ。

 藤之助は、その跡から目が離せなかった。


「お前、またあの男に……」


 杏珠は赤い瞳を伏せて黙っている。

 食い入るようにその跡を見つめていることに気づいたのか、杏珠が手首の跡を隠すように片手で押さえようとした。


「何隠してるんだよ、見せろ」


 藤之助は思わずその手首を掴んだ。

 しかし思いのほか強く握りすぎたのか、杏珠の表情が苦痛に歪む。


「藤之助……!」


 楓が慌てて藤之助の手を掴んだ。藤之助の剣幕のせいで、杏珠に乱暴しそうに見えたのだろう。

 弁解のために藤之助が手を離した瞬間、訪問者を拒絶するように扉が閉められた。

 しん、と静まり返る廊下に立ち尽くしたまま、藤之助がうなだれる。


「……わざとじゃないんです」

「わかってるよ。きっと、杏珠さんも」


 楓は藤之助をなだめるように言った。

 これ以上杏珠の部屋の前に居ても、彼女は顔を見せてくれないだろう。


「他の人の部屋に行こう。桜太郎(さくたろう)さんとか」


 楓が気を遣って藤之助に声をかける。


「あの人は殺してない」


 橙子の死体を前にした兄の様子を思い出して藤之助がかぶりを振る。

 ほんの数ヶ月しか一緒に暮らしていないが、彼は虫すら殺せないほど心優しい青年だ。あれほど残虐に人を殺せるはずがない。


鬼道柚蔵(きどうゆぐら)に聞いてみましょうよ。アイツが犯人なら楓さんたちも手間が省けて嬉しいでしょ?」

「そ、そんなことは……」


 楓が引きつった顔をして尻込みする。


「一番怪しい奴に聞かなくてどうするんですか。殺したいんでしょ、アイツのこと」

「こ、声が大きい……!」


 青ざめる楓を見て小さく笑った藤之助は、長い廊下を歩きながら、当主である鬼道柚蔵の部屋の前へ向かった。

 鬼道家は地上三階建ての構造になっており、一階が食堂や風呂場、応接室など。二階が当主の柊一、柚蔵、椋の部屋になっている。

 時折、柊一(しゅういち)の部屋を行き来する医師や使用人とすれ違った。


「あのじいさん、そろそろくたばるらしいです」


 藤之助は祖父の部屋を通り過ぎながら言った。

 鬼道家に帰ってきてから一度顔を見に訪れたことがある。その時にも既に死んだような様相ではあったが、体に穴を開けられ、自力で呼吸することもできずに無理やり延命させられている祖父を見て、あんな最期は送りたくないと思った。


「早く死なせてやれば良いのに」

「藤之助」


 楓は咎めるように藤之助を呼ぶ。藤之助は聞こえないふりをして柊一の部屋を通り過ぎた。

 柚蔵と(むく)の部屋は離れにある。椋の部屋はこじんまりとしているのに対して、柚蔵の部屋はずいぶん広い外観だった。

 障子越しに明かりがついており、柚蔵がまだ起きていることがわかる。

 藤之助は少し緊張した面持ちで障子に手をかけるが──。


 障子の向こうから聞こえてきたのは、湿った空気を含んだ喘ぎ声。その声は次第に大きく響いてくる。


「──ッ!」


 藤之助の顔に赤みが差した。

 障子の向こうで柚蔵が誰と肌を重ねているかなど知りたくもない。


「ぴーちち! ちー! ちー!」


小さな羽音を立てながら、チー太が藤之助の前を遮るように鳴く。何を訴えたいのかは分からないが、藤之助たちに濡れ場を見せないようにしているようだ。


「と、藤之助……一旦別の部屋に行かないか?」

「そッ……そうですね……」


 盛り上がっているのか、次第に大きくなる嬌声に気まずそうな表情を浮かべた楓が遠慮がちに尋ねてくる。

 慌ててそそくさとその場を離れる藤之助の耳に、切ない嬌声はいつまでも残っていた。


(くそ……娘が死んだ直後だぞ)


 苛立ちと羞恥の入り交じった気持ちでちらりと楓を横目で見ると、恐らく楓も同じことを考えていたのか、恥ずかしそうに視線を背けている。


「む、椋さん、居ますか」


 椋の部屋は柚蔵の部屋の隣だ。障子をそっと開けてみる楓だったが、室内は暗いまま。中には誰もいないようだ。


「何だよ、どいつもこいつも」


 藤之助が舌打ちした。楓は、テーブルに置かれた赤い布切れを見て不思議そうな顔をしている。


「これ、椋さんの髪留め……」

「そんなのどうでもいいです。大体、三十過ぎたおっさんが髪にリボンなんてどうかしてますよ」


 肩を竦めてリボンを見もしない藤之助とは違い、楓は何かを考えるように顎に手を当ててリボンを見つめている。


「似合ってたけどな……」

「楓さんって、人を見る目ないですよね」


 よっぽど椋の外見に騙されているのかと呆れたように肩を竦めた藤之助は、楓に背を向けて鬼鳴りの音を響かせながら歩き出す。


「と、藤之助!」

「食堂に行くんですよ。楓さんだって腹減ってるでしょ」


 楓は拍子抜けしたような顔で瞬きを繰り返すと、慌てて藤之助の後を追いかけてくるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ