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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
京都編

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【弁慶草、むせかへる鬼の衣かな】18

「ここ、()()()の部屋だったらしいです。その前は父親(あのひと)の部屋」


 棘のある言い方に、(かえで)が開いたままの本を下ろして藤之助(とうのすけ)の表情を窺う。


「藤之助は、松蔭(しょういん)さんのことが嫌いなのか?」

「好きか嫌いかと言うより、どうでもいいんですよ。育てられた覚えもないし」


 藤之助は強がるように言った。

 父はいつでも鬼道(きどう)柚蔵(ゆぐら)の言いなりだ。使用人ですら、松蔭にどんな対応をしたら良いか分からず腫れ物扱いしているのが分かって、それがたまらなく嫌だった。

 父を傷つけていいのは、自分だけなのに。


「松蔭さんは、いい人だと思うよ。口数は少ないけど、そんな気がする」


 いつの間にか、楓は本から顔を離してじっと藤之助をじっと見つめている。杏珠(あんず)と同じ赤い瞳が自分の心の奥底まで見透かしているように感じて、逃げるように藤之助が俯く。


「……だったら、怒ればよかったのに」

「え?」


 先程の父を思い出しながら、藤之助がふてくされたように呟いた。しかしその声はあまりにも小さすぎて、楓の耳には届かない。

 部屋の中にうっすらと漂う緊張感を自分が生み出していることに気づいた藤之助は、無理やり話を終わらせるように口を開く。


「なんでもないです。とにかく父親(あのひと)は実の子供よりも柚蔵が大好きなんですよ」


 藤之助は短く告げると、ぷいっとそっぽを向いた。これ以上父親について何を聞かれても答えるつもりは無いという意思表示だ。

 しかし、楓はまだ何か話し足りないといった様子で藤之助を見つめている。

 その視線が痛いほど伝わるものだから、藤之助は参考書のページを無造作に捲りながら少し苛立った声で尋ねた。


「今度は何ですか」

「あ、いや……その、柚蔵さんについて聞きたいなと思ってさ……」


 藤之助は長い前髪の間から楓を一瞥し、何かを考え込むように沈黙する。しかしそれもほんの一時で、やがて少し考えてから口を開いた。


「逆に質問なんですけど。楓さんたちは柚蔵を殺しに来たんですか?」

「えっ」


 唐突な問いかけに、楓の表情が一瞬にして引き攣る。その反応を見て、藤之助はわかりやすいなと思った。楓の表情に浮かぶ戸惑いや驚きが既に答えだ。


「ポーカーフェイス、勉強したほうがいいですよ。あんたババ抜き苦手でしょ」


 指で口の端を吊り上げながら藤之助がからかうように言った。図星をつかれた楓は、返す言葉もなく苦笑することしかできない。

 そんな反応を満足げに受け止めて、藤之助はようやく年相応の笑みを見せる。


 この陰陽師なら信じてもいい。そう思わせる何かが、楓にはあった。

 しかし、素直に情報提供してしまうのはつまらない。少し焦らして、気が向いたら話してやろうか、などと考えながら藤之助が口を開こうとしたその時。


「ぎいゃああああああッ!」


 突如、緊迫した悲鳴が鬼道家に響き渡った。

 ビクッと藤之助が体を震わせると、楓の肩に乗っていたチー太も、同じようにバタバタと羽根を上下させて暴れている。チー太が肩から落ちないように手で包んだ楓は、緊張した面持ちで手の中で縮こまっているチー太を藤之助の肩へ戻した。


「様子を見てくる。君はチー太と此処で待っててくれ」


 その顔は先程の頼りないものではなく、陰陽師の顔になっている。


「お、俺も行きますから!」


 慌てたように勉強机から離れた藤之助は、楓に続いて部屋を出た。

 屋敷の中は暗く、静寂が包み込んでいる。だが、先程までとは違う緊張に満ちているのは明らかだ。


 なまぬるい風とともに、微かに鉄臭いものが藤之助の鼻腔をくすぐった──。

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