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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
京都編

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【弁慶草、むせかへる鬼の衣かな】16

 恥ずかしさと怒りが引いた頃、部屋の前で鬼鳴りが聞こえた。『あの』と聞きなれない声が藤之助(とうのすけ)を呼ぶ。その声は、どこか頼りなく、まるで侵入してはいけない領域に足を踏み入れるのを恐れているかのように情けない。

 声の主は坊主と一緒にいた陰陽師で、名を鬼道(きどう)(かえで)というらしい。


「何ですか」

「ごめん。ちょっと挨拶がしたくて……」


 くぐもった声が聞こえる。その声には何かしらの気まずさが滲んでいる。

 藤之助の横で雀のチー太が、リラックスした様子で毛繕いをしていた。チー太が落ち着いているということは、この訪問者に敵意はない。

 やがて、藤之助は力が抜けたように長いため息をついた。


「……ドア、開いてますけど」


 少しの間を置いて、扉がゆっくりと開かれる。顔を覗かせたのは、女顔の陰陽師。

 歓迎されていないと勘づいているのか、藤之助にどう接すればいいのか迷った表情で苦笑する。


「兄さんに、何か言われて来たんですか?」


 先程まで何もなかったかのような平静さを装って、藤之助がそっけなく尋ねる。

 心の中では、まだ松蔭(しょういん)との不快なやり取りが尾を引いていた。その影響で、つい攻撃的な態度になってしまう自分自身に呆れてしまう。


「違う。いや……違くはない、か」


 鬼道楓という男は嘘がつけないらしく、気まずそうに視線を泳がせていた。まるで、共通の話題を探すように。

 やがてその目が本棚に留まった時、赤い瞳がみるみるうちに輝いていく。


「こ、これ……柳川(やながわ)千尋(ちひろ)の本! しかも直筆!? こんなにたくさん!」

「何を驚いてんですか?」


 藤之助は、コロコロと表情が変わっていく目の前の親戚を呆れたように見つめた。

 わざと淡々とした声で返事をしたが、内心ではこの奇妙な訪問者に対して、ほんの少し興味を引かれている。

 目の前の親戚が予想外の反応を見せるたびに、小さな戸惑いが生まれていた。


 鬼道(きどう)(ひいらぎ)の名前は藤之助も知っている。最強の陰陽師とうたわれた彼は、幼い頃から家には居着かず、あちこち旅をしていたという。そして古御門(こみかど)家の女を娶り、子供にも恵まれ順風満帆な人生を送った。

 鬼道家に縛られないその自由な人生は、藤之助にとって密かな憧れでもある。

 しかし、その息子である楓がこの程度のことで驚くようでは、父親も大したことはないのかもしれない。藤之助はどこか拍子抜けした気持ちになった。


「お、驚くよ! 大好きな作家の本がこんなにあるんだぞ!」


 楓は目を輝かせ、興奮した様子で本棚を見つめている。

 その姿は、藤之助の知る大人たちとはどこか違っていて。彼の純粋な反応は、見ていて少し恥ずかしかったけれど、同時に羨ましくもある。

 そもそも、下心や藤之助に危害を加えようとしているのであれば、チー太が黙っていないだろう。最強の息子でありながらそれを鼻にかけるような素振りもない。それどころか……。


(……呆れるくらい、普通だ)


 藤之助は、楓に興味のない振りをしてチー太のくちばしを指で撫でた。


「そ、その子──ずいぶん懐いてるんだな」


 楓は、一人ではしゃいでしまったことを今更恥じるように、慌てて話題を変える。


「チー太は友達です。仙北屋(せんぼくや)家から帰ってきたばかりの時……知り合って。いつも一緒に居てくれる……大切な友達」


 ぽつぽつとチー太を紹介しながら、藤之助はチー太が自分にとってどれほど大切な存在であるかを、改めて実感する。


「仙北屋?」


 どこか考え込む楓の真意を探ることなく、鬼道家でありながら仙北屋も知らないのかと藤之助は呆れた様子も隠さずに口を開いた。


「仙北屋は呪い特化の一族ですよ。そんなことも知らないんですか?」

「いや、それは……わかるよ。なんて言うか……仙北屋と鬼道家が繋がっていたのが、意外で」


 藤之助はわざと聞こえるようにため息をつく。

 もしかしたら自分は、無意識に期待をしすぎてしまったのかもしれない。鬼道柊の息子である楓に。


鬼道(きどう)柚蔵(ゆぐら)の命令で、俺も杏珠(あんず)も生まれてすぐに仙北屋家に預けられたんです。陰陽師の修行をして、適性を伸ばすため──要は鬼道家にクズは要らないってことですよ。アイツら、プライドだけは一級品だから」


 藤之助は手のひらを上向きにしてチー太を乗せながら忌々しげに鼻で笑う。

 その声色には、鬼道家への反発心と、それを表に出せない孤独感が交錯している。

 物心ついた時から家族と過ごせず、友達も作れなかった。今だって地元の学校では浮いた存在で、友達と呼べる人間は居ない。


「ま、最強さんには分からないですかね。凡人の苦労なんて」


 藤之助はわざとトゲのある言い方をする。その声色には、平凡に生きてきた楓への嫉妬も込められていた。しかし、楓は嫌な顔もせずに困った顔をして笑うのだ。

 その反応がまた、藤之助の心をちくりと刺す。それは、自分の攻撃的な言葉が楓に全く響いていないことへの苛立ち。


「僕は凡人だよ。親父が有名なだけで……僕はどうやって適性を伸ばしたらいいのかも分からなかったから、古御門(こみかど)家に支給された札を使っててさ」


 その古御門家があんなことになって、と楓が苦笑する。その声色は、少し暗い。

古御門(こみかど)泰親(やすちか)の件は、藤之助も仙北屋家の人間から聞いた。人智を超えた力を求めるあまり、破滅した陰陽師。

 要は、今まで古御門家の力を借りていたが、頼れるものがなくなってしまったから本家にやってきたのだ、と藤之助は思った。


「どのくらい凡人なのか見たいんで、コイツをカラスに変えてみてくださいよ」


 藤之助は、やにわに手に乗ったままのチー太を突き出す。その声には、どこか試すような響きが含まれている。楓の能力がどれほどのものかを知りたくなったのだ。

 あるいは、鬼道家最強の陰陽師の子供である楓に対して、どこか意地悪な興味を抱いたのかもしれない。


「ただし、チー太に妙なことをしたら呪い殺します」

「うッ……人のトラウマを抉りたいのか無茶ぶりしたいのかどっちなんだ君は……」


 楓は気がすすまないといったようにごにょごにょと呟いていたが、やがてズボンのポケットから無地の霊符を取り出すのだった。

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