【弁慶草、むせかへる鬼の衣かな】13
「またつまらないもの弄ってるのかよ」
墓参りを終えた藤之助が、開いた襖に手をかけながら尋ねる。父親が盆栽の手入れをしている後ろ姿を見つめながら。
部屋の中は薄暗く、昼間のこもった熱が徐々に薄れている。
「言われた通り墓参りはした。これでいいんだろ?」
無愛想な声で藤之助が話しかける。父は背中を向けたまま静かに頷いたようだ。まるで機械のように冷たい態度。藤之助が鬼道家に戻ってきてからずっとこの様子だ。
こちらを見ようともしないその無関心さが、藤之助の心に暗い影を落とす。
「全く、何が悲しくて顔も覚えてない身内の墓参りに行かなきゃいけないんだか」
そう毒づいてみるが、松蔭は何も言わない。それが余計彼の怒りを募らせる。
藤之助は黙って部屋に上がり込むと、父の大切にしている盆栽を手に取った。手入れが行き届いた盆栽の枝を指で摘み、ぐにゃりとしならせてわざと父の大切なものを傷つける素振りを見せる。
どうにかして、無関心な父の注意を自分へ向けたいと思った。
「竹兄様が死んだ時、悲しかった? 俺が仙北屋に行った時よりも」
挑発的な声色で尋ねてみるが、松蔭は何も言わない。他者の存在など、まるで空気のように。魂の抜けたような顔をして俯いている。
藤之助は、ちっと舌打ちをして部屋の中の盆栽をぐるりと見渡した。
「こんなゴミばっか育ててないで、老後のことでも考えてろよ。遺産は多めに遺して逝けよな、無駄に金だけはあるんだから」
父の無表情な顔を何とかして歪めようと、藤之助の口から呪いの言葉が次々に生まれていく。
どうして、この男は自分のことを見ようとしないのか。どうして、自分が帰ってきたのに無関心でいられるのか。
幼い頃の甘味処での優しいひとときは、幼い自分を誤魔化すための茶番だったのか。
「お前に遺すものは何もない」
不意に松蔭が口にした言葉は、突き放すような返事。待ちに待っていた父親からの言葉は、藤之助が望むものではない。
藤之助は、腹いせに盆栽を畳に投げつけて足元の盆栽を蹴り飛ばした。土がこぼれ、枝が折れて畳の上を汚したが、それでも松蔭は顔色ひとつ変えない。何事もなかったように、静かに盆栽の枝を整えている。
その無関心な態度が、藤之助の心を深く傷つけた。
「……俺を騙して、仙北屋に売りやがった慰謝料だよ。今すぐここで呪殺してやろうか? 大好きな竹兄様のところに送ってやるけど」
裏切られた痛みと失望で、感情が冷えていく。それは彼自身もゾッとするほど、暗く冷たい声。
「好きにしろ」
父の声色は変わらない。死を恐れないどころか、まるでそれを受け入れたような態度。藤之助の顔から感情が消えていく。
その長い前髪に隠された、鳶色の瞳が緋色に光った時──。
「──ッ、そうじゃないだろ!」
片目を押さえて、絞り出すような声で藤之助が叫ぶ。
求めていたのは、そんな言葉じゃない。
そんな悲しい言葉を言わせたかったわけじゃない。
「クソ親父ッ……」
藤之助は苦し紛れの一言を放つと、父から逃げるように部屋を飛び出した。
そんな藤之助の後ろ姿を見送る様子すら見せず、松蔭はただ畳の上に散らばった盆栽の掃除を始める。鉢の破片を拾い集める手が、不意に止まった。
松蔭は一度だけ、藤之助の走り去った方向へ視線を向けたが、すぐに視線を落として目の前にある散らばった盆栽の破片に戻る。手のひらで慎重に土を集め、折れた枝を拾い上げたその手は微かに震えていたが、彼の隻眼には何の感情も浮かんでいない。
「お前には、大事な役目があるだろう」
噛み締めるように松蔭が呟く。まるで自分自身に言い聞かせるように。しかし、その声が心を閉ざした息子の耳には届くことはない。既に藤之助の足音は遠く、鬼鳴りも聞こえなくなっていた。
部屋の外では、夜の静けさが戻り、風が静かに木々を揺らしている。何もかもが静まり返ったその空間で、松蔭はただ一人、壊れた盆栽と向き合っていた。
親子の関係は、あの日から完全に壊れてしまっている。彼の傍で散らばった盆栽のように。




