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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
京都編

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【弁慶草、むせかへる鬼の衣かな】8★

 すっかり陽の傾いた鬼道家の廊下を、二つの影が進んでいく。大きな二色のリボンをゆらゆらと左右に揺らしながら(かえで)を先導するのは叔父の鬼道(きどう)(むく)だ。

 障子越しに差し込む杏色の光が、廊下の板張りを優しく照らし出している。古い木材の香りと、風に運ばれてくる庭の草木の匂いが混ざり合って心地よい。足元に響く微かな鬼鳴りも、不思議と先程よりも優しい音に聞こえる。


「しっかし、楓ちゃんはえらい男前やねぇ。ひー兄さんそっくりや」


 振り返ることなく、椋がしみじみと呟く。その言葉はお世辞か、それとも本心なのかは分からない。けれど、毎日鏡で見ている自分の顔が父親に似ていないことくらいは楓にも分かっている。


「そう、ですかね。顔は母親似らしいんですけど……」


 困惑したように眉を下げている楓に気づいてか、椋は『いいや』と言って振り返った。その顔は、柔和に微笑んでいる。


「ひー兄さんと同じ、強くて賢そうな顔しとるよ。いっぱい頑張ってきたんやねぇ……」


 祖母、柳川(やながわ)杏子(きょうこ)を彷彿とさせる、おっとりとした顔立ちの椋に褒められて、楓は照れくさそうに肩を窄めた。

 椋は父や紅葉(くれは)によく似た顔立ちなのに、どこか女性的でその物腰も非常に柔らかい。それは彼の話す言葉遣いも関係しているのだろう。彼は、兄弟たちと違って唯一方言だったからだ。


「ボク、みんなと(ちご)てずっと京都(ここ)に住んでたんよ。落ちこぼれやさかい」


 椋はくすくすと笑いながら、稽古場に足を踏み入れた。

 そこはとても広い木造の稽古場だ。壁際には薙刀や木刀が整然と立てかけられており、それぞれが年季の入ったものばかり。天井は高く、柱や梁には黒ずんだ木目が浮かんでいる。ほんのり薄暗さが漂い始めているせいもあって不気味でもあったが、椋と一緒にいるため不安を感じることもない。

 黒百合が風に揺れ、稽古場の入口近くに茂っているのが見えた。夕焼けが空に夜の化粧を施し、静かな稽古場に染み渡っていく。


「落ちこぼれ……って」


 楓が怪訝そうに椋の表情を窺う。紅葉も同じことを言っていた。本家には、鬼道の落ちこぼれが居ると──。


「そう。ひー兄さんや紅葉ちゃんみたいな才能も霊力もない落ちこぼれ」


 椋は大して気にしていないかのように笑い、そっと稽古場の戸を閉める。


「せやけど、薙刀術なら楓ちゃんに教えてあげられるかなぁ思て……あ、迷惑やったら言うてね?」


 夕焼けの光が窓から差し込み、彼らの足元でゆらゆらと影を落とした。外からは虫の鳴き声がかすかに聞こえる。夏の風が吹き抜け、二人の長い黒髪を揺らしていた。


「む、難しそうですけど……僕にできるかな」

「くふふ……ほんまにかぁいらしいわ、楓ちゃん」


 椋は優しく微笑むと、薙刀を一本取って楓の手に握らせる。構え方が分からず薙刀を頭上に持ち上げる楓に、椋は中段で構える方が攻守共にバランスが取れて良いと言った。


「上手」


 優しく褒められ、ほんの少し自信がついた気がする。

 言われるまま薙刀を水平に持った楓から離れた椋は、いつの間にか手にしていた自分用の薙刀の感触を確かめながら距離を取った。

 薙刀は、技や体を鍛えるだけでなく、心を鍛え、霊力を高めると言う。


「──」


 椋の立礼は背筋がピンと伸びて、とても美しかった。楓は身が引き締まるような気持ちで椋に一礼すると、再び中段での構えに戻る。


「感覚でええよ。打ち込んどいで?」


 楓は薙刀の感触を両手で確かめると、椋相手にそれを振りかぶる。しかしあっけなく下から払い上げられてしまうのだった。


「ぐッ!」


 体勢を崩してよろめく楓を見下ろして、椋はおっとりした口調で続ける。


「もういっぺん、チャレンジしよか」


 椋は薙刀を下ろしたまま優しく微笑んでいた。楓は呼吸を整えながら、再び薙刀を振り上げる。

 けれど、すぐに椋の薙刀がそれを払った。


「す、みませ……」

「ええんよ、なんべんでも付き合ったげる」


 ぎこちなく薙刀を振るう初心者同然の楓にも、椋は嫌な顔ひとつしない。他人に教え慣れているのだろう。

挿絵(By みてみん)

(不思議な人だ……椋さん)


 椋が薙刀を軽やかに振り、その刃先が空気を切る。その音はまるで、鋭くも柔らかい旋律のようであり、稽古場の静寂に心地よく溶け込んでいく。

 楓はそれに合わせて薙刀を振り上げるが、椋の動きはまるで風に乗る鷹のように滑らかで、同時に鋭い。


(何が鬼道の落ちこぼれだ。この人、すごく強い……!)


彼の一つ一つの動作には迷いがなく、その姿は舞のように美しい。楓の薙刀が椋の動きに軽く弾かれるたび、その振動が楓の腕を通して全身に伝わる。


「平気? 楓ちゃん」


 バランスを崩して倒れ込んでしまった楓に、椋が手を伸ばす。楓はその手を借りて体を起こし、再び薙刀を構えた。


「──ッもう一回お願いします!」


 少し驚いたような椋の眼差しは、すぐに優しく変化する。それは子供の成長を見守る母のようにあたたかい。それが心地よくて、楓も椋との稽古に夢中になっていくのだった。

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