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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
京都編

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【弁慶草、むせかへる鬼の衣かな】5

「……」


 屋敷の外では風が吹き荒れ、木々の葉が擦れ合う音が遠くから聞こえてくる。その音は、まるで鬼がひそひそと囁くように、不気味な静けさを強調していた。

 意を決して、楓が口を開く。


「おじいさま。お会いできて嬉しいです。僕は──楓。柊の子です」


 ふと壁を見ると、そこには壁掛けの絵画が飾られていた。絵画には、照れくさそうにはにかむ若かりし頃の柳川(やながわ)杏子(きょうこ)の姿が描かれている。楓は、その祖母の絵画から目が離せなかった。杏子の柔らかな微笑みは、彼女の優しさを感じさせ、楓の緊張を和らげてくれる。


『綺麗に、描けているでしょう? 私の大切な人です』


 突然、楓の脳裏に老人の声が響いた。それはまるで、直接心に語りかけてくるような、優しく温かな声。楓はすぐに、それが柊一(しゅういち)の声だと分かった。廊下の絵画と同じように温厚そうな声だ。


(大切な……人)


 彼にも、大切な少女が居る。彼女を守れるように強くなりたいと願うけれど、世の中は上手くいかないことばっかりで。敵は強くなる一方だと言うのに、理想と実力はいつまで経ってもかけ離れている。


「──大切な人を守るには、どうしたら良いんでしょうか」


 ぽつりと問いかけた楓に、祖父は黙ったまま弱々しい呼吸を繰り返している。やがて、衣擦れの音がカーテンの向こうから聞こえた。


「ご当主様!」


 柊一の身を案じた医師たちが口々に声をかける中、柊一が楓を手招いた。


『私の手を、握って。私はもう、声が出せませんから。君のことを教えてください』


 楓は周囲の顔色を伺ってから、カーテンの中に手を入れて柊一の手を遠慮がちに握る。

 その時、ふと目の前が真っ白になった。


「ここ、は」


 見覚えのある廊下に、見覚えのある光景。彼を見つめる大勢の陰陽師たちを前にして、楓は躊躇う。


「おにーちゃん?」


 傍で、この場にいるはずのない常夜(とこよ)の鬼王、冥鬼(めいき)が不思議そうな顔をしていた。


「だいじょーぶだよ! メイがついてるもん!」


 幼い冥鬼が無邪気に笑う。

 ああそうだ。これは楓が初めて正式に陰陽師となった日の再現。古御門(こみかど)家に招かれ、右も左も分からなかった日の追体験なのだ。


「皆さんお静かに。あの柊殿のご子息ですから、さぞ立派な術を見せてくれるでしょう」


 大人たちは口々に言う。彼らは、最強の陰陽師である柊の息子、楓の実力を見たいのだと言った。

 術自体は簡単な、庭先の雀をカラスに変えるという術。

 けれど、ある日突然陰陽師を辞めた父からは何も教わることが出来ないまま今日まで独学で学んできた楓には出来なかった。人々は心おきなく楓を笑い、口々に罵倒して、そして最弱陰陽師の烙印という呪いを押し付けたのだ。

 あの時の喪失感は、今も楓の中に残っている。


『なるほど……やはり、君は私に似ています』


 呼吸器の音が聞こえて、楓は現実に引き戻された。


「ご当主様、もうこれ以上はお身体に障ります」


 医師が強い口調で言った。

 柊一の目が一瞬、微笑んだように見えたのは都合のいい解釈だろうか。


「時間だ、楓殿」


 坊主に声をかけられ、後ろ髪を引かれる思いで楓が体を起こす。


「浮かない顔をしてるな」


 具合の優れない柊一の部屋から出た後、坊主が言った。柊一の手を握った時に見た過去の映像は、どうやら楓の目にしか映っていない。

 あれは、柊一の力が見せた光景なのだろうか。


「僕は、親父や紅葉さんみたいな陰陽師になれるんでしょうか」

「無理だな!」


 ぽつりと呟く楓への返事は、非常にあっけらかんとしたものだ。


「楓殿は楓殿だ。柊殿でも紅葉でもない」


 至極真っ当な坊主の回答は、楓の表情に陰を落としたまま。そんな楓を横目で見て、坊主が微笑んだ。


「柊一様も──最弱陰陽師と呼ばれていたそうだよ。鬼道(きどう)澄真(とうま)の血筋もこれで途絶えるか、とまで言われて大変だったらしい」


 名家ってのは厳しいね、と坊主が苦笑する。


「だけど柊一様は立派に当主としてのお務めを果たされ、戦後の鬼道家を建て直された」


 楓は黙って坊主の話を聞いていた。


「君は他の誰でもない。鬼道楓だ。自分を誇りなさい」


 そう言って微笑む坊主の眼差しは力強い。今はその眼差しが夏の日差しのように眩しくて、楓は逃げるように顔を伏せた。


「僕には、まだ……」


 わからない、と呟いた楓の頭を坊主は優しく撫でる。彼に深く根付いた自信のなさを払拭するには、まだまだ長い時間がかかりそうだ。

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