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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
1部

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【豆狸】1

「椿女になんの用があるんですか……」


 職員室に部室の鍵を返した僕は、やたら足の早い小鳥遊先輩の後を小走りで追いながら問いかける。

 小鳥遊先輩は全く立ち止まることなく廊下を進むと、生徒用玄関の下駄箱から自分の靴を取り出して答えた。


「んー、楓さん。日熊先生が学校に来ていないのは知ってます?」

「はあ……まあ」


 そういえば、日熊先生を見てないな。最後の目撃情報は、昨日ゴウ先輩が言っていたっけ……。


『んにゃ、午前は居たんだけどさ……でも放課後には居なくなってたんだよ。昼飯の時間はちゃっかりハクに弁当もらってたくせに…』


 そうだ、午前中は居たけど午後からは居なくなっていたと言ってた。ハク先輩から手作り弁当をもらっていたそうだけど……どうやら今日はもらっていないようだ。


「オカルト研究部には顧問が不可欠! それは日熊センセイでないとダメなの。……って、ハクにゃんが言ってたんですけど」


 滅多に人の訪れることがない校舎の裏、焼却炉を抜けた先にその木は立っていた。

 以前見た時よりも、何だか木の幹が若々しい。冥鬼の妖気を吸い取ったからか?


「さて……と。気配はこの辺ですかねぇ。陰陽師の直感は誤魔化せませんよ〜」


 小鳥遊先輩はゆっくりと椿の木に近づくと、木の後ろを見てから僕を手招きした。木の周辺から、僅かだが弱々しい妖気を感じる。


「な、何ですか?」

「いいから」


 小鳥遊先輩が声をひそめる。僕は急かされるようにしてゆっくりと木の後ろを覗き込んだ。

 そこには……白い毛玉のようなものが蹲っていた。


「た、タヌキ?」


 木の後ろで伸びているのは、小さな白いタヌキだった。片手に乗るくらいのサイズはあるだろうか。とても小さくて、ぬいぐるみが捨てられているのかと思ったけど……。


「このタヌキは……豆狸ですか?」

「ご名答。人に取り憑いたり騙したり……はたまた人に化けたりする面白い妖怪なんです。カトリーヌも見るのは初めてですけど」


 タヌキの白い毛皮はところどころ茶色く焦げており、背中なんて毛が丸ごと焦がされているようだった。ハッキリ言って痛々しい。息はあるようだが、重傷だ。


「……ひどいな。一体誰が……」


 そうつぶやくと、椿の木が僅かに揺れる。木の影から姿を現したのは……制服に身を包んだ少女だった。


「私じゃないわよ」

「つ、椿女……!」


 思わず身構えると、椿女は据わった目で僕を睨むなり背中から伸びてきたしなる鞭のような枝で僕の腹を殴る。


「今の私は美少女高校生、姫野椿。姫野先輩って呼びなさいよ」

「ぐはっ! び、美少女って……自分で言うのか……」


 不機嫌そうな顔をした椿女は、うずくまる僕のことなどお構い無しといったように僕達とタヌキを順番に一瞥する。


「こんなところで死なれても寝覚めが悪いから、応急処置はしてやったし生きてるんじゃない?」


 ふうっとため息をついた椿女がその場にしゃがみこんで白いタヌキを見つめた。

 タヌキは小さな体を上下させながら苦しげに呻いている。僕は腹を片手で押さえつつ体を起こした。


「い、一体誰がこんなことを……」

「知らないわよ。その馬鹿教師に聞いてみたら?」


 何を言われているのか分からず、僕は椿女と狸を交互に見つめる。

 すると、椿女は意外そうに目を丸くした。


「聞いてないの? その狸の正体が日熊先生だって」

「え……!?」


 突然の告白に、僕は思わず絶句した。

 この小さいタヌキが、日熊先生だって……!?

 狼狽える僕の前で、小鳥遊先輩が豆狸をつまみあげる。


「楓さん、傷を治す術……使えますよね?」

「あ、え……」


 はい、と返事をするどころか僕は衝撃の真実で目を白黒させてしまっているわけなんだが……。

 僕は慌てて御札ケースから一枚の御札を取り出してふわふわの毛玉を受け取った。

 意外とゴワゴワとした手触りの毛玉からは香ばしいような臭いがする。獣臭ってやつだろうか。いや、それにしても臭い。


「き、急急如律令──六根清浄」


 札に込められた癒しの術を毛玉へ施す。

 すると、火傷の跡はみるみるうちに消えていった。さすが古御門家の御札だ。

 やがて、豆狸がピクッと鼻をひくつかせる。

 短い両手を伸ばして、うろうろと虚空を泳いだ腕が僕の制服を掴んだ。


「う、ううん……? オイラは死んだのかあ……?」

「そうですよぉ。ここはあの世ですよ、日熊先生!」


 小鳥遊先輩が明るく笑いかけると、小さなタヌキは目を擦りながら欠伸をする。


「むにゃ……小鳥遊、オマエは久しぶりに学校に来たと思ったらまたそうやってオイラをからかう……」

「ほ、本当に日熊先生なんですか? こいつが……」


 おずおずと声をかけると、豆狸は別段驚いた様子もなく僕を見上げた。


「あっ、楓! 柊は元気にしてるか?」

「お、親父を知ってる……?」


 人懐っこく声をかけてきた豆狸に日熊先生の面影はない。

 それどころか、こいつは親父の名前を口にした。


「オイラは柊とマブダチだもん。そりゃ知ってるよ」

「マブ、ダチ……」


 妖怪と人間が友達……?

 いや、あの親父のことだしありえるかもしれない。


「で、あんた何で死にかけてたわけ?」

「そ、そうだあ……オイラを襲った奴!」


 心底どうでも良さそうな顔で問いかける椿女に、豆狸が慌てて背伸びをする。


「顔は見えなかったけど、焼却炉の傍に火遊びしてる女子生徒が居たから注意したらいきなり変な術を使ってきてさあ、オイラの妖気を吸い取ったあげく、丸焦げにしようとしてきて……ぐすん」


 ぷるぷると体を震わせながら豆狸が両手で目を隠すような仕草をしてみせた。普通の女性なら『かわいい!』と言って抱きしめるだろう。

 だが椿女は違った。


「狸の丸焼きっておいしいのかしら」

「姐さん酷いぞ〜っ!」


 ぴょこぴょことジャンプをしながら豆狸が抗議をする。が、やがて体力が尽きたらしくへたりこんでしまった。

 豆狸は自分の真っ白な両手を見つめて大きなため息をつく。


「オイラの自慢の毛が真っ白だ……どうやら力が吸われちまったみたいだなあ」

「そのようね。変化の術も使えない?」


 椿女の問いかけに、豆狸は慌てて両手をギュッと握り込んでみせるが、やがて弱々しくかぶりを振った。


「ダメだあ……術も使えねえ。オイラ、役立たずで生活力のないタヌキになっちまったよお……」


 すん、と鼻を鳴らして豆狸が頭を垂れる。

 そんな豆狸に椿女が追い打ちをかけた。


「狸らしく地面に穴でも掘って暮らしたら?」

「オイラはアナグマじゃなくてタヌキなのっ!」


 ひどいぜ! と嘆きながら口を尖らせる豆狸の文句を聞きながら、僕は椿の木からも見える焼却炉を見つめて口を開いた。


「なあ、その不審な女子生徒って……体が燃えてた、か?」

「おう、メラメラ燃えてた! 焼却炉を覗き込んでたから注意しようとしたらいきなりその子の体が燃えてさ、びっくりしてたら襲いかかってきて……」


 間違いない……! 僕の時と同じだ。ということは、犯人は……。

 僕はすぐに焼却炉へ歩み寄ると、御札ケースを手にしたまま声を上げた。


「鬼火、どういうことか説明してくれ! 僕や日熊先生を襲ったのはお前なのか?」

「そこにいた妖怪ならもう居ないわよ」


 怒気を含んで勢いよく問いかけたものの、椿女の一言で僕はちょっとずっこけた。


「……私、ずっとここにいるから分かるけど……最近、妖気を感じなくなったもの」


 椿女の視線はまっすぐに焼却炉へと向けられている。その眼差しは他人に興味がなさそうな、冷めた目をしていた。


「鬼火は、いつからこの焼却炉に居たんだ?」

「割と最近よ、あんたが入学する少し前……だったかしらね」


 僕が問いかけると、椿女は木の幹に手を添えながら答える。話を聞いていた豆狸が慌てた様子で僕を見上げた。


「マジか、オイラ全然知らなかった……オマエも襲われたのかよっ! 大丈夫か?」

「ああ、気を失ったからよく覚えてないけど……っと!」


 心配そうに立ち上がる豆狸がふらつく。

 僕は慌てて、白い毛並みの豆狸を手のひらで包み込むように支えた。


「くそー、かっこわるいぜ……部活動に反対しておいてこんなザマじゃ……」

「でも、本気で反対してたわけじゃないんだろ? むしろ……僕達を試してた。違うか?」


 そう尋ねると、豆狸は目を丸くしてから照れ隠しのように小さくて短い手で自分の両目を隠す。その仕草は、正直ちょっとかわいかった。


「楓さん、この豆狸……しばらく楓さんの家に置いてあげるのはどうです? 楓さんのパパとも顔見知りみたいだし」


 小鳥遊先輩は茶目っ気たっぷりに笑って、豆狸の顎を指でうりうりとくすぐる。豆狸は短い両手をパタパタさせて嫌がりながらもまんざらでもなさそうだ。


「な、何で僕が……」

「カトリーヌのマンションはペット禁止なんで。野生のタヌキって結構臭いが強いんですよ。トイレを覚えて無駄吠えしないとは言え、臭いはどうしようもないんですよねぇ〜」


 小鳥遊先輩が答えると、間髪入れずに椿女が口を開いた。


「私もお断りよ。華のJKが薄汚い狸を飼ってるなんて知られたら村八分に遭うわ」

「いや、それはないかと……」


 さりげなく椿女に口を挟むが、睨み返されてしまう。


「お、オマエ、まさかこんなか弱いオイラを見捨てるつもりじゃないだろうなあ……」


 豆狸が大きな黒目をうるうるさせながら僕を見つめている。な、何だよそのつぶらな瞳は……。


「わ……わかったよ」


 僕はため息をついて豆狸の体を抱き寄せた。

 すると豆狸は嬉しそうに僕の腕に飛びつくと、器用に肩の上へ駆け寄ってきた。


「へへっ……楓ならそう言ってくれると思ってた! タヌキは受けた恩は絶対忘れないんだぜ!」

「どうだか……狸は人を騙すって言うし」

「オマエ、ぶんぶく茶釜の話を知らないのかよお? タヌキは心優しい生き物なんだからな!」


 短い両手をパタパタさせながら抗議をする豆狸を見て、小鳥遊先輩が吹き出すようにして笑う。


「あんたたち、仲良しごっこしてるところ悪いけど……早く帰った方がいいわよ」


 椿女がそっけない口振りで言う。


「暗くなる前に帰らないと……また得体の知れない何かに襲われるかも」

「……妖怪の気配か?」


他人に興味がなさそうな口調で言いながらも、その眼差しは注意深く周囲へと向けられていた。


「そうじゃないけど、最近氣の流れがおかしいの。学校全体を取り巻く氣の流れが──ね」

「なら君も僕の家に来ないか? 親父と顔見知りなんだろ?」


 断られるのを覚悟でそう尋ねると、クールな口振りだった椿女が突然慌てたように上擦った声を上げる。


「な……だ、だ、誰があんなエロ男の家に行くもんですか! 養分にするわよ!?」


 椿女は顔を赤らめて力いっぱい否定をすると、木の幹に手のひらを滑らせてため息をついた。


「私は平気よ……この木は護られてるから、滅多なことじゃ傷つかないし」


 相変わらずムスッとした顔で言いながらも、その顔はちょっと嬉しそうに見える。……まあ、それを指摘したら枝で腹を殴られる程度じゃ済まないだろう。


「だから、早くタヌキを連れて帰りなさい」

「……わかったよ」


 僕は小鳥遊先輩と視線を交わすと、豆狸を抱き直してから椿の木から離れた。


「ち、ちょっと待ちなさいよ」


 ふと、椿女が僕を引き止める。

 振り返ると、椿女の黒髪が夕陽でキラキラと光っていた。春の風に揺られて輝くその髪は、見とれてしまうくらいとても綺麗だ。


「柊に言っておいて。ギャンブルばっかりしてると、そのうち本当に怒りに行くからって」

「……ありがとう。ぜひ怒ってもらえると助かるよ」


 僕が答えると、椿女はようやく安心したように笑って椿の木に隠れるようにしてその姿を消した。

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