【福樂の甘味や如何な夏の果】4★
楓たちが福樂町に到着した頃──。
京都の家では、洗濯物を干している坊主の後ろで柊が縁側に寝転んでいた。スマートフォンを片手で操作しながら団扇をパタパタと揺らす姿を見て、器用なものだと坊主は微笑する。
飽きずにスマートフォンを触りながらゲームをしている最強の陰陽師の視線を背後に感じ始めたのは、彼が紅葉の寝巻きを干そうとした時だった。
「最近どうよ?」
振り返った視線の先で、人相の悪い緋色の瞳が眩しそうに細められている。坊主は少し返事に迷ったが、その問いかけが世間話のような他愛のないものだと気づくと、何事もなかったように服の皺を伸ばしながら答えた。
「どうって──もちろん、毎日幸せさ。こんな得体の知れない男に大事な紅葉を預けてくださった柊一様には感謝しかない」
それは嘘偽りない心からの言葉だ。しかし、柊はニコリともしない。音楽を垂れ流し続けるスマートフォンを床に置いて、ガシガシとボサついた髪をかきあげる。
「そうじゃなくてよ──お前の体の具合を聞いてんだよ」
「……何ともないぞ」
その返事には、妙な間があった。
普段飄々としているが、やはり兄弟と言うべきか、柊は紅葉に似て鋭い。それを悟らせないようにする努力など、鬼道家最強の男の前では無意味だ。
「昔から体だけは丈夫なんだ。当分くたばる予定はないさ」
「……そォかい」
力こぶを見せて笑う坊主に、柊はそれ以上何も言わない。ただ黙って体を起こし、煙草を咥えて火をつけようとする。
「柊殿、煙草は換気扇の下で頼むよ」
「ちぇ〜、喫煙者は肩身が狭いったらないぜ」
しぶしぶライターを袖に仕舞い、火のついていない煙草を咥えたままふてくされるように横たわる柊を見て坊主が笑った。
柊に言った通り、昔から体は丈夫だ。
けれど、彼の体には違和感がある。それがいつから始まったのか、思い出せない。
最初は、気のせいだと思った。普段から体を動かしているのだから、年齢のせいにするにはまだ若い。
しかしこの違和感はどうしたことか。
時々、自分の体が溶けて無くなってしまいそうな錯覚も、自分の手のひらが人間の手ではなく、白骨化したように見えるのも──。
(──すべて、気のせいだ)
坊主は言い聞かせるように手のひらを強く握る。
紅葉と楓は、既に福樂町で依頼を済ませている頃だろう。柳川杏子とも顔を合わせたかもしれない。
彼女は、立派な女性だと聞いている。一度、彼も挨拶に行きたいと思ってはいるが、紅葉が嫌な顔をするのは分かっているので実行は夢のまた夢だ。
「柊殿はあれから杏子様に会ったのかい?」
無理やり話題を変えるようにして坊主が尋ねた。
「ああ──楓は覚えてねェだろうが、ガキの頃に何回か遊びに行かせててな。そん時はさ、すみれも一緒に……」
柊は火のついていない煙草を咥えたまま懐かしげに目を細める。
次第に小さくなった声が寂しげに何かを紡ぐが、その呟きはセミの鳴き声にかき消されそうなほど小さい。
「そうめんでも茹でようか」
「おッ! さっすが紅先生。分かってんじゃねーの!」
彼なりに気遣ったつもりだったが、柊はケロッとしている。上機嫌に団扇で扇がれて拍子抜けしたような、安心したような気持ちで、坊主は洗濯カゴを縁側の隅に置いて台所へ向かう。
それを見送る柊の瞳には、彼の指先が夏の陽炎に混ざって古びた骨に映った。
幼い頃、いつか山で見た守護者の亡骸によく似た色の、寂しい骨に。




