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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
京都編

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304/432

【白南風に鬼と踊れや猿と豚】5★

 少女の姿をした異形は、怒りに任せて京の町に飛び出していた。

 行先や目的などどうでもいい。早くあの家から離れたかった。胸糞悪い陰陽師の家から。


「……最悪」


 あどけない少女の顔から、憎々しい悪態が漏れる。紅葉(くれは)への怒りも当然あったが、今の少女が直面している問題は空腹だ。こんなことなら楓が差し出したおにぎりを食べておけばよかったと、猿神(さるがみ)こと牛尾(うしお)日吉(ひよし)は少し後悔している。

 鬼道家は大嫌いだが、楓はマシだ。自分より強くない上にヘタレているし、それに──。


「──あんな奴知らないッ」


 猿神は思わず吐き捨てるように呟く。妙に胸がちくちくと痛むのも全部陰陽師のせいだ。


「陰陽師ってロクな奴が居ないよネ〜。マジで最悪」


 わざと声に出すことで自分自身を納得させる。

 駅の方へ向かえばすぐに飯屋にありつけるが、今は少し静かな場所に行きたい。ざわつくこの気持ちを少しでも落ち着けたくて、猿神は町から離れて山へ入った。

 いっそ適当に動物でも殺して食おうかと考えたが、それは《獣》のすることだ。彼女は《獣》ではないのだから。


「ボクが食べるならやっぱり、人間の心臓(ハツ)しかないでしょ」


 いつの間にか山の中腹にまで辿り着いていた猿神は、悪戯っぽくぺろっと舌なめずりをする

 楓と手を組むようになってからというもの、人間を殺す機会も食べる機会もない。せっかく遠出までしたのだから、人間の一人や二人くらい食べても良いだろう。

 そう思い立って身を翻した時だった。明かりを手に持って、ゆっくりと行列を作りながら歩く人の群れが見えたのだ。


「なあに、あれ……?」


 目を凝らしてよく見ていると、その中にはどうぶつも混ざっていた。人間とどうぶつが一緒に列を成して、行儀よく夜の山道を歩いている。

 彼らの向かう先には巨大な鳥居が待ち構えており、人々はその鳥居に吸い込まれるように消えていく。夜の闇の中で、彼らの白い服だけが不気味に動いていた。


「……へえ?」


 猿神はニタリと笑うと、木々を飛び越えてさりげなく人間たちの列に横入りする。

 誰も猿神を咎める者は居ない。皆一言も喋らず、鳥居を目指してまっすぐに前を見つめていた。

 一体彼らの向かう先に何があるのか。猿神は彼らについていこうと思った。興味が失せれば全員殺して食べればいいだけだ。


「ケケッ……ボクって腹ペコでも頭良い〜ッ」


 猿神はスキップをしたり、わざと隊列を乱すなどしながら、彼らと共に鳥居の元まで向かう。

 巨大な鳥居をくぐった瞬間、どこか懐かしい感覚に包まれた。空気の匂いが変わったのだ。


(この鳥居、結界? 誰が何のために?)


 巨大な鳥居の先には更に鳥居があり、それは彼らを導くように等間隔に続いていた。

 鳥居をくぐるたび彼らの顔は活き活きとしたものに変化し、口元には笑顔が浮かぶ。その足が次第に速くなっていくものだから、猿神も何となく急ぎ足で彼らに続いた。

 やがて彼らが辿り着いたのは、到底山奥にあるとは思えない純白の御殿。彼らは迷いもなく建物の中へと入っていく。


(なんか、やば……気持ち悪い)


 鳥居をくぐってからというもの、笑顔になっていく人々とは逆に、猿神の顔からは笑みが消えている。

 この建物に入れば食べ物にありつけるかもしれない。なのに彼女はこの中に入りたくない。近づきたくない。帰りたい──どこに?


(ボクの帰る場所なんか、どこにもないじゃん)


 は、と自嘲気味に猿神が笑う。人を襲って自分のものにした家も、学校も、彼女の本当の居場所ではない。

 鬼道楓の傍だって、いずれ冥鬼が調子を取り戻せば猿神は用済みだ。そうしたらまた人を襲って食べて、いつかは鬼道柊や紅葉のような恐ろしい陰陽師に殺される。


(死ぬのはボクじゃない。お前らのほうなのに)


 命が危険に晒された時の恐怖が脳裏に蘇って、猿神は身震いをした。

 その時、入口からぬっと狐の仮面を被った人物が顔を覗かせる。髪型から想像するに、その人物は女性のようだ。

 反射的に後ずさろうとする猿神を、女性が躊躇いなく抱きしめた。


「おかえりなさい、疲れたでしょう」


 まるで本当の《家族》のように、女性は猿神の体を優しく抱きしめた。震える猿神の体を撫でた女性が、小さな手を両手で握る。


「たくさん歩いてお腹が空いてるでしょう? スープもお肉もたくさん用意してあるから。どうぞ中へ」

「で、でも……」

「いいのよ」


 女性は穏やかな声で言うと、戸惑う猿神の肩を抱いて共に白い建物の中へと入っていく。


(オカアサンって、こんな感じなのかな?)


 猿神は不思議と安心しながら女性に連れられて大広間へと向かった。

 そこは既に大勢の人間とどうぶつたちが集まっており、誰も猿神に好奇の目を向ける者は居ない。皆一同に『おかえりなさい』と言って猿神を出迎えた。

 白いテーブルクロスがかけられた巨大なテーブルには、どれも猿神の好物ばかりが並んでいる。その中には何かの生き物の心臓もあった。


「お腹いっぱい食べていいのよ」


 女性が血のように赤いジュースを猿神のグラスに注ぐ。果実だろうか、それはとても甘くて大好きな味がした。


「そんなに焦らなくても大丈夫。まだまだたくさんあるから」


 むせながら食事に飛びつく猿神と同様に、他の者たちも皆笑みを浮かべて談笑をしながら食事を始めている。


「これって何の集まり?」


 ふと気になって疑問を口にしたその時だ。重々しい扉が開き、奥から小柄な子供と巨大な棺が運ばれてきた。


「皆さん、ようこそお越しくださいました。今日、皆さんの顔を見てお話が出来ることを……僕もとても嬉しく思います」


 子供は穏やかな表情で彼らを順番に見つめている。誰もが食事の手を止めて子供に深々と頭を下げていた。平然と食事を続けているのは猿神だけだ。いつの間にか、親切な女性の姿がない。


「あれ誰?」


 傍らの男に声をかけると、男は小声で答える。


「あちらにいらっしゃるのは狐輪教の主、狐白(こはく)様です」

「コリンキョー……って、何だっけ。アハハ、もうどうでもいいや」


 どこかで聞いたその言葉に猿神はチキンを頬張りながら少し考える。しかしすぐにどうでもよくなってしまい、骨を咥えたままテーブルの上の食事に手を伸ばした。


「宮様の復活まで、残りわずかとなりました。今日は特別に……皆様の前にそのご尊顔をお見せしたいと思います。どうぞご覧くださいませ──」


 狐白が棺をなぞる。純白の棺の中には『宮様』とやらが入っているのだろう。信者たちは我先にと身を乗り出して棺を見に行っては深く祈りを捧げている。


「ちょ、ちょっと、押さないでってばッ!」


 食事を続けたいだけだった猿神は、人混みの中から背中を押されて棺の前へと差し出される。

 猿神は少し迷った後、しぶしぶ棺に近づいた。少女の背後で揺れるしっぽを見て、狐白が微笑む。


「どうぞ。あなたには知る権利があります。白猿の牛尾日吉様」


 何故か狐白は彼の名前を知っていた。優しく手招かれて棺の傍へと案内される。

 中にいる宮様とは一体何者なのか、興味がないと言えば嘘だ。


(どうせ人間が崇める神なんてその辺の低級妖怪──……)


 涼しい顔をして棺の前に立った猿神の前で純白の棺が開かれる。その中にあるものを見て、思わず『はあ?』と声が漏れた。中には何も居ない。


「ねえ、これ何も──」


 そう言って体を起こした時、胸に衝撃が走った。どこからか飛んできた太い釘が、胸の中心に打ち付けられたのだ。身体中に激痛が走って、猿神の体が仰け反った。


「ありがとうございます。仙北屋(せんぼくや)先生」

「どーも。報酬はいつもの口座によろしく」


 狐白と、知らない女の声が遠くから聞こえる。

 身体中から力が抜けて体を起こすどころか、人の姿すら保っていられない。


(ダメだ、力が抜けちゃ……)


 棺に爪を立ててガクガクと膝を震わせる猿神の元に信者たちが近づいてくる。

 猿神の両手両足を信者たちが掴んだ。


(ボクに、触るなッ……ぶっ殺すぞッ……)


 すぐに神通力で信者たちを睨みつけるが、力が使えない。恐らく胸に打ち込まれた釘のせいだろう。


「わざわざ捕まりに来るなんて馬鹿ね、あんた」


 仙北屋(せんぼくや)瀬戸良(せとら)と瓜二つの女が呆れたように言った。

 彼らは少女の体を難なく持ち上げて、暗く冷たい棺の中へと放り込む。

 呼吸の仕方すらままならず、胸を上下させている猿神を覗き込んだのは、猿神をこの場に招いてくれた女性だった。


「おかえりなさい」


 その言葉を合図にして、信者たちは口々に『おかえりなさい』と繰り返して拍手をする。その中心にいるのは狐白だ。


「おかえりなさいませ、白猿様。どうぞ我々の未来に健やかなる平和をお与えくださいますよう」


 狐白が祈るように両手を合わせる。棺の扉から、狐白と信者たちが見えた。皆、猿神の顔を覗き込んでは拍手喝采で喜び合う。


(ふざけんなよ……何だ、これ)


挿絵(By みてみん)


 怒りでぶるぶると震えながら動かない指先に力を込めようと試みるが、打ち込まれた釘のせいか舌が痺れ、猿神は一言も発することが出来ない。ただ、動物のような唸り声を上げるのみ。

 既にその皮膚には、白い体毛が生え始めている。少女はそれを見て青い顔となり、信者たちは感嘆の声を上げた。

 信者たちの手によって、ゆっくりと棺が閉められていく。


(待って、閉めないで。何でもするから閉じ込めないで! やだやだ、もう帰りたいよ! 助けて、誰か……楓サン──)


 パニックになる猿神の脳裏に、咄嗟に浮かんだ名前。それが自分よりも弱くて情けない陰陽師の名前だと気づいた時、少女は閉められていく棺の中で自嘲気味に笑うことしか出来なかった。

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