【カリスマモデル】3
「みんな、昨日のテレビは見たわね」
部活が始まって開口一番、部長の高千穂レン先輩が静かに告げた。両手を円卓につけて顔を俯けている。
ゴウ先輩は眠そうに欠伸をし、ハク先輩はメイド姿で僕たちへお茶をいれてくれていた。
先輩の今日のメイド服は、ビタミンカラー……って言ったらいいのか? 黄色のメイド服だ。黄色いふわふわのレースがスカートの下で揺れていて、いつもと違った雰囲気がある。つまりは、かわいい。
「クロウのメッセージはあたしの胸を強く揺さぶったわ。きっとみんなも感じたと思う。あたしたちは一般人代表として、妖怪の恐ろしさを世界に発信する義務があるの!」
そこで、と部長が円卓を強く叩く。そんなに強く叩いて痛くないんだろうか……。
密かに心配になる僕をよそに部長が取り出したのは、数百枚はあろうかと思われる紙束。紙束はダンボールに詰め込まれており、何やらフルカラーの写真付きで印刷されている。
「レンちゃん、もう出来上がったの?」
「ええ、今朝印刷所から届いたのよ……見なさい、この出来栄えを!」
部長は自信満々にB5ほどの紙を取り出して円卓の真ん中へと置いた。
そこには『求ム、怪異』と書かれており、東妖オカルト研究部の活動内容、そして我々の身近には怪異が潜んでいること。あなたたちの周りで起こったおかしなことを下記のメールフォームまで送りなさい、オカルト研究部が解決してあげるから! という何故か上から目線の命令形での文章が書かれていた。
メールフォームはQRコードになっており、スマートフォンで読み取ると専用のページに飛ばされるようだ。早速コードを読み取ったゴウ先輩のスマートフォンを一緒に覗き込むと……なにやらおどろおどろしいホームページへと誘導される。
「これって去年オレたちで作ったホームページじゃん。今更こんなもんを引っ張り出してどういうつもりだにゃー」
ゴウ先輩が携帯電話を持っていない僕に画面を見せながら唇を尖らせる。
「再利用よ、せっかくホームページがあるのにみんなに見てもらえないんじゃ寂しいじゃない。それとあたしは高千穂よ、子猫ちゃん」
ちゃっかり呼び方を訂正して部長が笑った。
「ふふっ……さすが部長さんね。決断したら早いんだから」
「ハクの協力があってこそよ。早速だけど、これをあなたたちに百枚ずつ渡すからクラスメイトや他学年、近所の人、誰でもいいから配りなさい。これもオカルト研究部としての活動よ」
部長は、そう高らかに宣言をするとダンボール箱の中に入った紙の束を掴んで均等になるように僕達へと配る。
「香取の分も当然あるんだろ? あいつ一人だけビラ配り免除なんて言わねえよな」
ゴウ先輩が受け取った紙束を見つめたまま唇をとがらせる。
「当然、カトリーヌにもビラ配りをしてもらうわよ。後で郵送で送るつもり」
部長は口の端を上げて笑った。
「というわけだから、今日の部活はここまで。各自ビラ配りよろしくね」
言うだけ言って、部長は部室から出ていく。
取り残された僕達三人は、ビラとお互いの顔を交互に見た。
「ビラ配り……ですか」
「百人分ってこれ、オレとハクは同じ学年だからめちゃくちゃ不利じゃんか……」
紙の束を前にしてゴウ先輩が大きなため息をつく。
「しょうがねえにゃあ……バイト先にも協力してもらうか」
面倒くさそうにしながらも紙束を大事そうにバッグに入れたゴウ先輩は、椅子から飛びおりて黒猫のキーホルダーがついたスクールバッグを肩にかけた。
「じゃ──オマエもサボんなよ、ビラ配り」
ゴウ先輩は僕を指してそう言うと、大きな欠伸をして部室を出ていった。
これで、室内に取り残されたのは僕とハク先輩と二人だけになる。当然のようにハク先輩の着替えを待つのも何となく気恥ずかしくて、僕は遠慮がちに声をかけた。
「え、っと……それじゃあ一緒に帰──」
「ごめんなさい、楓くん。今日は家庭部の調理実習があるの……レンちゃんには言ってあったんだけどね」
ハク先輩は心からすまなそうに両手を合わせる。
「オカルト研究部が正式に部活になったから、そろそろ辞めなきゃいけないのは分かってるんだけど……その、家庭部の副部長さんになっちゃって」
言いづらそうに言葉を濁らせながらハク先輩が視線を彷徨わせる。
「副部長って──すごいじゃないですか」
「うん……だから簡単に穴を空けられなくて。ごめんなさい……一緒に帰れると思ったんだけどな」
心から残念そうに呟くハク先輩の言葉にドキッとした僕は、なるべく平静を装ってかぶりを振った。
「構いませんよ、ハク先輩が家庭部でも頼りにされてるなんて鼻が高いです」
「ありがとう。それじゃあ……また明日、部活でね? まっすぐ帰らなきゃダメよ」
ハク先輩はにっこりと笑って紙束をスクールバッグに仕舞うと、もう一度僕を見て軽く手を振ってから部室を出ていった。
当然、部室には僕一人が残される。
「……帰るか」
そう呟いた時、誰かの視線を感じた僕はゆっくりと辺りを見回す。
いつの間にか部室の扉は半開きになっており、そこからぐるぐる眼鏡の女の子が顔を覗かせていた。
「小鳥遊先輩、何してるんですか」
「うっ! 猫のように気配を殺していたのに気づかれてしまったにゃーっ! いやあ、大幅に遅刻をしてしまった身としては些か入りづらいというかにゃんというかですね……」
「僕以外誰もいませんよ」
「あっ、ラッキー!」
小鳥遊先輩は嬉しそうに扉を開けて、後ろ手で扉を閉めた。
「──見ましたよ、昨日のテレビ」
僕がそう告げると、小鳥遊が少しだけ顔を上げた。ぐるぐる眼鏡の奥の表情は分からない。
「何というか、その──かっこよかったです。古御門先生にあそこまでハッキリと自分の意見を言えるなんて。さすがカリスマモデルのクロ……」
「ちょ、ストップ」
ハッキリとした声が小鳥遊先輩の口から零れる。
先輩は、ゆっくりと眼鏡を外すと少し怒ったような目で僕を見つめていた。
「アタシはカリスマなんかじゃないよ」
そう言った小鳥遊先輩が、スカートのポケットからくしゃくしゃの御札を取り出す。
僕の顔前に突き出された御札は、やがて弱々しく風を纏った。
だが、それだけだ。そよ風のような風を纏わせただけで、御札からは弱い霊力しか感じない。
「これが、本当のアタシの全力。総連の御札を使ってるのにこれだよ。呆れるでしょ?」
浅い呼吸を繰り返して息を整えながら小鳥遊先輩が告げる。
「なんの修行もしたことないアタシがカリスマ陰陽師なわけないじゃん」
小鳥遊先輩が自嘲気味に笑う。
「──マネージャーに怒られたよ。台本を無視したどころか、陰陽師の力がないことをバラすなんて馬鹿か、って」
「でも……それが逆に良かったと思います」
僕はそう言って部長特製のビラを見せた。
「あのやりとりは、部長の心に火をつけました。先輩にしか出来ないですよ、あんなの」
小鳥遊先輩は、僕からビラを受け取ると、やがて呆れたように笑った。
「……あの馬鹿。何作ってるんだか」
呆れたように言いながらも小鳥遊先輩の眼差しは優しい。
「どうして、古御門先生にあんなことを?」
「ムカついたから」
ビラから視線を外した小鳥遊先輩は、つり目がちの赤い瞳を僕に向けた。
「友達が頑張ってることを馬鹿にされたら……誰だってムカつく。相手が古御門先生だって関係ないよ」
小鳥遊先輩が唇を尖らせる。
その言葉には、小鳥遊先輩が部長のことを本当に大切に思っているんだなって感じさせた。
「……例え陰陽師としての力が無くても、先輩は強い人です」
僕は思わず口に出していた。小鳥遊先輩が視線だけを僕に向ける。
「僕も、もらいましたから。先輩に……勇気」
小鳥遊先輩を励まそうとしてかけたはずの言葉は、途切れ途切れで上手く言葉にならなかった。
いや、と言葉を止めて再度言い換えようとするが、僕の声は小鳥遊先輩に遮られる。
「……楓クンさ、一緒に帰んない?」
「え、あ……でも芸能人が一般人と一緒に帰るのは不味いんじゃ……」
不味いんじゃないですか、と口を挟もうとするが、小鳥遊先輩の人差し指が僕の言葉を制するように唇に軽く触れた。
「その芸能人ってのやめてくれるかな。アタシはアタシ……オカルト研究部の小鳥遊香取。後輩と下校するのは不自然?」
人差し指を僕の唇に押し当ててまるで部長のような声色で言った小鳥遊先輩に、僕は大きくかぶりを振った。
すると小鳥遊先輩は少しだけ微笑む。
「それとね──これから楓クンの家に行きたいんだけど……ダメかな?」
突然の提案に、僕は目を丸くした。
「えっ、僕の家……ですか?」
「うん。前は椿女のこともあって、あんまりゆっくりできなかったし……アタシ、仕事であんまり学校に来ないからさ。もーちょっと後輩のこと知れたら嬉しいんだけど」
小鳥遊先輩の返事に、ぼくは昨日のテレビを思い出していた。
昨日、古御門先生と話していたクロウの真剣な眼差し。あのやりとりは、僕ら陰陽師よりもよっぽど陰陽師や妖怪のことを考えていた。見た目はともかく、小鳥遊先輩はすごく真面目な人だ。きっと僕の家に来たいって言うのもきっと彼女の言う言葉通りの意味なんだろう。
「やっぱ、突然急だよね。ごめ──」
「か、構いませんよ……散らかってるけど」
小鳥遊先輩の言葉に被るようにして返事をすると、小鳥遊先輩は驚いたように目を丸くしてからはにかんだ。
「ホントに? ありがと……!」
そう言って微笑んだ小鳥遊先輩はクロウの時のクールな印象は無く、大人びた近寄り難い先輩という風でも無く、年相応の女の子といったような心からの笑みだった。
おもむろにぐるぐる眼鏡を取り出した小鳥遊先輩は、やにわにそれを装着する。
「さあてっ、そうと決まったら早速帰りましょ〜楓さんっ!」
人が変わったように明るい口調になった小鳥遊先輩が僕の手を取った。
「そうだ、楓さん。カトリーヌ、ちょっと寄りたいところがあるんですけど。付き合ってもらえます?」
「い、いいですけど……どこですか?」
小鳥遊先輩に引っ張られるようにしながらも慌てて部室の鍵を円卓の上から取って部室から出た僕は、小鳥遊先輩に問いかけつつ部室の扉に鍵をかける。
「もちろん、椿女のところですにゃ〜!」
何がもちろんなのか、小鳥遊先輩は楽しそうに軽い足取りで廊下をスキップしている。部室に鍵をかけている僕が後をついてこないことに気づいたのか、小鳥遊先輩は長いスカートを翻して腰に手を当てた。
「楓さん、早くーっ!」
小鳥遊先輩のはしゃぐ声に急かされるように、僕は慌てて鍵を揺らしながら彼女の後に続いて椿女の元へと向かう。




