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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
3部

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【青東風や嵐の前の夏休み】7

 長い夢を見ていた。目を覚ました時には全て忘れてしまったけれど、優しくて幸せな、少し寂しい夢。


 いつからそこで眠っていたのか、少女がゆっくりと瞼を開く。そこが部室だと気づいたのは、見慣れた広い円卓が目の前にあったから。


「ハク先輩、こんな時間まで居眠りしちゃうんですね♡ かぁわいい♡」


 ふと、少女の頭上から声が聞こえた。少女の顔を覗き込んでいるのは、一年生の三毛(みけ)琴三(ことみ)だ。視界の端で猫のしっぽが揺れている。窓の外は漆黒だった。


「みんなは……」

「とっくに帰りましたよぉ」


 そう言って、琴三は部室の鍵についたキーホルダーを指に引っ掛けてくるくると回した。それをぼんやり見つめていたハクの表情が青ざめる。


「やだ、三毛さんが鍵当番だったの? ごめんねっ、こんな時間まで……」

「いいんですぅ、ハク先輩の寝顔いっぱい見れたしっ☆」


 甘えて抱きついてくる琴三がハクに体を擦り付けた。

 まだ寝ぼけた頭で、今日は何月何日だろうと考える。壁のカレンダーは七月のままだったが、頭の中に霞がかかっているようなおかしな気分だ。


「ウチ、最近オカルトに興味出てきてェ……色々調べたんですよぉ。聞いてもらえます?」


 背伸びをしながら琴三が甘えた声で言った。視界の端で琴三のしっぽがゆらゆらと揺れている。


「むかし、この国では海の向こうに常夜っていう異世界があると信じられてました。その国には常夜香果(トコヨノコノミ)っていう果物があって、食べた人に永遠の命を与えるそうなんです」


 琴三の話は、今のハクにとってあまり聞きたくない内容。けれど、まだ寝ぼけた状態が続いていたハクは、自然と話に耳を傾けることになった。


「むかしむかし、一人のお姫様がその果物を食べたそうです。……お姫様の体はどうなったと思います?」


 琴三は猫のような目を細めて笑った。小さな手がハクの膝に触れ、わざとらしくふとももを撫で上げていく。


「足の先からゆっくりと、木みたいになっちゃったそうです」

「木……?」


 怯えたような声でハクが尋ねた。琴三は、うっとりとした顔で頷く。


「お姫様は木になって、永遠の命を手に入れたんです。素敵な話でしょ?」


 琴三が体を押し付けながら言った。その目は、妖しく輝いている。


(常夜香果を食べたお姫様は、木になって……)


 怯えた様子のハクに気づいた琴三は、ぎゅっと抱きついてきた。


「怖がらないで、ハク先輩。ウチが傍に居ますよ」


 放心状態のハクだったが、いつの間にかブラウスのボタンを外され始めたことに気づいて、慌てたように琴三の腕に手を添える。

 琴三が何をしようとしているのか、ハクには分からない。


「み、三毛さん? な……何してるの? やめて……」


 琴三はぺろっと舌を出して笑い、ハクの体を円卓の上に寝かせた。残りのボタンも呆気なく外されてしまったハクは、体の上にのしかかってきた琴三を押し返そうと試みる。しかし、琴三の力はハクが思っている以上に強かった。


「好きなんです。ハク先輩のこと。鬼道先輩じゃなくてウチにしません?」


 琴三はハクの両腕を押さえつけながら悪戯に笑う。何度もかぶりを振って、ハクが身動ぎした。顔を背けたことで白い首筋が露わになり、琴三はちゅっとそこに吸い付いて赤い花を散らしていく。


「い、やっ……やめ……」

「鬼道先輩に奪われる前に、ウチがもらってあげる」


 ハクの耳元で琴三がゴロゴロと喉を鳴らす。言いようのない恐怖を感じて、ハクは何度もかぶりを振った。


「やめて。三毛さん、お願いだから、もう……やめてっ……」


 必死に押し返そうとして震える腕には力が入っていない。その怯えた眼差しに見つめられ、琴三はますます興奮したように目を細めて微笑むと、ざらついた舌でハクの首筋を舐めた。

 まるで悪い魔法でもかけられたように、ハクの体は完全に動かなくなってしまう。今すぐにでも逃れたいのに、怖くてたまらないのに──体は完全に怯えて力をなくしていた。

 かつて、人喰い妖怪の猿神に攫われた時も、古御門家に監禁された時も、ここまでの恐怖を感じたことはない。


「たす、けて……楓くん……!」


 ハクが恐怖で涙ぐんだ時、ハクの腕を掴んでいた琴三の手に小さな白い花が咲いた。それは琴三の手から腕に次々と生えてくる。


「ギャッ!?」


 驚いて手を離す琴三の体の下で、ハクも目を疑った。自分の腕にも同じ白い花がいくつも生えている。それは目の前で白い花弁を咲かせ、爽やかな香りを放っていた。


「ひっ!」


 身動ぎしたハクが息を飲む。それは見間違いではない。自分の足先から木の根が生えて、テーブルの下にだらんと垂れている。


「い、いや……いやあぁ……!」


 恐怖のあまりハクが叫んだ。白い腕は枯れ木のように朽ち果て、枝に変わっていく。

 鼻をくすぐる花の香りが、どんどん強くなっていった。


 これは、木だ。体が木になっている。

 枝に白い花をつけ、やがてそれは実になっていく。その青々とした実は、誰もが見たことのある果実。


(どう、して……?)


 意識が木に飲み込まれる直前、ハクは問いかける。それは彼女の中に眠る魂に対してだったのか、自分に乱暴しようとした琴三に対してだったのか、もう分からない。


 意識が、闇に飲み込まれていく。


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