【青東風や嵐の前の夏休み】6
夏休み一週目の平日、部長の鶴の一声によって東妖高校オカルト研究部の部室に集められた生徒一同。
その日、外気温は三十四度とかなりの蒸し暑さだった。数日前には二十五度と比較的落ち着いた気温だったこともあり、温度差で体調を崩す者も少なくない。
室内には、顧問に詰め寄って無理やり導入させた冷房が、生徒たちの体をほどよく冷やしている。
「今週、鬼原コンビの地元の神社で夏祭りがあるわ!」
何が言いたいのかわかるわね、と部長が部員たちをぐるりと見渡す。
今年も夏祭りの季節がやってきたのである。
「その神社は毎年夏祭りの日になると、必ず一人神隠しに遭うらしいの。この間、国立図書館に行ってね──昔の新聞を片っ端から読んだのよ。古くは江戸時代から夏祭りの神隠しはあったらしいわ。どう? この謎、調べてみたくない?」
オカルト研究部部長、高千穂レンは興奮気味に言った。
要は、神隠しの謎を探るために部員一同に祭りへの参加を言いつけたのである。当然、浴衣の着用必須だ。
彼女がその場の思いつきで活動内容を決めるのはいつものことだったが、今回の提案は意外とマトモだ……とその場にいる全員が思う。
本日部活に参加していないのは、幽霊部員の小鳥遊香取。そして鬼道楓、古御門キイチの三人。
「ハク先輩、ウチこわ〜い♡ 守ってくれますよね♡」
「大丈夫よ、三毛さん」
甘えた声を上げてハクにしなだれかかっているのは三毛琴三。猫の耳としっぽを生やした一年生。規定の長さよりも短くしたスカートをしっぽと共に揺らしていた。彼女は入学当初からハクにべったりと懐いている。
「夏祭りはペアでの参加ッ! 誰と誰が組むかは私が独断で決めたわ! 言っておくけど、拒否権はないから!」
琴三の誘いが聞こえたのか、レンが力強く言い切った。
部長の命令は絶対だ。例え『え〜』と琴三がかわいらしい不満の声を上げても、高千穂レンに慈悲はない。
やがて、独裁者とも言うべき彼女によって、夏祭りのペアが発表されるのだった。
【高千穂レン、小鳥遊香取】
【鬼道楓、鬼原ハク、古御門キイチ】
【粟島宿儺、三毛琴三】
【橘海斗、美燈夜】
以上のペアだ。鬼原ゴウに関しては、アルバイトを詰め込んでいるため、参加出来ない旨が事前にレンの耳に入っている。
「一部三人組になっているのは仕様よ!」
レンはそう言って円卓に夏祭りのペア名が印字された紙を置いた。概ね不満はないが、この組み合わせを不服に感じる者が約一名。
「ちょっとぉ〜! 何で部外者クンまで入れてるんですかぁ?」
一年生、三毛琴三が指したのは、家庭部に所属する橘海斗の事だった。
「彼はオカルト研究部の研修生だからよ」
「け、研修生……なのかなぁ?」
家庭部でありながらオカルト研究部にちょくちょく顔を出している海斗は、すっかりここの常連になっている。
夏祭りのペアで宿儺と一緒に回れないことが分かり、残念そうに肩を落とす海斗を見てゴウが苦笑した。
「オマエ、本当に粟島のことになると分かりやすいな」
「そ、そんなことないですってぇ!」
海斗は顔を耳まで真っ赤にしながら両手をぶんぶん振る。そんな海斗の脇腹を、からかうようにつついたのは美燈夜だ。
「コイツ、家でも宿儺のことばっかり喋ってるんだぜ。寝る前は恋文書いてるし」
「ち、違うよぉ! あれは恋文じゃなくて夢日記で……」
慌てて否定しようとする言葉尻がどんどん小さくなる。
最近、頻発して見るようになった不思議な夢。海斗はそれを密かに日記という形で記録していた。母である汐里も学生時代は、よく自分だけのノートに夢の出来事を書き留めていたらしい。
恐らく、海斗が夢日記を書いているところを見かけた美燈夜が勘違いしたのだろう。
不自然に口を噤んでしまった友人に助け舟を出すように、宿儺が言った。
「現地で合流して四人で回れば問題ねーだろ。後でRAIINするから」
まるで弟や妹をなだめるような優しい声だ。海斗はみるみるうちに元気を取り戻して照れくさそうにはにかんだ。
「あ、ありがと……た、楽しみだなぁ……宿儺くんの浴衣」
「男の浴衣楽しみにしてどうすんだよ」
呆れたように言いながらも宿儺は嬉しそうだった。眼鏡の下の青い瞳も優しく細められているのだろうか、と海斗はふと思う。
暴走族でありながら、それを隠して入学してきた宿儺のことを、最初は怖いと感じていた。けれど、今は違う。仲が良すぎだと周りから言われてしまうくらいには、彼らはいつも一緒に居る。
そんな二人を見ていたゴウが、不意にとんでもない質問をした。
「なあ粟島、オマエずいぶん分厚い眼鏡かけてるけどさ、コンタクトとかしないのか?」
その質問に他意はないのだろう。けれど海斗は長い前髪の下で目を見張った。
当の宿儺は、少しの間を置いてから笑って答える。
「コンタクトできない体質なんすよ。ドライアイで……」
「今はドライアイでも大丈夫なコンタクトあるぜ?」
ゴウは無邪気に首を傾げた。自慢ではないが、海斗は部活メンバーの誰よりも宿儺のことを知っていると自負している。だから宿儺の表情の変化もすぐに分かった。現に『知らなかったっす』と苦笑しながら答えた宿儺の表情は若干ぎこちない。
今度は自分が助け舟を出さなくてはと口を開こうとした海斗だったが、甘い笑い声が遮った。
「ゴウせんぱぁい、ダメですよぉ。眼鏡外したらバレちゃうじゃないですかぁ」
毛先を弄びながらそう言ったのは琴三だ。何が面白いのか、口元を押さえてニマニマと笑っている。
「バレる? 何がだよ?」
不思議そうに首を傾げるゴウとは真逆に、宿儺が完全に沈黙した。琴三は笑いながら舌なめずりをする。
「それはもちろん、宿儺くんが暴そ──」
「あ、あのさぁッ!」
不意に大きな声を出したのは海斗だった。慌ててバッグの中からいそいそと取り出したのは大福の箱。見知ったそれを見て、美燈夜が嬉しそうに身を乗り出した。
「常夜香果!」
「し、賞味期限近いから、じいちゃんが持ってっていいって言ってくれたの忘れてたッ……みんなで食べてください!」
海斗は、琴三にそれ以上喋らせないよう強引に大福を渡す。宿儺の手にも大福を握らせた海斗は、彼に悟られないように笑った。
「は、話の邪魔してごめんね。宿儺くんも好きでしょ、常夜香果」
そう言って微笑んだ海斗を見下ろす宿儺の眼差しは、分厚い眼鏡に隠されて見えない。海斗は大福にかぶりつきながらさりげなく琴三を見た。
(三毛さん、宿儺くんがガットフェローチェの総長だって知ってるんだ……)
海斗の視線などお構い無しで、琴三はハクの腕にしなだれかかってまだペアのことを愚痴っている。
その時、部室の扉が開いた。
「何だ、美味そうな匂いがするな」
「センセイ!」
冷房をつけていた室内の温度がムワッと上昇する。部室にやってきたのは、体中汗だくになっている日熊大五郎だ。
ハクが慌ててタオルで日熊の汗を拭い、制汗剤を振りまいた。
「えっと、日熊先生もどうぞ」
海斗がおずおずと常夜香果を差し出す。片手にすっぽり収まるサイズの大福は、日熊が持つとさらに小さく見えた。
東妖高校の卒業生である日熊は、学生時代に海斗の家である橘総本家に入り浸っていたらしい。
また店に来て欲しいと告げると、日熊は厳つい顔で少しだけ笑った。常夜香果を味わうその顔にはあまり元気がない。
「センセイ、顔色悪いみたい……大丈夫?」
「ああ──少し夏バテ気味でな」
日熊は暑そうに団扇で顔を扇いでいる。
「バレー部とオカルト研究部の掛け持ちなんて大変ですねぇ〜。ウチには尾崎先生も居るし、副顧問なんて要らなくないです?」
琴三が間延びした声で言った。
「そういうわけにはいかん。アイツに任せていたら──部活がめちゃくちゃにされかねないだろう」
日熊は少しだけ視線を泳がせて、言葉を選ぶように言った。そんな日熊にハクが声をかける。
「楓くんとキイチくん、夏祭りに来られそうですか?」
「ああ。古御門はともかく、楓は今年もお前と祭りに行きたいだろうからな」
日熊の返事を聞いて、ハクが嬉しそうにはにかむ。
楓とハクが恋人同士だということは、オカルト研究部全員が知っている。いわゆる公認カップルというやつだ。当然《研修生》である海斗や、部外者の美燈夜も彼らの関係を知っている。知っているからこそ、誰も二人の仲を裂こうとする者は居ない。
ただ一人を除いて──。




