【青東風や嵐の前の夏休み】4
「そうそう、だからよォ……夏休み入ったしそっち行っても良い? ……ンだよその嫌そうな声。俺とお前の仲じゃん」
やけに親しげな声色で柊が電話の相手と話している。相手が男か女か、そんなことはハルにとってどうでもよかった。目の前のパフェをどう食すかのほうが重要だ。
『カエルさんけろけろパフェ……かわいすぎて食べられません( ・᷄ὢ・᷅ )』
スプーンを握りしめたまま、カエルのアイシングクッキーと睨み合ったハルは、誰に伝えるでもなくスマートフォンの音声入力から機械的な声を発する。
あまりにもパフェと見つめあっていたものだから、柊はコーヒーをすすりながら苦笑した。
「──とりあえずまた連絡するわ。親父にも一度、アイツの顔見せておきたいし。お前もたまにゃ実家帰れよ。……だりぃじゃねえって。じゃーな、紅葉ちゃん」
柊は一方的に喋って通話を終える。ずっとほったらかしにしていた目の前の子供は、まだパフェを見つめあっていた。
「で? ハルはまだ食ってねえのか?」
『先生、このクッキーお持ち帰りしたいです(´;ω;`)』
「おう、しろしろ! ついでに一口もーらい」
柊はそう言って溶けかけのパフェにスプーンを突っ込むとよく冷えた白玉を口の中に放り込んだ。
「やっぱ夏は冷たいモンだな」
柊はそう言って機嫌良さそうに笑う。今日は勝ちっぱなしで調子がいい。それはハルが一緒にいるおかげか、あるいは自分の強運のなせる技か。彼自身は後者だと信じて疑わない。
「久しぶりに雨福に会うってのに、暗い顔してるじゃねえか」
『(´・ω・`)』
「祭りの手伝いだって立派な仕事だぜ?」
ハルはパフェを見つめたまま唇をへの字にする。
『だって僕、まだ先生の役に立ててないです(´;ω;`)』
どこかしょげたようなハルを笑い飛ばすこともなく、柊はハルの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「でもお前、俺と一緒に楓を助けたろ。あれはノーカンか?」
『それは……( ; ˘-ω-)』
ハルは何も言い返せずにスマートフォンを下ろす。
あの日、御花畑王牙を救うため、狐輪教の集会場所に向かった楓と猿神は、異形の怪物を前に苦戦していた。
タイミングを計ったように助けに入ったのは、ギリギリまで敵の出方を見たかったからだと柊は言う。結果的に敵には逃げられてしまったが、彼には悠々と賭け事をして、喫茶店で面倒くさがりの身内と通話しながら青蛙神の子にパフェを食べさせる余裕がある。
「お前が楓たちを助けたんだぜ、ハル」
しょんぼりとしたハルをなだめるように柊が笑う。
敵の狙いは突き止められなかったが、収穫はあった。だからこそ、夏休みの予定を全て息子に使うのだ。
『お父さんとお祭りの手伝い……します(`・ω・´)』
「よし。良い子だ」
柊に頭を撫でられたハルは、パフェを小さな口に頬張った。
「あーッ、お前またうちのハルくんに甘いもの食べさせてるアルカ!」
喫茶店にやってきたふくよかな男が大きな声を上げる。それは柊の旧友、青野雨福。ハルの父親であり、青蛙神という妖怪だ。豆狸のように、人間と同じように働き、生活をしている無害な存在。
「よお、雨福。相変わらず肥えてんな」
「これは水分アルヨ。カエルは腹から水飲むの知らんアルカ」
雨福は大きな腹をぽよんぽよんと叩きながら、すぐに愛しの我が子に歩み寄った。
「かわいいハルくん、待たせたアル〜! さあ、パパと一緒に夏祭りの準備をするアルヨ」
「……」
ハルはスプーンに乗ったままの白玉を頬張ると、それをごくんと飲み込んでから覚悟を決めたように体を起こした。
「せんせ、い……謝謝」
まだスマホの音声機能を使わなければ満足に日本語の喋れないハルが、たどたどしく礼を述べる。すぐにその身は小さなカエルへと変わった。
「頑張れよ、ハル」
「ケロ」
ハルは自ら雨福の胸ポケットに潜り込みながら返事をする。
「お前も遊んでばっかりいないで、ちゃんと父親らしいことしたらどうアルカ」
「父親らしいことねェ〜?」
パフェに刺さった棒菓子をつまみながら、興味なさげな返事をする柊を見下ろした雨福は、ため息をついて柊の向かい側に腰掛けた。
「楓、だんだんすみれに似てきてんだよな」
ハルの残したパフェをだらだらと食べながら、ふと柊が呟く。
「時々怖くなる」
「お前にも怖いものがあったアルカ」
ぴょこ、と雨福の懐から顔を覗かせて拗ねた様子のハルにスプーンを向けてやりながら、柊は続ける。
雨福はからかうように笑ったが、柊が笑っていないことに気づくと気まずそうに『ゲコ』と鳴いた。
「この前、ゆりちゃんの見舞いに行ってよ──少し話した」
柊は、スプーンに乗せた白玉を欲しがって口を開けるハルから、わざとスプーンを高く上げて逃がす。
「何ですみれを殺したのか。本当にゆりちゃんの本心だったのか知りたくてよ」
雨福は黙って聞いている。
古御門ゆりは、実の姉を事故に見せかけて殺した。それは柊にとって人生で最も耐え難い出来事であり、事故を目の前で見た息子にとっては、この世でもっとも恐ろしい光景だったはずだ。
長い間意識不明だったゆりは、柊が見舞いに来たことでようやく目を覚ました。そして、ぽつぽつと当時の心境を口にしたのだ。姉を殺した日のこと。そして──。
「結論から言うと、ゆりちゃんに暗示をかけた奴がいる」
柊の声色が僅かに変わる。いつの間にか、自然と雨福は自分の両手を握りしめて柊の話を聞いていた。
「だ、誰アルカ? すみれちゃんは本当に良い子だったアル。そんなすみれちゃんを妹の手で殺せだなんて、誰がそんな酷いこと……」
雨福がおろおろと問いかける。ぺろ、と長い舌が伸びて、スプーンの上の白玉がハルにすくい取られた。
「今、身内が調べてる。超有能な奴でよ──待ってる間、お前も動けって怒られたわ」
ケケ、と柊が笑う。しかし、すぐに笑うのを止めて席を立った。
「しばらく留守にする。この辺一帯の怪異の駆除、任せるわ」
「ま、任されたアル! 大船に乗ったつもりでいるヨロシ!」
雨福は慌てて自分の胸を叩いた。同調するように懐の中でケロケロと鳴くハルを見て、柊がふっと笑う。
「頼んだぜ、親友」
柊は、雨福の肩に手を置いてその場を離れる。久しぶりに真剣な顔の友に託され、雨福のやる気は最高潮に達していた。
かつて、彼に使役されて共に戦った身であるが、柊が陰陽師を辞めてから雨福は自由になった。水着屋を営んでみたり、スイミングスクールを開いてみたりと忙しい日々を過ごしていたが、どこか満たされない。彼のために戦ったあの頃の高揚感を、もう一度味わいたいと心のどこかで思っていた。
「任せるアル。お前がワタシを頼ってくれるなら、いくらでも──」
ふと、懐の中でケロケロと騒がしいハルに気づいて、雨福がテーブルに視線を落とす。そこには伝票が置かれていた。ハルが食べたパフェと柊のランチ、そしてコーヒーを合わせた代金が雨福の目に飛び込んでくる。
「柊〜! お前ぇ〜!」
雨福の絶叫を背後で聞きながら、柊は悠々と煙草を咥えて喫茶店を後にするのだった。




