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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
3部

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【青東風や嵐の前の夏休み】2

 猫の国の人気ナンバーワンと言われる上級メイドの彼でさえ、時に《お散歩》は必要だ。外の世界からご主人様を猫の国に招くために、人の多い上結駅周辺へと向かう。

 彼が歩けば道行く人が振り返り、外国人観光客が興奮気味に写真を撮る。人気の猫カフェ《猫の国》でアルバイトをしている鬼原(きはら)ゴウは、鈴の音を鳴らしながらフリルのついた黒い日傘をくるくると回した。


(夏休み初日からバイトって、ちょっと詰め込みすぎたか?)


 日傘の下で表情を隠すように、ゴウがため息をつく。今日は七月十八日。土用の丑の日ということもあり、猫の国ではうなぎを使ったランチを提供している。毎年猫の国のひつまぶしは好評で、県外からもリピートする『ご主人様』や『お嬢様』は多い。

 

「おい、逃げてんじゃねーぞコラァ!」

「ひいっ!」


 ふと、人混みの先から声が聞こえた。騒動に巻き込まれたくないと言わんばかりに人々がはけていく。

 日傘の下から顔を覗かせたゴウの前では、狭い商店街の中でも目立つ派手な特攻服が見えた。


(おいおいマジか……治安悪くなったな、上結(ここ)も……)


 騒動の中心を避けるように日傘を傾けてその場から立ち去ろうとするゴウの耳に、再度特攻服の少年の声が聞こえる。


「年寄りにぶつかっておいて一言ゴメンナサイも言えねーのかコラァ! 骨折れたらどうしてくれんだよ!」

「ご、ごめんなさいっ!」

「オレじゃなくてばーちゃんに謝んのが筋だろーが!」


 ゴウの予想に反して、特攻服の少年は腰の悪い老婆にぶつかったサラリーマンに怒鳴り散らしている。金品を巻き上げようとする様子も、暴力を振るう様子もない。


「いいんだよ、あっちゃん。私のために怒ってくれてありがとうね」

「気をつけろよな、ばーちゃん!」


 あっちゃんと呼ばれたリーゼント頭の少年は大きなため息をつくと、駆けつけてきた警察官と何かを話している。談笑している様子から、どうやら彼は周囲を脅かすような存在ではないらしい。


「あんな不良、この辺で見たことねーな……つーか今どきリーゼントって……」


 呆気に取られてそう呟くが、自分も男なのにメイド服でアルバイトをしているのだから人のことは言えない。

 すぐにお散歩を再開するため、日傘をくるくると回した。その時、日傘が誰かの服に触れる。


「あっ、ごめ……」


おずおずと顔を上げると、そこには長い髪を束ねた大柄な特攻服の男がゴウを見下ろしていた。まるで暗殺者か何かのような鋭い眼光は、見つめられただけですくみ上がってしまう。男の身を包んでいるのは、リーゼントの少年と同じ物騒な特攻服だ。


「はひっ!?」


 あまりの威圧感にゴウが竦み上がる。男が何かを言おうとした時、先程まで警察と話していた『あっちゃん』が近づいてきた。


「こーき! 何ボサッとしてんだよ」

「いや……メイドって本当に居るんだなって思って」

「ほんとだ!」


 少年たちに見つめられて、ゴウはタジタジになる。その腕に下げられたバスケットから猫の国のチラシを取った『あっちゃん』が珍しそうに声を上げた。


「神社の横のつり具屋、メイドカフェになってたのか〜……今度行ってみるべ」


 大柄な男とチラシを見合っていた少年は、『これ貰っていいすか?』と言ってゴウの顔を覗き込む。見た目は派手だがあどけない顔の少年だ。ゴウは小さく頷きを返した。


「あざっす!」


 リーゼントの少年が無邪気にはにかんだ。その横で、大柄な男が棒キャンディを口に咥えている。


「……ガソリン代貯まった?」

「まだだっつの! オメェも手伝うんだよ!」


 リーゼントの少年は、自分よりも遥かに大きな男の背中を両手で押しながら言った。


「こんなんじゃいつまで経っても総長見つけらんねーし、ガッチェ再結成なんか夢のまた夢だぞ!」


 そう言って大柄な少年をどついた『あっちゃん』の後に『こーき』が続く。見た目は不良そのものだが、二人とも悪い子供ではないようだ。


(総長って……ごっこ遊びにしちゃ物騒だな)


 ゴウは苦笑気味に肩を竦め、身を翻した。

 今日は記録的な猛暑日。いつまでものんびりお散歩などしていたら熱中症で倒れてしまう。

 けれど、この夏休みはたっぷりと稼いで、夢のために使うと決めている。そのためには一人でも多くの客を呼び込まなければならない。


(久しぶりに本気出すか〜……)


 猫の国人気ナンバーワンメイドとしてのプライドが、彼の心に火をつけていた。

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