【カリスマモデル】2
「おいおいおいおい、何でカトちゃんがテレビに出てんだよ? しかもカリスマモデルの陰陽師って……マジ?」
あまりの衝撃にその姿をいつの間にか本来の姿に変貌させた冥鬼は、思わずテレビに齧り付く。僕はスプーンを皿の上に置いて答えた。
「た、小鳥遊先輩が陰陽師なのは本当らしいけど……冥鬼、行儀が悪いからテレビから離れてちゃんと座ろうな」
しかし小鳥遊先輩のバイトが芸能活動だったとは……。
僕は驚きで目を瞬きながらテレビを見つめていたが、ふと冥鬼を見やる。
「というか、何であの状態の小鳥遊先輩が分かるんだ? あまりにも部活の時と雰囲気が違うのに」
すると冥鬼は、テレビから顔を離すと、顔の前で眼鏡をかけるような仕草をしてみせた。
「カトちゃん、変わった眼鏡つけてたろ。あれ、1回かけさせてもらったんだよ。そん時に素顔も見た。めちゃくちゃ美人だよなァ」
ニヤ、と冥鬼が笑う。
いつの間にそんなことを……と言いかけた時、冥鬼が僕の言葉に被ってさらに答えた。
「花壇の植え替えをしてた時だよ。あの眼鏡、変わった力が込められてるっぽいぜ……たぶん古御門家の便利アイテムか何かだろうな」
動揺しながらテレビを見つめる僕と、ちょっと落ち着いてきた冥鬼の前で、カリスマモデルの経歴が簡単に紹介される。
東妖市出身で現在は都内に暮らしているカリスマモデル、クロウ。彼女は雑誌の読者モデルを経てインディーズで音楽活動をしていたところ、有名なプロデューサーの目に留まり映画の主題歌に抜擢された。
その際に映画の主演もつとめ、一躍歌も演技も出来るカリスマモデルとして全国にその名を知らしめることになる。
モデルとしての活動の傍ら、陰陽師の修行もしており、倒した妖怪は……百匹以上!?
『古御門先生とお会いできて光栄です。よろしくお願いします』
小鳥遊先輩──クロウはそう言って頭を下げる。パンク的な見た目とは真逆にキチッとした挨拶だ。
『オレもクロウちゃんにお祓いしてほしいわ〜!』
芸人がふざけた様子で口を挟む。さっきから空気を読まない芸人だ。というか芸人は必要か? この番組。
何となく女子アナやほかのゲストも扱いづらそうに苦笑している。
クロウにカメラが向けられると、彼女は少し考えた後に芸人の頭上を指して言った。
『確かに、祓った方が良いかも。さっきからずっと貴方のことを睨んでる──女の人の生霊じゃない?』
『え』
芸人の顔がみるみるうちに青くなった。すると芸人の相方がクロウに同調してツッコミを入れる。
『お前それ絶対ミカちゃんやろ! 縁切り神社行ったほうがええぞ!』
そのツッコミにスタジオが笑いに包まれるが僕にはなんの事か分からない。
ケタケタと笑っている冥鬼が口を開いた。
「あいつ最近、ホテルにモデルを連れ込んだところを週刊誌に撮られてんだよ。そんで、デビュー前から付き合ってた一般人の女と破局してんだ。その元カノがミカちゃん」
「な、なるほど……詳しいな」
さすが、僕よりテレビを見ている式神は違う。
実際、週刊誌で激写された一枚が画面の隅の方に表れ、またもや笑いを誘っていた。
芸人コンビはぎゃあぎゃあ騒ぎながら場を盛り上げている。
「あはは!」
そんな芸人のやりとりを見て冥鬼が楽しそうに笑った。その笑顔は、なかなか僕にも見せることのないレアな表情だ。
「ん、楓? どした?」
「いや……お前、そんな顔で笑うんだなって」
いつもそんな顔でテレビを見てるのか、と微笑ましい気持ちで口にしただけだったのだが、冥鬼は目を丸くするとみるみるうちに肌を真っ赤にして唇を尖らせてしまった。
「な、なんだよぅ……お、オレさまが笑ったらおかしいってことかよ……」
「そんなこと言ってないだろ? そのままの意味で──あ、小鳥遊先輩が出てるぞ」
僕はカレーを頬張りながら、テレビへと視線を向けた。テレビの中では、いつの間にか背景が変わり、クロウと古御門先生の対話に切り替わっている。どうやらアナウンサーも芸人も居ないようだ。
『近年、妖怪の活動は活発化しています。ニュースで目にする事故や事件、不審者の目撃情報──それらのほとんどは妖怪の仕業と見ていい』
古御門先生が口にする。
『どうして、妖怪の活動が活発化しているんですか?』
クロウがトーンを抑えた声で静かに尋ねた。そう言えって台本かなにかに書いてあるんだろうか? 詳しくはわからないけど。
質問を受けた古御門先生は、静かに咳払いをしてから口を開いた。
『若い陰陽師が育たないからです。少子化に伴い、陰陽師も次々に引退しています。中には、優秀な陰陽師でありながら子供ができた途端引退した大馬鹿者も居ましたがね……』
古御門先生が後半、呆れたような口振りで呟いたのは間違いなく僕の親父のことだろう。古御門先生と父は旧知の中で……古御門先生は親父の師匠のような人だったと魔鬼から聞いている。
不機嫌そうな古御門先生にやんわりと声をかけたクロウはすぐに話を戻した。
『では、アタシたちのような一般人が妖怪相手に出来ることは?』
『ありません。出会ったらまず、逃げることです。一般人に妖怪を退治出来る方法などありませんから』
やけにきっぱりと古御門先生が答える。
まあ、そりゃ一般人が妖怪に襲われたら逃げるしかすべは無い。みんながみんな戦えるわけじゃないし、御札を持っているわけでも式神を使えるわけでもないんだから。
『スポンサーのお孫さんの学校では妖怪のことを嗅ぎ回っている部活があるそうですが、下手に首を突っ込んで何かあったら我々の責任になる。学生の本分を履き違えないで欲しいものですよ……』
古御門先生が、どことなく呆れたようにそう答えた。スポンサーの孫って……部長のことか? 知り合いのことを悪く言われるのはあまりいい気がしない。たとえそれが正論であってもだ。
クロウは少しだけ口を噤んだが、それは一瞬だった。
『でも、妖怪の存在を知ろうと思うのは悪いことでしょうか?』
クロウは凛とした声で問いかけると、僅かに姿勢を正す。
『なんの力もない一般人だって、妖怪の存在を発信して、みんなに注意を促すことくらいできますよ。高千穂財閥の娘さんだって、きっとそれを考えて……』
『──それが迷惑だと言ってるんです。あなたも陰陽師なら分かりませんか?』
古御門先生が明らかに不機嫌そうな声色で言った。そろそろ止めておかないと不味いぞ、小鳥遊先輩……。
ハラハラしながら見守っていた僕に、クロウは一度黙りこくっていたがやがて意を決したようにカメラに向かって口を開いた。
『アタシ、テレビや雑誌ではカリスマ陰陽師なんて言われてるけど──本当は陰陽師の力なんてありません。妖怪を百匹倒したことがあるなんて嘘っぱちですから』
突然の告白に、僅かに動揺した声が聞こえる。どうやらサクラってわけではないらしい。スタッフの声、だろうか?
『でも──芸能界に入って、カリスマなんて呼ばれるほど影響力のある人間になったからこそ思うんです。アタシはアタシのやり方で発信することが陰陽師の活動を手助けすることに繋がるって。高千穂財閥の娘だって、才能がないからこそ別の形で関わりたいんじゃないですか? アタシたちの暮らしを守るために戦ってる人達のことを知っていて見て見ぬふりなんかできないから妖怪の恐ろしさや、あなたたち陰陽師が頑張っていることを伝えたいって思ってる……それは本当に迷惑で、いけないことですか?』
クロウは凛とした声で告げた。真っ直ぐな眼差しに、古御門先生が何かを言おうと口を開いた。その口が、突然閉じる。
その時だった。古御門が唇を歪めて笑ったように見えたのは。
『なら……その正義感で友達が命を落としてもいいのですね?』
『え?』
古御門先生の問いかけにクロウの表情が強ばる。カメラがゆっくりとクロウの顔をアップで写した。
『人間はいつも、つまらない正義感を振りかざして我々の世界に足を踏み込んでくる。いつか危険に晒されますよ、あなたも……友達もね』
クロウの表情が僅かに強ばる。すると、そのタイミングでCMが流れ始める。
「……」
僕は自然と、喉を鳴らしていた。
今のは台本、なのか? それとも古御門先生の本心?
いくら腹が立ったからって子供を脅すような真似、古御門先生らしくない。
「カトちゃん、かっこよかったあ!」
いつの間にか省エネモードに戻っていた冥鬼が口の周りをカレーで汚しながら目をキラキラさせている。
僕も、カレーを食べるのを忘れて番組に見入っていた。正確には、古御門先生の異様な発言に……だが。




