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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
3部

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【犬姫に愛されしブルーメンガルテン】6

「人間の犬に成り下がった悪魔が偉そうなことを言うじゃない」

「それはそちらも同じでは?」


 江都(えと)がくつくつと笑った。タイトスカートをたくしあげて、ふとももに挟まれた紙を手にとる。


「恨むことだけが仙北屋(うち)の専売特許じゃないから。来なさい──」


 地面からぬるりと這い出てきた黒い影か徐々にその姿を現していく。墨を流し込んだようなその黒い生物は、猿のような顔立ちへと変貌していく。(すすむ)は思わず悲鳴を上げた。


「め、目がないッ……!?」

「醜悪ですね」


 カトシキは淡々と答えながら大鎌を構える。山のような体をした巨大な怪物は、ぐふぐふと笑いながらよだれを垂らしていた。

 戦闘能力はどれほどか、カトシキには分からない。しかし、おそらく知性は低いだろう。


「──しかし油断をするなと、王牙(おうが)様なら仰りそうです」


 ほんの少し、カトシキの口元が綻んだ。当然、油断など元よりしていない。


「タベ、タイ──!」


 低い唸り声と共に怪物が勢い良く飛びかかり、それをカトシキの大鎌が弾く。鋭い爪や牙が何度も振り下ろされ、その重い一撃を受け止めるカトシキの防戦状態が続いた。

 進が焦れったそうに声を上げる。


「か、カトシキさん! 何やってんですか! 早くやっつけてくださいよ!」

「ふむ──」


 カトシキは瞼を伏せたまま攻撃を受け止めるばかりだ。反撃をしないカトシキを追い込むように怪物の攻撃が続く。

 やがて、けたたましい音を立ててカトシキの手の中にある大鎌が宙を舞い、地面に突き刺さった。彼の両手はガラ空きになり、身を守るものはどこにもなくなってしまう。


「カトシキさん!」


 怪物の爪がカトシキに届いた瞬間、進が両手で顔を覆った。おそるおそる指の隙間から惨状を確認する進の目に、おびただしい黒い血が地面に滴る様子が見える。


「悪魔のくせに草食系なの? 期待外れだわ」


 江都はスマホを弄りながら肩を竦めた。怪物は自分の爪についた血をべろりと舐めて、金属を擦り合わせるような笑い声を上げる。カトシキは、首筋に手を当てたまま何も答えない。


「ま、まずいって……このままじゃ……」


 傷つけられた箇所は首筋──出血量からして頸動脈を傷つけられたのだろう。あれほどの出血をしては戦いを続けることはできないと進は推測する。例え彼が人ならざる者なのだとしてもだ。

 手負いのカトシキは、踵を鳴らして不規則に飛び回っていく。


「いつまでも遊んでないで、さっさと細切れにしてよ。こちとら時間外手当は貰ってないの」


 スマホを弄りながら、苛立ったように江都が命じる。

 血の匂いですっかり興奮した化け物は、はふはふと呼吸を荒らげながらカトシキに襲いかかった。


「カトシキさん!」


 これ以上見ていられず進が声を上げた瞬間、突然化け物の体に青い炎がつく。今まで不規則に飛び回っていた化け物の周囲には、カトシキの黒い血で出来た魔法陣が作り上げられていた。


「王牙様風に言えば、想定内と言ったところでしょうか。悪魔とて痛いのは嫌いです。大量のマァラを消費いたしますし」


 カトシキは爪で裂かれた首筋を触って、既に血が止まっていることを確認しながら言った。青い炎は化け物の体全体を包んで燃え盛っていく。


「ア。アア……」


 やがてその炎は化け物を飲み込み、その場に残ったのは黒い煤だけだった。

 手についた黒い血をぺろっと舐めた悪魔が、赤い瞳が江都を見つめる。


「命が惜しくなければ、どうぞご自分に素直になさるのがよろしいかと」


 その目は、人殺しさえも厭わない悪魔の眼差し。草食動物の皮を被った悪魔を前にして、観念したように江都がため息をついた。


「萎えた。良いわよ──降参」


 スマホを持ったまま両手を上げた江都は、大人しくマンションが監禁場所であることを白状した。


「私は彼が死なないように見に来ただけ。所詮安い日給で雇われただけだもの。ケチなもんよね、議員なんて──」


 江都がすっかり短くなった煙草を地面に落とす。同時に、彼女の姿は忽然と消えた。その場に残されたのは吸いかけの煙草だけだ。

 まるで最初から何も無かったかのように、静寂がその場を支配する。緊張が解けたのか、へなへなと進が座り込んだ。


「な、何が何だか……」


 目の前で繰り広げられた非日常の連続に、すっかり混乱している。

 戦いを終えたカトシキが黒い鎌を手放すと、それはみるみるうちに地面の中の影に溶けた。


「ところで、貴方はどちら様でしょうか?」


 カトシキの問いかけに、記者こと進は僅かに口篭って『す、進』と名乗る。


「はて、御花畑家にはここまで熱心な記者(ファン)はいなかったように記憶していますが。もしかして貴方は──」


 横に長い山羊特有の瞳孔がぐぐっと膨らんでいく。ごくり、と進の喉が音を立てた。


「私のファン、第一号様でしょうか」

「んなわけあるかー!」


 進は思わずノリツッコミを入れる。カトシキは『おや』と呑気に返事をした。


「そうですか? たびたび王牙様の部屋の前を通りかかっていたようですが」

「うっ」


 進の視線がおろおろと揺れる。続けてカトシキが質問した。


「本当に記者だとしたら、寮へ侵入するほどの力をお持ちということでしょうか? いけませんね。五十日(いか)大学附属高等学校学生寮のセキュリティ、しいては学長である御花畑帝人(おはなばたけみかど)様が疑われます」

「ううう……」


 進の額に冷や汗が浮かぶ。

 カトシキは、元より彼が悪人だとは思っていない。しかし御花畑(おはなばたけ)家の使用人として、彼が何者であるのかはハッキリしておかなければならないことだ。


「本当のことを話していただけますね?」


 淡々と詰められた進はしぶしぶ口を割った。彼が、王牙と同じ学校の生徒であることを。

 彼らの通う学校は中高大一貫校だ。大学生である進は、卒論に悩んでいた。もちろんテーマは決まっている。この学校の創設に深く関わった御花畑帝人についてだ。何せ彼がこの学校に入学したキッカケが御花畑帝人だからである。

 しかし帝人は五十日大学附属高等学校の学長という席に身を置いてはいるが、普段は国を守る多忙な身。誰もが知るエピソードを書いてもつまらない。


 そこで、進は息子の王牙に着目した。

 王牙を尾行し続けていた進は、王牙が行方不明になったこともいち早く勘づいていた。ニュースで御花畑親子失踪の誤報が流れるよりも遥か前から確信していたのだ。彼らは、何らかの事件に巻き込まれたのだと。

 そこからの行動は非常に早かった。進は御花畑家の実家の電話番号を入手し、夫人に声をかけることに成功したのだ。身分を記者と偽り、御花畑親子が誘拐されたと説明した。それは進の推理と口から出まかせの話だったが、奇しくもそれは当たらずも遠からず。現に二人は事件に巻き込まれていたのだから。


「探偵どころか変態のような行動力ですね」

「へへへ……そう? 褒めすぎじゃないですか〜!」


 進が照れくさそうに笑った。当然褒めているわけではなかったが、この少年、あまりにもポジティブである。


葛西菖蒲(かさいしょうぶ)は学長をずっと目の上のたんこぶにしてたんだと思います。学長は警察庁長官でありながら、どうぶつも人間も通える学校を作った。葛西菖蒲は遅れて自由共生党を発足しましたけど、正直あまり評判は良くないですよね。何より顔がうさんくさい」


 アハハ、と進が笑う。素性が明らかになって猫をかぶる必要もないと思ったのか、カトシキに難しいことはわからない。わかるのは、彼も御花畑親子を助けようとしていること。


「つまりその葛西菖蒲という者が黒幕という事でしょうか」


 進は顎に手を当てて『うーん』と唸りながら虚空を見つめた。


「多分複数犯。二人を誘拐して、狙撃手を用意したのは葛西とさっきの女だと思いますけど、関係者は他にも居るんじゃないかな。しかも相当ヤバい奴ですよ。国会議員を使って御花畑親子を誘拐するなんて」

「……帝人様はここにいらっしゃるのでしたね」


 カトシキはそう言ってマンションを見上げると、進が止める間もなくまっすぐに玄関へ向かった。


「ちょっ、俺も行きますよ!」


 進が慌てて着いて来た途端、カトシキはあっさり身を翻して夫人の元へ戻った。後方で勢い余った進が、べたーんと地面に倒れ込む音が聞こえる。


「奥様、車に乗ってお待ちください。私が戻るまで決してドアを開けてはいけません」

「わかりました……あの人をお願いね、カトシキ」


 カトシキは深く頷いて進と共にマンションへ向かうのだった。

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