【カリスマモデル】1
帰宅早々、僕は夕飯の支度を始めていた。今日の夕飯はちょっと奮発して肉を多めにしたカレーライスだ。
足元で、手伝いたそうにうろうろしている冥鬼をなだめながら黒猫の魔鬼が口を開く。
「モデルで女優の陰陽師か……おぬしも負けていられんな」
「さすがに一般の男子高校生がカリスマモデルと張り合うつもりはないよ。僕たちは僕たちのペースで妖怪を倒すだけだ」
そうだろ? と言ってスプーンを手渡すと、冥鬼は嬉しそうにそのまま居間へと駆けて行く。
つけっぱなしのテレビからは、明日の天気予報が流れていた。まもなく陰陽師の特番が始まる頃だろう。
僕は鍋の火を弱火にしてから、ゆっくりと居間へ向かった。野菜が柔らかくなるまで、もうしばらく時間がかかる。
『この番組は、高千穂グループの提供でお送りします』
「部長の家、本当に金持ちなんだな……」
僕は変なところに感心しながら苦笑する。
もしや、この番組を絶対見ろと部長が言ったのは自分の家が番組のスポンサーだからか?
やがて、お笑い芸人のテンションがやたらと高い番組が始まった。
どうせ面白おかしく海外の超常現象だとか、加工済み心霊写真を流したりするだけの胡散臭い番組に決まってる。
そう思っていたのだが、意外と真面目に陰陽師のルーツについて紹介しているじゃないか。というか僕の御先祖様はそんなにイケメンじゃないと思うけど。
「ん?」
妖怪オタクの女性アナウンサーの隣に居るのは、妖怪専門家を自称する年寄りに目が留まった。──いや、待て。この人は……!
「こ、古御門先生!?」
僕は思わず身を乗り出した。
古御門泰親、陰陽総連合会という組織のトップだ。
陰陽師になるためにはまず古御門家の承認がなくてはならないし、僕が使っているような御札を支給してくれるのも古御門家。月一で行われる報告会も古御門家で行われる。
『今日のゲストは、カリスマモデルのあの人ですよぉ〜!』
司会のお笑い芸人(名前は忘れたがボケ担当のほうだ)の紹介と共にカメラが切り替わって、ゆっくりとすらりとした長い足を下から映し始める。
ほっそりした手足にキュッとくびれたウエスト、スタイルのいい体を映したカメラが、少女の首元まで映した時、CMへと入った。
「な……何だよ、もったいつけて」
「くくく、しっかり見入っているではないか」
思わず声に出して文句を言うと、魔鬼がくすくすと笑って僕に茶々を入れる。
「おにーちゃんってああいうおねーちゃんがすきなんだ……」
そんな僕達の傍で、冥鬼が何だか不機嫌そうに頬を膨らませている。
僕は、何となく気恥ずかしくて一度キッチンへと戻った。いつの間にやら鍋の中の野菜はすっかり柔らかくなっている。
すぐに火を止めてルゥを割り入れた僕は、鍋をゆっくりとかき混ぜてから鍋を持って居間へと戻った。
既にテーブルに敷かれた鍋敷きに鍋を置き、炊きたての白米を皿へと盛り付けていく。
『古御門先生は、若い陰陽師の育成に心血を注いでらっしゃいます。現役を引退されてからも毎日お忙しそうですね?』
『そうでもありません……身の回りのことは優秀な秘書がやってくれますからね。今は娘の手を借りながら陰陽師の育成をしていますよ』
顔を上げなくても古御門先生とアナウンサーの会話が聞こえてくる。
『ところで──古御門先生の娘さんにはお子さんがいらっしゃると聞きましたが。やはり将来は古御門先生の跡を継ぐんですか?』
『……え? ええ、まあ……どこでそれを?』
古御門先生は歯切れ悪く答える。
彼に孫が居るなんて聞いたことがない。居たとしても、当然僕達陰陽師に連絡があるはずだ。何せ、古御門先生の孫ってことは僕らの未来の上司だもんな。
『アハッ☆ とある関係者からの情報ですよ。もしかしてこの情報って世間には公表してなかったり? 明日ニュースになっちゃいます?』
アナウンサーが食い気味に答えると、古御門先生は眉間に皺を刻んで黙ってしまう。何だか怒っているようだ。
すると、アナウンサーが画面外のカンペを読むかのように話題を切り替えた。
「あー、そろそろお時間みたいですね! ゲストの紹介にうつりまーす!」
すぐにカメラが切り替わり、アナウンサーではなく芸人が現れる。
『さて~! それではそろそろお待ちかね……特別ゲストの紹介ですッ! 俺めっちゃファンなんですけど、楽屋でお会い出来ませんでした! 残念!』
芸人がカメラに寄りながらテンション高く宣言すると、再びカメラが切り替わりカリスマモデルの足元からゆっくりと映し出されていく。
キュッと締まったウエスト、ほっそりした手足に華奢な肩と蜂蜜色の髪。
美少女の全貌が映し出されると、スタジオから拍手が沸き起こった。
『カリスマモデルにして歌手、女優とマルチに活動している現役女子高生のクロウさんでーす!』
芸人の紹介と共に登場したスタイルのいい美少女を見た僕と冥鬼は、ほぼ同時に声を上げたのだった。
「小鳥遊先輩!」
「カトちゃん!」




