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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
3部

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【青嵐からくれないの白と黒】5

 以前訪れた時は、たくさんの猿が見張っていた牛尾家。日本家屋風の外観だが、中はリフォームを繰り返してすっかり近代的だ。

 ハクが通されたのは、その中でも唯一の和室。縁側には手入れの行き届いた庭が見える。小猿たちが植木を整えたり、草花に水を与えていた。生活感のない部屋から畳の匂いがする。


「あのお猿さんたちは?」

「邪魔なら殺すよ? せっかくのお家デートなのに邪魔されたくないもんね」

「そ、そういう意味じゃないのよ! ダメだから!」


 ハクは慌てて猿神を止める。唇を尖らせて不思議そうに首を傾げた猿神は、畳の上に座布団を持ってきてそこにハクを座らせた。ハクはそっと胸をなで下ろしながら、赤い目で自分を覗き込んでいる猿神を遠慮がちに見つめ返した。しかし、あまりにもじっくり見つめられているものだから、とうとう目を逸らしてしまう。


「あのね……聞いてもいいかしら」

「ハクちゃんがボクに質問? いいよ。食べないから何でも聞いて」


 猿神は満足そうに微笑み、つり目がちの赤い瞳でハクの顔を覗き込む。


「日吉くんの小さい頃って……どんな子だったのかな、って……」


 猿神は意外そうに赤い目を細める。やがて、楽しそうにゆるめられた唇から犬歯が覗いた。


「良い子だったよ。何をしても褒められたし、(おねえちゃん)に甘えれば世界で一番優しくしてもらえるんだ」


 猿神がまるで武勇伝のように語り出す。


「お姉さんに愛されてたのね」


 猿神は目を丸くすると、『うん』と言って笑う。ハクにはその笑顔が、どこか泣きそうに見えた。


「そうだ、膝枕してよ」

「えっ?」

「だから、膝枕! (おねえちゃん)はしてくれたよ。早くしないと食べちゃうから」


 猿神は先程の態度とは打って変わって、子供が癇癪を起こしたような口振りで言った。

 ハクは急かされるまま座布団の上に座り直す。すぐに猿神がそのふとももの上に頭を置いて横たわろうとするが、ふと思い出したように『あっ』と声を上げる。


「このままだと浮気になっちゃうんだっけ。ちょっと待ってね──」


 猿神はそう言ってしっぽをゆらゆらさせると、その体を別の個体へと変化させた。年の頃はハクよりも下だろうか。白く柔らかそうな髪を伸ばした、赤い瞳の少女が目の前にいる。


「お、女の子……!?」

「驚いたぁ? 無性別の烏天狗(センパイ)とはちょっと違うんだけどね。久々だから上手く出来てるかなぁ?」


 驚いているハクを見て少女がいたずらっぽく笑った。それはどこからどう見ても人間の少女だ。ただひとつ、しっぽが生えていることを除けば。

 猿神は人差し指を揺らして楽しそうに犬歯を覗かせると、ハクの体にしなだれかかってくる。


「ちょっ、日吉……くん──ちゃん?」

「ケケッ、呼び方なんてどっちでもいいじゃん」


 猿神は楽しそうに笑い、甘えるようにハクを見つめた。


「でも、ボクをその名前で呼んでくれるのはハクちゃんだけだ」


 ハクは最初こそ戸惑ったように猿神を見つめていたが、やがて自然と伸びた手が猿神の髪に触れる。猿神は気持ちよさそうに赤い瞳を伏せると、ハクの胸に顔を押し付けた。


「気持ちいいの?」


 柔らかい癖毛をゆっくり撫でながら尋ねる。猿神は身動ぎするように小さく頷く。ハクはおずおずと猿神の体を抱きしめて膝の上に寝かせた。


「おねえ、ちゃん……」


 微睡みながら、幸せそうに少女が呟く。ハクは少女の癖のある前髪を指で整えながら微笑みかけた。

 突然姿が変わったことへの衝撃はあったが、中身はいつもの猿神に変わりない。


「このまま寝ちゃう? それとも……髪、結ってあげようか」

「えーッ、どっちも捨て難いなぁ」


 くすくすと笑いながら猿神がハクの髪に手を伸ばそうとした時だった。突然、猿神が勢いよく体を起こす。


「きゃ……!?」

「ありえない。ここはボクのナワバリなのに勝手に入ってくるなんて……イラつくな」


 その瞳には不快さが滲み出ている。程なくして、家全体を震撼させるような地響きが聞こえてきた。

 縁側から、黒い体毛に覆われた猿のような巨大な生き物がゆっくりと近づいてくる。その口には血まみれの猿がぶら下がっていた。既に絶命しているようだ。


木霊坊(こだまぼうや)……?」


 猿神が忌々しげに舌打ちした。木霊坊と呼ばれたその黒い生き物には、目がない。ただ不気味に大きな口が特徴的だった。ニヤーッと口を耳まで吊り上げて笑う。


「テシ、ラクマザヒ……ンャチ、クハ」


 木霊坊が男とも女とも取れない不気味な声でハクを指さした。


「え、えっ?」

「木霊坊は他人の台詞を真似するんだよ。でも、何か様子が変だな……逆さ言葉を喋る木霊坊なんて聞いた事──」


「ェテシ、ラクマザヒ、ンャチクハ」


 そう言いながら一心不乱にハクへ歩み寄ってくる。猿神は即座に、ズボンのポケットに忍ばせていた拳銃で容赦なく木霊坊の眉間を撃ち抜いた。木霊坊の体が呆気なく倒れ込む。


「あのさぁ、見てわかんない? 今デート中。完全に目ェ覚めちゃったし、どう落とし前つけてくれるの?」


 猿神の足が木霊坊の顔面を蹴り上げる。ダラダラと額から血を流していた木霊坊が低く笑った。


「トーデ、トンャチクハ、クカッセ……グフッ……グフッ……」


 木霊坊は笑いながらゆらゆらと重そうに頭を揺らす。


「は、それボクの猿真似の真似? キャラ被ってるし言えてないよ、雑魚」


 不機嫌そうに猿神が言うや否や、再び拳銃をその額へと向ける。再度木霊坊を撃ち抜くが、相手はビクともしなかった。ニタニタとだらしない口からよだれを垂らしながら畳の上に上がってくる。


「ハクちゃん、押し入れに隠れてて」

「で、でもッ……楓くんを呼んだ方が……」

「は? ボクの言うことが聞けないの?」


 猿神が眉間に皺を寄せて不機嫌そうにハクを睨む。


「ボクは陰陽師なんかよりずっと強くて、妖怪よりうんと賢い牛尾日吉だよ。こんなデカいだけの鈍臭い()に負けるわけ……」


 その瞬間、黒い毛むくじゃらの腕が猿神の両肩を掴んだ。


「ちッ!」

「日吉くん!」


 みしみしと音を立てて肩を引きちぎろうとしている。足で蹴りあげてもビクともしない。強く噛み締めた猿神の唇から血が滲んだ。得意の眼も背後に回られては使えない。そもそも、少女の体では分が悪いことを猿神が一番分かっていた。当然、少年の体であろうと同じことだ。


「この……カラス以下のIQしかない分際で、ハクちゃんの見てる前でボクにこんなことさせんなッ!」


 メキメキと音を立てて猿神の体が巨大な大猿へと変貌する。自分の肩を粉砕しようとする木霊坊の腕を掴んで引きちぎってやると、木霊坊は犬の遠吠えとも、猿の声ともつかない気味な悲鳴を上げた。


「ああマジで無理。最悪ッ! 終わってるッ! デートでこんな姿晒すことになるなんてッ! 死ねよお前ッ!」


 大猿は忌々しげに木霊坊の顔を踏みつけて拘束から離れると、その体を勢いよく蹴り飛ばす。やがて、興奮の収まった大猿は自分の大きな手をじっと見下ろしてから大きなため息をついた。人間と違うその毛むくじゃらの手を見て、彼の表情が歪む。


「……最悪じゃん」


 もう一度、小馬鹿にするような声で猿神が笑った。その体から煙が立ち上って大猿の体を華奢な少女へと戻す。

 押し入れの中にいるハクが、心配そうに猿神を見つめていた。猿神が犬歯を覗かせてニヤッと笑う。


「怖かったでしょ? もう大丈夫だよ」


 猿神はそう言ってハクの髪を撫でようとしたが、血に染まった自分の手に気づいて舌を出した。さすがにこの手でハクには触れられない。

 しかし、気遣うようにハクの両手が血にまみれた猿神の手を握る。


「……日吉くんこそ、怖かったんじゃないの?」

「ボクに怖いものなんかないよ。ボクとっても強いんだから──」


 その後ろで木霊坊がゆっくり体を起こしていたことに、ハクはもちろん猿神も気づかなかった。


「──は?」


 一瞬の隙をついて、猿神の胸に大きな穴が開けられる。それは引きちぎられた木霊坊自身の腕だった。ぐらりと猿神の体が大きく揺らいで地面に倒れ込む。


『ンャチクハ……ヨダ夫丈大ウモ ?ョシデタッカワコ』


 木霊坊は唇を吊り上げて不気味に笑いながら、押し入れの中にいるハクを見て舌なめずりをするのだった。

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