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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
3部

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【桃源の春爛漫と百千鳥】4

 勢いで家から飛び出してしまった汐里は、すっかり消沈した様子でとぼとぼと公園へと歩く。また美味しいドリンクを作ってあげたら海斗は喜ぶだろうか、そんなことを考えながら。


(さっきの、私じゃないみたいだった……)


 汐里は先程の失言をほとんど覚えていない。けれどまるで何かに取り憑かれたように口にした言葉は間違いなく彼女の声だ。


「ううっ……疲れてるのかなあっ……」


 汐里は両手で顔を押さえて深くため息をつく。


「海斗に謝ろっ!」


 元来あまり長々と落ち込まないタイプの汐里は、けろっと言って来た道を引き返した。その時、スマートフォンが着信音を知らせる。画面には狐輪教の名前が表示されていた。


『今宵の集会場所を添付しました』


 添付ファイルを開くと、そこには見覚えのある住所が記された画像が表示される。例の集会がある場所は公園からさほど遠くはない住宅街。


(覗くだけ、なら……いいわよね?)


 汐里はスマートフォンを見つめて喉を鳴らすとおもむろに住宅街を入っていった。

 そこは何の変哲もない一軒家だ。本当にここで合っているのか、汐里は不安そうに辺りを見回す。けれどここまで来てしまってはもう引き返せない。遠慮がちにチャイムを鳴らすと、表情の暗い女性が顔を覗かせた。


「あのぉ、今日ここで集会があるって聞いて。『しおちゃん』ですぅ〜」


 汐里が言うと、女性はみるみるうちに明るい顔つきになって汐里を手招いた。


「あ──ああッ、しおちゃんさんね! 待っていたわ。さあ、これを付けて」


 それは狐のお面だった。口元だけは出るように、鼻から上が白い狐の仮面で覆われている。


「みんな秘密主義なの。芸能人とか著名人もいるから。もう始まってるから、早くつけて」


 汐里は急き立てられるように部屋に招かれると、狐の仮面を被って辺りを見回した。広々としたリビングには汐里と同じような仮面を被った人間がソファに座ったり、飲み物を飲んでリラックスしている。


「あのぉ、教祖様? は来てないんですか?」


 近くにいる女性に声をかけた時、彼女はため息をついて狐の仮面を外した。青い目と金髪の美しい異国の女性だ。


「はあ──退屈デス」

「え、あの」


 女性はそう言って仮面を足元に放り投げると、悠々とした様子でリビングから出ていこうとする。入口で受付の女性と揉めているようだったが、汐里にはよく聞こえない。室内のモニターから映像が流れたためだった。


『こんばんは、狐輪教関東支部の皆さん』


 狐の面を付けた歳若い少年とも少女ともつかない声の主が言う。


『今宵はリモートですけれど、皆さんの前でお話出来ることを楽しみにしておりました』


 自然と周囲の者たちも会話を止めて『教祖』の話に耳を傾けている。


『どうぞリラックスして──心をひとつにしてください。我々は人間とどうぶつの心を融合させ、共に生きる新しい時代を作ろうとしているのです』


 教祖は穏やかな声で言いながら、彼らの顔をゆっくりと見渡すように無言になる。


『私たちは差別を許しません。どうぶつの耳としっぽを持つ者も、そうでない人も、同じ尊厳を持ち、共に共存し平和に生きる権利を得るべきなのです。差別と偏見に満ちた世界から解放され、新たな未来を築くために』


 教祖は柔らかな、それでいて力強い声色で言った。汐里の傍では鼻をすすっている信者の姿もある。


『自然と調和することは私たちの使命です。宮様の復活と共に、我々の居場所を取り戻すことができるのですから。私たちの手で未来を描き──』


 既に汐里は眠くなってしまっている。頭を揺らしながら何度も隣の人に寄りかかっていた。


『皆さん、狐輪教は力強い絆で結ばれた家族です。家族を愛してください。家族の言葉に耳を傾けてください。誰もが大切にされ、愛し合う世の中にしていきたいと願わずにはいられません。皆さんが私の言葉に耳を傾け、善き心を持ち続ける限り、宮様の母なるお力が常に守護し、導いてくれるでしょう』


 教祖は熱心に語りかけながら、白い棺を手のひらで撫でた。


『喜びも、悲しみも、家族皆で共有しましょうね』


 信者たちから拍手が起こる。すっかりソファに凭れて寝入っていた汐里はその音で思わず頭を起こした。何だかすごく嫌な夢を見ていたような気がするが、思い出せない。


『では、引き続き家族の語らいをお楽しみください──』


 くすりと微笑んだ教祖の少年がそう言うと、どこからかお香の匂いが漂ってきた。鼻がねじ曲がりそうだ、と汐里は思う。


「最初はこの匂いで体が拒絶反応を起こすの。でも大丈夫よ。外界で浴びた毒が抜けきれていないだけだから」


 隣に座っていた女性が穏やかに言った。その声には聞き覚えがある。阿來だ。ようやく知っている人に出会えて、汐里ははしゃいだ声を上げた。


「くるるちゃ──」

「さ、これをあなたに」


 阿來がおもむろにキーホルダーを握らせる。それはふわふわとした綿毛のような形状をしていた。


「修学旅行のお土産みたい」

「ふふ……それは私たちが家族になった印よ。これがあれば、いつでも御加護が──」


 そう言いかけた阿來が立ち上がる。信者たちの中心で何かが始まっているようだ。


「面白いものが見られるわよ。早くあなたもいらっしゃい」


 阿來はそう言って我先に信者たちの群れに入っていった。一人取り残された汐里も体を起こして阿來に続こうとしたが、以前も同じ光景を見たことがある気がして立ち止まる。それはドラマの中だったのか、それとも彼女が先程見た夢の内容だったのかは分からない。


(もう頭がぐちゃぐちゃ。帰りたいよぉ……)


 立ち止まったまま頭を押さえていると、不意に背後から肩を掴まれる。それは先程の金髪の美女だった。


「音を立てないように、早く来て。今なら玄関の人も気づいてないデス」


 汐里は彼女に引っ張られるようにソファから立ち上がり、背後を気にかけながら玄関に近づく。


「ぎゃあああああッ!」


 奥の部屋から尋常ではない悲鳴が聞こえて汐里がビクッと身を震わせる。足が上手く動かず、お香の匂いを嗅いだせいか頭が痛い。よろめく汐里を美女が抱きとめた。


「大丈夫カ!?」

「うう……気持ち悪いのぉ……吐きそう……」

「──乗って」


 美女はそう言って汐里をバイクの後ろに乗せると、爆音を響かせながらバイクを走らせた。思わぬ風圧に驚いた汐里が、慌てて美女にしがみつく。


「っきゃああ……!」


 思わず声を上げてみたものの、それほど怖くはない。けれど汐里は美女の背中できゃーきゃーと声を上げ続けた。


「そんなに怖いデスカ?」

「怖くない! でも、でも……きゃあーっ!」


 子供と喧嘩をして家から飛び出してしまったことや、新しい命が誕生することへのほんの少しの不安を全て吹き飛ばすように、汐里は大きな声を上げた。

 汐里の前で美女がくすっと笑う。いつしか二人は、まるで親友のようにケラケラと笑い合ってきゃーきゃーと叫び合っている。たったそれだけなのに、先程の得体の知れない仮面同士の語らいなどよりも楽しくて、満たされていた。


 どれだけの距離を走っていたのか、やがてバイクが到着したのは古めかしい家の前だった。美女はヘルメットを脱いで優しい笑顔を見せる。


「上がってクダサイ! 喉乾いたデショ?」

「うん、もうカラカラ」


 汐里が言うと、美女が楽しそうに笑った。まるで十年来の友達に出会ったようだと汐里は思う。美女に続いて玄関の門を潜ると、入口に歯ブラシをくわえた金髪の少年が呆れた顔で立っていた。恐らく女性の子供だろう。青い瞳は海の色をしていて肌は雪のように色白。体つきは年頃の男子らしく引き締まっており、雑誌のモデルでもしていそうだ。かなりのイケメンだと汐里は思った。


「何でオレのバイク勝手に使ってんだよ……」

「乗り心地は最高ダ!」

「だろうな」


 金髪の少年は大きなため息をつくと、汐里に気づいて慌てて歯ブラシを口から引き抜き、小さく会釈をした。


「すみません。母がご迷惑をおかけして」

「大丈夫よぉ。あなたは息子さん? かっこよくって見とれちゃったぁ……」


 汐里がはにかみながら尋ねる。少年はどこか怪訝そうな顔でまじまじと汐里を見ていたが、慌てて頷いた。


「息子の宿儺デス。イケメンダロ? くーちゃん、久しぶりに帰ってきたのに冷たいナー♡」

「母さんが暑苦しいんだよ……」


 ベタベタと抱きついてくる母親を上手くあしらいながら宿儺が声を上げる。本気で嫌がっている様子はなく、むしろ照れているようだ。海斗もスキンシップをすると良く照れる。この年頃の男子は皆そうなのだろうと思うと汐里は微笑ましくなった。


「私は橘汐里。うふふ……よろしくねぇ、宿儺くん」


 汐里が笑顔で挨拶をすると、聞き覚えのあるその苗字を聞いた宿儺は怪訝そうに首を傾げて『もしかして……』と声を上げる。


「あの、違ってたらすみません。海斗のお母さん、ですか?」

「海斗のこと知ってるの? やーん! うれしー!」


 おずおずと問いかけてくる宿儺に被るようにして汐里が身を乗り出した。


「何ダくーちゃん、カイトって彼女カ? もう彼女が出来たカ!」

「違うから。友達だよ、学校の。大体海斗って女子の名前じゃないだろ」


 宿儺は絡んでくる母親をなだめながら汐里に『すみません』と苦笑する。さりげなくスマホをポケットから取り出してRAIINを立ち上げた。


『お前の母さんが』


 そこまで打ちかけた時、突然海斗から着信が入る。いつもならテキストで送ってくる海斗が珍しい、と思いながら宿儺が通話ボタンに触れた。『もしもし』と声をかけるよりも先に、上擦った声が宿儺を呼ぶ。


『あ、あのねっ……変なこと言ってたらごめん。宿儺くんの家に、うちのお母さん来てないかなっ?』

「……来てる」


 宿儺は仲睦まじくお喋りをしている母親と、友人の母を見ながら苦笑気味に答えるのだった。

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