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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
3部

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【青葉追いひとりで遊ぶ朧月】

 体温の低い背中に頬擦りをしながら、少年は微睡む。起床を知らせるアラームを止めたのは彼の義兄だった。寝ぼけ眼で着替えさせられ、綺麗に髪をとかされた後は居間へ行くように促される。

 まだ目が覚めずにぼんやりしている少年と違って、彼が兄と慕う鬼道家の当主は既に学生服に着替えて髪も整えていた。

 どんな会話をしたかは覚えていない。けれど朝ごはんの味噌汁を口にすると次第に彼の目も覚めてきた。


「おいしい。おかわり」

「キイチ様は本当においしそうに食べてくださって……儂も作りがいがあります!」


 八重花が嬉しそうに茶碗を受け取る。


「キイチ、おかわりなんてしてる時間ないぞ。電車に遅れる」

「だって八重花のごはんおいしいもん」


 キイチがマイペースに白米を頬張りながら言うものだから、当主は大きなため息をついて眉間を押さえる。古御門キイチが鬼道家で暮らすようになってから、これがいつものパターンだった。

 男子制服は足が窮屈だから嫌だという理由から女子制服に身を包み、黙っていれば美少女にしか見えないキイチは、一年生の中でも浮世離れしている。それは女子生徒だけではなく男子生徒も虜にしているのだった。


「なあ鬼道。英語のノート、写しておいたんだけど」

「ありがと。きみ、だあれ?」


 男子がおずおずと声をかけると、キイチはノートを受け取って首を傾げた。ずきゅん、とハートを撃ち抜かれた男子が胸を押さえる。

 すると別の女子がノートを片手に近づいてきた。


「キイチくん! 数学のノート写してきたんだけど、要るでしょ?」

「いつもありがと。誰だっけ?」


 キイチが首を傾げる。その可憐さに惹かれるように、次から次へとクラスメイトがキイチを囲んだ。


「キイチくん、お昼ご飯にクッキー食べる?」

「良かったら俺のノートも参考にしてくれ!」

「部活見学に来ない?」

「髪結ってあげようかっ?」


 クラスメイトたちに囲まれてもキイチは気にした様子もなく何も言わず微睡んでいる。まるで人形のように。しかし、教室の入口に見知った姿を見るとすぐに目の色を変えて立ち上がった。


「兄さん」


 人混みをかき分けるようにして教室から出たキイチが抱きつこうとすると、黒髪の少年は慣れた様子でキイチの顔前に弁当箱を突き出す。


「忘れ物だ。さっき八雲さんが届けに来てくれたぞ。朝は余裕を持って行動しないと忘れ物をするんだから、もう少し早起きを……」


 黒髪の少年が呆れ顔でため息をつく。キイチは弁当箱を両手に乗せるようにして受け取ると、赤い瞳をパチパチと瞬かせながら上目遣いで彼を見つめた。


「お昼、兄さんと一緒に食べたい」

「二年の教室まで来る気かお前は。友達と食べたらいいだろ」


 キイチは小さくかぶりを振る。


「兄さんと一緒が良い」


 真っ直ぐに自分の気持ちを言葉にしてキイチが訴える。クラスメイトならその眼差しだけで自分の弁当箱ごと差し出すだろう。しかし、黒髪の少年には効かない。


「僕はハク先輩と食べる予定が……」

「ならハクも入れて三人で食べようよ」

「ハク先輩と言え」


 そんなやりとりを見て、クラスメイトたちが目を輝かせた。


「あの人、キイチくんの親戚なんだよね。身長低いけど」

「美形〜……身長低いけど彼女居るかな?」

「顔めっちゃタイプ! 身長低いけど」


 クラスメイトたちのひそひそ話はしっかりと教室の外まで聞こえている。黒髪の少年は心にダメージを負いながら『わかった……』と答えた。キイチは今度こそ彼の腕に抱きつく。その表情は感情が乏しいが、誰が見ても今日一番嬉しそうだった。


 昨年までずっと寝たきりの生活を送っていた古御門キイチは祖父の死後、劇的な回復を見せた。乏しかった表情にも少しずつ感情が乗るようになり、普通の子供と同じように学校に行くことが出来ている。それが彼の身内にとってどんなに喜ばしいことであるか、キイチは知らない。


「一緒に帰れると思ったのに」


 唇を尖らせながらキイチが普段より短いスカートを靡かせる。彼の隣に楓は居ない。今日はテストで部活がないため、一緒に帰れると思い込んでいたキイチの望みはアッサリ打ち砕かれた。スマホの調子が悪いためハクと共に携帯ショップに行くのだという楓に、自分も着いていきたいと駄々をこねたキイチだったが、気を利かせた鬼原ゴウによって諦めさせられたのだ。電車の中までゴウが一緒に着いていたため乗り間違いをすることは無かったが、一人での下校はつまらない。


「……ん?」


 キイチはふと背後に気配を感じて振り返る。そこには赤い和傘を差した和服姿の人物が立っていた。夕陽に照らされて、その和服は杏色に輝いている。


「キミが古御門──キイチくん?」

「だあれ?」


 不思議そうに首を傾げるキイチに、その人物はくすくすと笑った。


「さあ──誰やろね」


 カランカランと下駄を響かせながら、和傘がいたずらに回る。


「キミは今、幸せ?」

「幸せだよ。兄さんが居て、八雲が居て、こうやって歩けて、学校に通えて」


 幸せの数を指で数えながらキイチが答えた。和傘の人物は黙って話を聞いていたが、やがてその唇が弧を描く。


「そっかぁ。寂しくなったら、いつでもコッチ側に来てええよ」


 和傘の人物は、キイチが聞いた事のない訛りで優しく言った。全てを包みこむようなあたたかい声。

 その声に惹かれて、キイチが和傘を下から覗き込もうとする。けれど次の瞬間、空気が変わった。足元に映る自分の影に、何か異様なものが覆いかぶさっているのだ。


「だあれ?」


 危機感のない声でもう一度キイチが尋ねた瞬間、大きな黒い手がキイチの口を塞ぐ。

 驚きで抵抗すら忘れたキイチの体を、何者かが覗き込んだ。


「レアダ」


 声の主は男とも女とも言えない不気味な声だった。ただ山のように大きくて黒いものが、キイチを覗いていた。キイチが僅かに身動ぎしようとするが、その体は大きな手によって拘束されている。


「むぐ、うう……」

「?レアダ ?レアダ ?レアダ」


 異形の者が喋り続けるが、キイチの頭には入ってこない。口を押さえつけた手に、徐々に力が籠っていく。


(息、できな……)


 その時、短い銃声がキイチの横顔を掠める。銃弾は的確に、異形の肩を撃ち抜いた。


「次は頭を撃つ」


 氷よりも冷たい目をして躊躇いなく銃口を向けているのは、キイチの世話係にして古御門家の冷酷な殺し屋、古御門八雲だ。黒い影は不気味な呻き声を上げると、影に溶け込むようにして消えてしまった。

 地面にへたりこんだキイチは、不思議そうにそれの消えた方角を見つめていたが、やがて自分の傍に近づいてきた八雲に抱きつく。恐怖心は、八雲の体に触れた瞬間癒えた。


「ただいま。……八雲?」


 彼は少し怒ったような顔をして、長い前髪から覗く琥珀色の左目でキイチを見下ろしていた。


「……鬼道楓はどうした」


 責めるような、感情を殺した声で八雲が問いかける。キイチが少し考えた後に『デート』と答えると、八雲を纏う温度が一気に下がっていった。


「兄さんを叱らないで」


 八雲の袖を引きながらキイチが訴える。八雲はその場に屈んでキイチの肩を掴んだ。


「お前は古御門家の当主だ。もう少し危機感を持って行動しろ」

「危機感って何? 八雲、怒ってる?」


 キイチが少しだけ不安そうな顔をしている。八雲はハッとして手を離すと、長く深いため息をついた。


「……怒ってない。お前を叱りたかったわけじゃない。ただ、心配で」


 彼に大切にされていることは、キイチが一番よく知っている。幼い頃からずっと自分の世話をしていた彼の真っ直ぐな優しさも。だから彼が強く怒れないことは分かっていた。キイチは、甘えるように八雲の腕に寄りかかる。

 どうやら彼らの周囲には不審な気配は無いようだが、八雲の表情は晴れない。警戒を解くことなく全方位に意識を集中させている。


「八雲? ボクを撫でても落ち着かない?」


 難しい顔をしている八雲を心配したのか、キイチが赤い瞳を向けている。その小動物のような眼差しに、八雲は毒気を抜かれたように肩を竦める。


「家に入ろうか。今日はデザートにキイチの好きなホットケーキがあるから」

「今食べたい」

「ダメだ、夕飯が入らなくなる」

「どっちを先に食べても同じなのに」


 そんな会話をしながら、八雲によって抱き上げられたキイチは思い出したように口を開いた。


「ねえ、いつか十六夜も呼びたいね」


 キイチの無邪気な問いかけに悪意は無い。ただ、いつも怖い顔をしている八雲が、十六夜の前では少し優しそうな顔をすると知っているから。ただそれだけの理由で十六夜の名前を口に出した。そこに八雲を傷つける意図はない。

 八雲は不器用に微笑むと『そうだな』と答えてキイチの髪を撫でるだけだった。

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