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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
3部

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241/434

【春の風、桜さくらと転がして】5

「みんな、注目ッ!」


 オカルト研究部部長である高千穂レンが部室の円卓を力強く叩く。新入部員の彼らにとってはこれが二回目の部活だ。いよいよオカルト研究部らしい活動が出来ることに少なからず期待していることだろう。

 円卓に頬杖をついていた尾崎が、面倒くさそうに話の続きを交代した。


「職員会議でさァ〜、聞かれちゃったんだよ〜。この部の存在意義ってヤツ? 学校の知名度を上げてくれる熱血運動部や、何かしら貢献してる一部の文化部と違って、ここってチョー地味じゃん? 誰かの役に立ってるわけでもねーし。そこであの頭でっかちの副顧問が言っちまったんスわ。あ、オレは職員会議出てねえんスけどね?」


 尾崎はそう言って咳払いをすると、ゆっくりと体を起こして円卓に両手をつく。そして、日熊大五郎の真似なのか大声で言い放った。


「今年こそオカルト研究部を、人のためになる部活にしてみせまァすッ! ってさァ〜」


 力が抜けたようにへなへなと尾崎が円卓に突っ伏す。腕を組んで話を聞いていたゴウが天井を見上げて言った。


「……人のためになる部活って、具体的に何だよ?」

「来週から春の安全週間とか言って、放課後はみんなで校門に立って下校の声掛けするんだってさー。だるくない?」


 尾崎の話によるとこうだ。

 職員会議でオカルト研究部の存在意義を詰められた副顧問の日熊大五郎に、教職員一同は下校時の声掛けをオカルト研究部にやらせるよう提案した。

 というのも、春先ということもあってか不審者の目撃情報が学校付近で相次いで多発している。それも、相手は一人や二人ではない。わざわざ警備を雇うことも、仕事を後回しにして校門に立つこともしたくないと考えた職員たちは、一番暇そうなオカルト研究部に白羽の矢を立てたというわけだ。


「要は監視ね。校門に立って目を光らせながら、不審者を見つけ次第捕らえる! まさに果報は寝て待てって感じ? 部活の勧誘も出来るわね!」

「都合良く使われてるだけじゃねーかよ……」


 意外と乗り気なレンにゴウが冷静なツッコミを入れる。尾崎はチャンスとばかりに流し目を送った。


「しっかり警備すれば学校側からお賃金もらえるし、部費にもなるんで各自頑張って見張りよろしく☆ じゃ、オレはデートがあるんで先に帰りまーす!」


 尾崎はそう言うと、脱兎のごとき速さで部室を飛び出して行く。バレー部顧問としての顔も持っている彼は、すぐに体育館に向かうのだろう。もちろんそれはオカルト研究部でも限られたメンバーしか知らない秘密だ。


「オレもバイトの時間あるからもう行く。何かあったらグルチャで教えてくれ」


 深いため息をついて椅子から立ち上がったゴウが気だるそうに部室から出ていく。


「あなたたちの周りで怪異の匂いがしたらすぐ共有しなさい! 不審者じゃなくて怪異よ! いいわねッ!」


 レンは有無を言わさぬ剣幕で部活の解散を言い渡すのだった。

 その場に残された鬼道楓、鬼原ハク、そして一年生たちは必然的に一緒に下校することになる。


「部活選び失敗したかも……」

「そんなこと言わないで、琴三ちゃん。夏は合宿で海に行ったりして楽しかったのよ」

「あーん♡ ハクおねーさまと二人で海に行きたいなぁ☆」


 なだめるハクの隣をぴったりとくっついて歩きながら琴三がしなだれかかっていた。いつの間にか、すっかりハクに懐いているようだ。そんなハクの手を握ることも出来ず、距離を取って歩く楓の腕にはキイチが平然としがみついている……。


「宿儺くんも後悔してる? ここに入部したこと」

「……いえ」


 ハクの問いかけにかぶりを振った宿儺は、眼鏡のブリッジに指を当てた。


「オレは、ここに入るために東妖高校に来たんで」


 宿儺は、妙にハッキリと言い切る。誰もが宿儺には深い事情がありそうだと気づいていた。彼が一番初めに部室に入ってきたあの時から。


「なあ、宿儺くん」

「あれ……なんすか?」


 楓が声をかけようとした時、宿儺の怪訝そうな声に遮られる。宿儺の視線の先では、ちょうど校門の傍で気の弱そうな男子学生が大人の男に囲まれているところだ。大人たちは学校の敷地に入ることはせず、校門から出たばかりの学生を無理やり囲んでいた。


「だからぁ、お宅の和菓子を次の選挙で配りたいと言っているんですよ」

「あ、あの、そういうのは、じーちゃんたちに聞いてみないと……」

「断られたから君に聞いてるんだろうが! いいかね? 今どき賄賂なんてね、どこの政党も当たり前にやってることなんだよ。自由共生党が当選した暁には橘総本家を新聞に載せてやってもいいと仰っているのに何だその態度は!」


 有無を言わさぬ剣幕で大人たちが少年に詰め寄る。スクールバッグを抱きしめるようにして少年が後ずさるが、四方八方から囲まれていては逃げ場はどこにもない。次第に少年は『助けて……』と呟いて縮こまってしまった。


「あの子……」


 ハクが首を傾げたその時、突然宿儺がスポーツバッグを放り投げる。楓が受け取ろうとしたバッグが弾かれて琴三の両手に収まった。


「だ《・》()()何でウチなんですかぁ!」


 琴三の文句も聞こえないのか楓たちが止める間もなく、宿儺は大股で彼らに近づいていく。大きな手が、男の肩をぐっと掴んだ。


「あの、その辺にしといたらどうなんすか。そいつ怖がってます」


 宿儺に肩を掴まれたのは中年男性だった。突然高身長の少年に凄まれて僅かに怯む。


「な、何だ君は! 高校生のくせに髪なんて染めて!」


 一人が口にすると、男たちは次々に宿儺を批判し始めた。


「いいか? 葛西先生は君のような糞の役にも立たないゴミクズをしっかりと矯正するための政策をお考えなんだ。我々の活動を邪魔するんじゃないよッ! 大人しく帰って勉強でもしてろッ!」

「そうすか……そりゃ悪かったっすね」


 宿儺は怒ることもせずに静かな口調で告げると、おもむろに眼鏡を外す。その瞳を見て、少年が『あっ』と声を上げた。


「髪の色や人種だけで差別するようなあんたらのセンセイってのは、さぞかし立派なんすね。会わせてくださいよ。聞いてみたいんで──男子学生捕まえて脅しみたいな真似してる人達のトップが謳ってる素晴らしい政策ってヤツ」


 その言葉に男たちはしどろもどろになる。言い返せないと踏んだ男たちは、すぐに少年から離れて立ち去ってしまった。宿儺は肩を竦めて眼鏡をかけ直し、鞄を胸の前で抱きしめたまま惚けている少年に手を差し伸べる。


「……ん、大丈夫か?」

「な、何でッ……君が……」


 宿儺を見つめている少年は、男たちとは別の意味で驚愕したように口を開けている。まるで狐にでも化かされたかのように。怪訝そうに首を傾げて屈もうとした宿儺の後ろから声がした。


「やっぱり、橘くん! 大丈夫だった?」


 橘と呼ばれた少年は、ハクに声をかけられると真っ青になって宿儺の後ろに隠れてしまう。


「あっ、ああっ……あ……」


 その尋常ではない怯えように宿儺もハクも狼狽えた。長い前髪のせいで表情は読み取れないが、顔面蒼白という言葉がピッタリだ。


「あれ〜? もしかして、橘くんって童貞? 陰キャそうですもんね〜」


 ニヤニヤしながらからかう琴三に、少年が泣きそうな表情を浮かべている。それどころか、口を押さえてガタガタと震え始めた少年を見てこれ以上傍に居るのは良くないと判断したのか、ハクが琴三の肩を抱いて慌てて距離を取った。心配そうな宿儺になだめられて、ようやくホッとしたように胸を撫で下ろしている。


「さっきの人達は誰なんだ?」


 楓が問いかけると、宿儺を気にするように見上げていた少年はふるふるとかぶりを振った。


「ナントカ党の支持者って、言ってました……。うちの和菓子を、賄賂に使いたいって……」

「ロクな政党じゃねーだろ、あんなの」


 宿儺が肩を竦める。少年は遠慮がちに宿儺を見上げた。


「あ、あの……」

「いい匂い」


 少年を遮るように、はたまたマイペースに声をかけてきたのは古御門キイチだ。無邪気に指をさしている。少年は逃げるように鞄から羊羹を差し出した。


「ぶ、部活で作って……て、あげる、から……許し、て」

「うん、許してあげる。兄さん、羊羹もらった」


 キイチは悪びれもなくカツアゲした羊羹を受け取ると、ケロッとして楓に向き直った。


「彼、家庭部の一年生よ。見ての通り、ちょっとワケありなんだけどね……」


 ハクが橘に気をつかって一定の距離を取りながらこそっと楓に教える。


「た、橘海斗、です。家が和菓子屋……で、僕も、そのくらいしかできないから」


 海斗はごにょごにょと言いながら俯いた。そんな海斗の顔を覗き込むように宿儺が上体を屈める。


「あのチョコレート、店に行けば買えるのか?」

「チョコは店では売ってない、よ……。部活でまた作るから、も、もしよければ……助けてもらったお礼に……」

本当(マジ)か?」


 食い気味に宿儺が聞き返すと、海斗ははにかむように小さく頷いた。そんな二人の会話をわざと遮るように琴三が身を乗り出してくる。


「ウチも欲しいなぁ? 和菓子は食べ飽きてるんで〜、洋菓子とか♡」

「ギャッ!!」


 海斗が短い悲鳴を上げて後ずさる。よほど驚いたのか、その顔は再び真っ青になっていた。


「あ、あの……本当に、ありがとう! 帰って店の手伝いしなきゃ、だからっ……ごめんね、さよなら!」


 そう言って、海斗が逃げるように立ち去る。


「何ですかあれー、感じ悪くないです?」

「……」


 悪びれもなく唇を尖らせている琴三の隣で、宿儺が呆れたようにため息をつく。彼の怯え方は異常だったとその場にいる誰もが思ったが、それを素直に口にしたのは琴三だけだった。


 その夜、鬼道家では食卓の席で自然と下校時の話になる。顧問への報告も兼ねて、楓が大人たちに囲まれていた少年のことを口にすると──意外にも柊は少年の家を知っていた。


「そりゃ橘総本家じゃねーか? 大五郎、分かんだろ?」


 酒を飲もうとしていた尾崎がわざとらしく舌を鳴らす。


「ちっちっち。今のオレは尾崎九兵衛ッスよ? あんな不細工と一緒にしな……」

「やかましい」


 ぽかっと柊が尾崎の頭を叩く。尾崎はテーブルに突っ伏すと『きゅ〜』と情けなく呻きながら涙目で顔を上げた。


「師匠も知ってるんですか?」

「いてて……オレたちが学生の頃、よく橘さんちで買い食いしてて。よく(このひと)が娘さんにちょっかい出して修羅場だったんスよ」

「昔の話だろ〜?」


 柊はケラケラ笑いながら橘海斗の作った羊羹を頬張る。


「ああ、こりゃ間違いねえ。おじさんの味だ。なかなか美味いじゃねーか。楓と同い年か?」

「一個下。ナントカっていう党の関係者に絡まれててさ」

「ああ……自由共生党でしょ? 今朝も保護者から通報があってさ。学校の周りで選挙活動をしてて気味が悪いから朝は生徒指導が見回り必須。ダル〜」


 尾崎がため息をつきながらちゃぶ台に突っ伏す。頬に米粒をつけているキイチが首を傾げる。


「だから校門で下校するみんなを見送る……って言ったの?」

「そーッスよ。先生たちってば何だかんだ理由つけてオレに押し付けんだもん……下手に勤続年数長いのも困りもんッスね」

「選挙はまだ先だってのに熱心すぎやしねーかね……」


 柊は二つ目の羊羹を頬張りながら呑気に返事をする。一緒に羊羹を頬張っていたキイチが不思議そうに傍らの八雲へ声をかけた。


「八雲、選挙って何?」

「俺たちの暮らしをより良くするための代表者を決める活動のことだ」

「兄さん、代表者になって。ボク応援する」

「出ないから」


 楓が苦笑気味に突っ込む。どことなく不満そうな顔をしているキイチを微笑ましげに見つめていた柊が尋ねた。


「キイチくん、学校はどうだ?」

「ん……ちょっと疲れる。でも、兄さんに会えるから好き」

「はは、そっかそっか」


 柊は笑ってキイチの頭をくしゃくしゃと撫でた。まるで本当の父親のように。


「何だよ、唐突に父親みたいなこと言って」

「けーッ、かわいくねえ息子! キイチくん、楓みたいに陰気な男になるなよ」


 柊がわざとらしく顰めっ面をしてキイチの肩を抱く。以前なら厳しく咎める八雲だが、今は何も言わずに食事を進めていた。どこか嬉しそうにも見えるその横顔を見て、楓が首を傾げる。キイチの頭を飽きずにわしわしと撫でていた柊が言った。


「お前ら、明日も学校だろ? 橘さんのとこの息子にもよろしく言っといてくれ。近いうちに顔見せるからよ」


 上機嫌に酔っ払っている柊を呆れたような顔で見つめた楓は、すっかりぬるくなった食後の緑茶を一気に飲み干して、一言だけ。『わかったよ』と短く返事をするのだった。

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