【春の風、桜さくらと転がして】4
「じゃ、男子は校舎の周り全部の雑草を抜いて。女子は花壇のお手入れよろしくッス!」
「んにゃー……めんどくせえ……」
部室の窓際に手をついて外を見ながら機嫌の良さそうなニコニコ顔で言い放つ顧問、尾崎九兵衛。その目の前には、奉仕活動を命じられた一年生から三年生のオカルト研究部一同が並べられていた。皆それぞれジャージに着替えて準備もバッチリだ。春の陽気のせいか、眠そうにゴウがあくびをしている。
「質問いいかしら、尾崎先生」
他のメンバー同様にジャージを着用したレンが片手を上げる。
「何? オレに恋人が居るとか居ないとか?」
尾崎が冗談ぽく言うが、レンは笑わなかった。
「去年、あたしたちは奉仕活動をしたわ。でもそれはこの部を頭でっかちで声の大きい副顧問に認めさせるためよ。今年も奉仕活動をする意味がわからないんだけど」
「あれ? ここって美化委員も兼ねてなかった?」
尾崎がヘラヘラと笑いながらわざとらしく首を傾げる。
「去年のことは知らないなあ。オレ、まだ赴任してなかったんで」
そう言って軍手の入ったビニール袋を開け、それを一人ずつ呼び寄せて手渡していく。やがてレンの順番になると、尾崎は軍手を差し出しながら言った。
「でも──オカルト研究部の高千穂部長は環境整備も出来る細やかな気配りのレディだってことがお兄さんの耳に入ったら……きっと喜ぶんじゃない?」
「何で兄のことを──」
彼女のNGワードに触れた途端、レンはグッと言葉を詰まらせると、勢いよく軍手を引ったくる。
「……今日は特に予定もないから従ってあげる。でも明日からは通常通りの部活をやるわ!」
「どうぞ?」
尾崎がニヤニヤと笑った。レンは気を取り直すように大きく息を吸い込み、部活メンバーに振り返る。その勢いでツインテールが鞭のようにしなった。
「男子は早く校庭の雑草を根こそぎ抜いてきなさい! ハク、一緒に来て」
「うん。楓くんも……また頑張りましょうね」
ハクが小さくガッツポーズをしてレンの後に続く。その仕草に見とれていた楓は、ゴウに脇腹をつつかれた。
「めんどいけどやるぞ、楓」
「あ、はい」
楓は軍手を嵌めながらゴウの後に続く。男子と女子、それぞれのメンバーに分かれたオカルト研究部一同は、黙々と草むしりを始めるのだった。
休むことなく奉仕活動を続けて一時間ほど経った時のこと。
「きゃわいいコトミンが差し入れ買ってきましたぁ〜☆」
鼻にかかった甘えた声と共に、琴三が手ぶらで戻ってくる。その後ろには、宿儺が人数分のドリンクと菓子が入った袋を提げていた。
「ああ、もうそんな時間? じゃあ休憩しよっか。琴三ちゃん、男子にも声掛けてきて」
「はーいっ☆」
部室内でぬくぬくとスマホを弄っていた尾崎の一言で、琴三はしっぽをゆらゆらさせながらその場を離れる。
「どーぞッ、鬼道センパイ☆」
「……ありがとう、三毛さん」
琴三からペットボトルのドリンクを受け取った楓は、汗を拭いながら礼を言う。その所作を見つめていた琴三が、ぐっと顔を近づけてきた。
「センパイってまつ毛ながーい☆ 女装とか似合いそうですね?」
「……それは、褒められてるのか?」
楓は地味に心にダメージを負いながらペットボトルに口をつける。清涼感のあるスポーツドリンクが喉を潤した。
「つめたくて気持ちいい」
ペットボトルを頬に当ててキイチがうっとりと呟く。彼だけは日陰で体を休ませ、奉仕活動に参加させないことが許可されている。それは、他の誰でもない尾崎が言ったことだった。
キイチの体が弱いことを知っている人間は限られている。ますます疑惑が高まった楓は、ペットボトルをを握りしめたまま部室に戻るのだった。生徒用玄関を通過して、廊下の一番奥の日当たりのいい空き教室。そこにオカルト研究部の部室がある。
窓際に上体を乗り出しながら、部活メンバーを眺めている尾崎が居た。その背中を睨むようにして部室の戸を開けた楓は、ゆっくりと戸を閉めてから緊張した面持ちで疑問を口にする。
「あなた、何者ですか」
楓の問いかけに、ゆっくりと尾崎が振り返った。妖しく光る琥珀色の瞳を見て楓が警戒したようにズボンのポケットに手を入れる。それを見た尾崎は、困った表情を浮かべながら両手を上げた。
「え、ちょ、ちょっと待ってよ。マジでわかんねーの?」
「そうやってまたとぼけるつもりですか?」
「とぼけるとかじゃなくて! ええと、ちょっとタンマ!」
「待ちません。キイチにも部活のみんなにも手は出させな──」
楓が札をかざそうとした時、尾崎は慌てて頭を庇いながら目を瞑って叫んだ。
「きょ、今日の朝飯ッ! 楓クンと八重花ちゃんの作ってくれた豆腐ハンバーグとわかめの味噌汁! あとサラダもッ!」
「は?」
突然朝飯のメニューを叫んだ尾崎に楓の目が点になる。一体何を言い出したのか疑問に感じた直後に、ようやく合点がいった。彼が本物の尾崎九兵衛ではないことに。
彼の正体に気づいた楓が、慌てて札を下ろした。
「ちょっ、と……マジで焦ったッスよ」
「す、すみません。その……完璧に尾崎先生だったから……」
フォローを入れながら謝罪を述べる楓を見て、尾崎は『いいよ』と笑って窓際に寄りかかった。よほど驚いたのか苦笑して胸を撫で下ろしているが、彼の演技力──もとい変化力に驚いたのは楓も同じだ。豆狸という妖怪は、いつも見慣れたあの姿にしか変化できないものだと思い込んでいたのだから。
「オレはさ、尾崎九兵衛って教師が死んだことにはしたくないわけ。ちょっと不真面目なとこはあったけど、教え子には真摯に向き合おうとしてた。それは、『日熊先生』に憧れた尾崎九兵衛がなりたかった教師像なんじゃないのかな……って。全部勝手な想像だけどね。最期まで教えてくんなかったんだもん」
尾崎が自嘲気味に笑って瞼を伏せた。その言葉には、彼が尾崎九兵衛へ向けた複雑な感情が含まれている。いつも彼を見てきた楓には、それが何となく分かった。
「でも、バレー部の顧問も生徒指導も尾崎先生の代わりもするなんて……もし過労で倒れたら、怒りますよ」
淡々と呟く楓の表情は暗い。そっけない声色の裏側にある優しさを、彼が幼い頃から知っている尾崎は悪戯っぽく笑った。
「心配してくれてアリガト。でもさ、オレだって楓クンみたく成長してんだぜ? 一日二回の変化が出来るようになったんだもん。その後もたくさん練習したし」
自信に満ちた笑顔に楓が何かを口にしようとするが、尾崎は楓の腰に腕を回して引き寄せてくる。
「ほら、楓クンも奉仕活動頑張んなよ。それともオレと一緒に誰も居ない部室でイケナイことでもする?」
「そんなところまで真似しなくて良いでしょ」
所作どころか人格までコピーするその完璧すぎる変化に舌を巻いて、楓が尾崎の胸を押しのける。
「お望み通り綺麗にしてきますよ」
汗ばむ軍手をしっかり嵌め直しながら部室を出ていく楓の背中へ、尾崎がヒラヒラと手を振る。去年よりもずっと頼もしく見える背中を見つめる彼の眼差しは、親が子供を見つめるように優しかった。




