【春の風、桜さくらと転がして】2
その少年の浮世離れした美しさに、一同言葉を失った。キイチは楓から視線を離してオカルト研究部一同を見たが、すぐにまた完全に沈黙した楓を見下ろす。
「き、キイチ、何で……」
キイチは甘えるように楓にしがみついてくるが、楓の顔があまりにも驚いていることに気づくと、不思議そうに首を傾げた。
「今朝言わなかった? ボクも東妖高校に通うことにしたの。八雲も許してくれたし、柊も良いよって言ってくれた。でも先生の話長すぎだよ。早く兄さんに会いたかったのに」
無邪気に答えるキイチに、楓はまだ現実を受け止められないのか、冷や汗を流しながらキイチを引き剥がす。目の前で短いスカートがひらひらと揺れた。
「いや、聞いてないし! 帰って八雲さんに聞くとして、お前……男なのに何でそんな格好を……」
「ずっと和服だったから、ズボンは足が窮屈でしょ? こっちのほうが動きやすいよ。兄さんもスカートにしたらいいのに」
キイチは無垢な眼差しで答えた後、もう一度楓の首筋にしがみついて頬を擦り寄せると、そのままの姿勢で部員たちに自己紹介をした。
「ボクは──そう、鬼道キイチ。兄さんの親戚。そういう事にしろって八雲が言ってた」
胡散臭い自己紹介をしたキイチの意識が、ある一点を見たことによって逸れる。『あっ』と声を上げてハクを指したキイチは、ようやく楓を解放して言った。
「この前は怖い思いをさせてごめんね。でも君の正体は誰にも口外しないって八雲が──」
「言ってる! 言ってるだろっ! ハク先輩に向かって指をさすんじゃない!」
すかさず叱られたキイチはどことなく不満そうにしていたが、すぐにケロッとした顔で楓の腕に抱きつく。思いがけない新部員の登場で急激に疲れてしまった様子の楓が円卓に突っ伏す。もはやため息しか出てこない。そんな楓を気遣ってか、ハクがスクールバッグから取り出したチョコを渡した。
「賑やかになっていいじゃない。疲れた時は甘いものよ、楓くん。宿儺くんも食べる?」
「……いや、自分はお構いなく」
宿儺と呼ばれた新入部員の少年は、ハクの誘いを断って金髪を指で弄っていた。
「その失礼な奴の分も、ウチが貰っちゃっていいですか〜?」
「ふふ、どうぞ」
ハクからチョコレートを受け取った琴三は、それを口に入れる振りをして宿儺の口に放り込む。
「うッ!?」
「あれれ〜? まさかセンパイのチョコレートを吐き捨てたりしないですよね〜?」
「あ、あのね琴三ちゃん……これは私が作ったんじゃなくて……」
突然の暴挙に出た琴三に驚いて、ハクがおろおろと双方を見た。突然チョコレートを放り込まれた宿儺は口を押さえたまま小さくむせていたが、口内で溶け始めるチョコレートを味わっていくうちに意外な表情に変わった。
「……このチョコ、日本酒使ってるんですか?」
少し嬉しそうに宿儺が尋ねる。自分が褒められているようで気分がいいのか、楓はチョコを口の中で溶かしながら少し得意げだ。
「ハク先輩はお菓子作りが上手いからな」
「う、ううん、違うの。さっき話した新入生の子でね、プロ顔負けでお菓子作りがすごく上手なの。お家が和菓子屋さんなんですって。あんまりおいしいからみんなにも食べて欲しくて多めにもらっちゃった」
口の中のチョコレートを味わいながら、宿儺が『和菓子屋』と感動したように呟く。琴三はちょっと不満そうに唇を尖らせた。
「ちっ! つまんない奴」
「チョコレートはまだあるわよ、琴三ちゃん」
「きゃっ! ハク先輩だーい好き☆ ウチ、お酒が入ってないやつが良いなぁ〜」
琴三は嬉しそうに大喜びをして宿儺を押しのけた。そのあからさまな態度の変わりようにゴウがこっそりと宿儺に声をかける。
「宿儺……とか言ったか? 三毛を怒らせるようなことしたのかよ」
「……多分、さっきちょっとやらかしたみたいで」
宿儺はチョコレートのおかわりを貰いながら苦笑気味に答える。
「そんなに気に入った? 新入部員の子にお礼を言っておかなきゃね」
長身に金髪という派手な見た目に反し、よほどチョコレートが気に入ったらしい宿儺を見てハクも嬉しそうに微笑んでいる。
「そーだ。RAIIN、交換しとこーぜ」
ゴウの申し出に、宿儺と琴三、そしてキイチがスマホを取り出した。
「この部活っていきなり休日に呼び出しくらうからよ……」
「人聞きが悪いわね。怪異が休みをくれないの」
レンはどこか得意げにチョコレートを口に放り込む。一連の話を聞いていたキイチが上目で楓を見た。
「怪異って、妖怪のこと?」
「そうだよ」
「じゃあ妖怪退治をする部活なんだ」
キイチは楓の腕にしがみついたまま納得したように呟く。そして何を思ったか、楓に顔を寄せた。
「兄さんの手伝い、ボクも頑張る」
至極自然な流れで楓の頬にキスをするものだから、ハクはもちろん、琴三も目を丸くした。
「早速部の風紀を乱さないでちょうだい」
青筋を立てた部長の厳しいツッコミが入る。
新学年となって部員が増えたのは良い事だが、来年この部を纏めるのは一人しか居ない。
その重責からか、はたまたキイチに振り回されて疲れたのか、楓がもう一度ため息をついたその時だった。突然部室の扉が開く。春の風に乗って、この場には不釣り合いな香水の香りが彼らの鼻腔をくすぐった。
その扉から顔をのぞかせたのは、彼らにとって──特に楓にとって最も意外すぎる人物。古御門家で死んだはずの尾崎九兵衛だったのだ。




