【青蛙神の育て方】2
鬼道柊という男は、毎日その日を気ままに暮らしながら楽しく生きる元陰陽師だ。陰陽師としての生まれ持った才能だけでなく、巧みな話術で幾多の妖を周囲に侍らせ、全盛期の柊は現世の鬼道澄真と呼ばれた。
そんな彼も歳を重ね、四捨五入すればアラフォー。収入は無い──いわゆる無職。しかし彼の周りには何故か人が集まり、鬼道家を助けてくれた。それは柊の人柄がそうさせているのだと、楓は知っている。しかし──。
「何をしたらこんなに景品が集まるんだ? 金券まであるし……」
「いや〜、たまたまふくびきをやってたらつい当たっちまって。それを元手にちょいとスロットを……なあ、ハル!」
ハルはよく分かっていない様子でこくんと頷いた。
「未成年はパチンコ屋に入れないんだが」
「まあまあ! 映画のチケットもあるからハクちゃんと行ってこいよ」
「なっ!? は、ハク先輩と……!? そんな……恋愛映画なんて、へへ……」
疑わしい目を向けていた息子はあっさり陥落した。あまりにもあっけなさすぎて心配になるほどだ。柊は金券をポケットにねじこみながら、これを換金したら最後にしようと心に決めた。
そう思いながら、柊は次の日もハルを連れて街を散策する。ハルの力は徐々に増しているようだ。それは数百円の金券から、迷子を警察に保護した謝礼のメロン、ふくびきの景品も低反発枕、ゲーム機、高級フルーツゼリーの詰め合わせ、お米食べ比べセットと高価なものになっていく。そしてとうとう……。
「財布を拾ってくれてありがとうございます。これ少ないんですけど謝礼です。三十万円」
親切そうな老人が差し出したのは、たった今銀行から下ろしたばかりの札束だ。柊は完全にハルの能力にハマっていた。恐ろしいくらいに運を引き寄せるハルの力に恐怖すら感じる。
パンパンに膨らんだ財布を尻のポケットにねじ込んで意気揚々とハルを連れて歩く。ハルは黙って柊の後を歩きながら一生懸命アイスを舐めていた。
「青蛙神最高〜」
軽い足取りで闊歩する柊の目の前に、突然胸板の大きな男が立ち塞がった。両手に紙袋を提げた大男、日熊大五郎だ。
「貴様、ハルを悪用したな」
「悪用なんてしてねぇよ。パチ屋行ったら今日は終わりにするぜ?」
悪びれもしない親友の態度に呆れて、日熊は仁王立ちのまま大きなため息をつく。
「青蛙神の力に頼るなと言ってるんだ。ハルはまだ赤ん坊なんだぞ」
「いいじゃねえか。小さい時からこうやって教育して立派な妖怪にしてやるんだよ」
柊は満足そうに笑いながらハルの頭をぽんぽんと叩く。何故頭を撫でられているのかよく分かっていないハルは、目を瞑って気持ちよさそうに『ケロ』と鳴いた。
「お前は青蛙神の恐ろしさを知らないんだ」
まるで怖がらせるように、日熊が据わった目をしてぼそりと言う。
「恐ろしさって……ガキじゃあるまいしその程度でビビるわけねーだろ」
「ひとつ昔話をしよう」
可哀想なものを見るような目で苦笑している柊の前で、仁王立ちしたままの日熊が言った。柊よりも多少なりとも長生きをしてきた妖怪、豆狸が耳にした昔話──。
その昔、貧しい男が一匹のカエルを救った。路肩で干からびそうになっているカエルに水を一杯かけてやったのだ、カエルはみるみるうちに生気を取り戻すと、すぐに池に飛び込んだ。
その日は、嵐だった。びゅうびゅうと風の吹き荒れる晩、男の元に酒壺を抱えた痩せ細った女がやってきた。一晩泊めていただけませんか、と女は小さな声で言う。
俺の家は雨風は凌げるが、飯は食わせてやれない。
そう言ったが、女は飯はいらないと言う。かわいそうに思った男は女を家に泊めてやった。嵐は次の日も、その次の日も続き、女は男の家に泊まり続けた。二人が夫婦になったたのは、長い嵐が明けた後の事だった。
女と夫婦になった日を境に、男の周りには自然と金が集まるようになったのだ。
「いい話じゃねーか。めでたしめでたし」
なあ? と柊がハルを見下ろす。ハルは無表情で首を傾げた。日熊は『まだ話は終わってない』と叱責する。
男はどんどん金持ちになっていく自分に恐怖を感じたが、すぐにどうでも良くなった。今よりもっと金が欲しくなってきたからだ。もっともっと、都で一番の金持ちにならなくては。
金遣いの荒くなる男の傍には、やがて悪い友人が付き纏う。その内、男は友人に騙されて高額の借金を背負うことになってしまった。
以前と同じ生活に戻ってしまった男に女は、貧乏でも二人で居られたらそれでいいと言って微笑んでいたという。
しかし、一度生活水準が上がった男が元の生活に戻ることは出来なかった。何としてでも金が欲しい男の家に訪れた友人は『あの珍しい酒壺を売れば金になる』と言った。それは、女が初めて出会った嵐の晩に大事そうに抱えていた酒壺のこと。なるほど、これならば確かに、と男は思った。
どうかこれだけは売らないでくださいと泣いて訴える妻に、男は酒壺を奪い取ってしまった。せめて嵐が止むまでは家の中にいるべきですと忠告する女の声に耳を貸さず、男は酒壺を抱えて質屋に向かって走る。強い風の吹き荒れる嵐では視界が悪く、いつも見慣れた道は雨でぬかるんでいた。
その時、ずるりと手から酒壺が滑り落ちてしまう。酒壺はコロコロと道をころがって、近くの池にドボン、と沈んだ。慌てて酒壺を取ろうとした男も、池の中に落ちて溺れ死んでしまった。やがて季節が巡り、男の死んだその池からは足の三本生えた蛙が住み着くようになったという。
「金に目がくらむ気持ちは妖怪の俺にも分かる。一応公務員だからな。だが友達には、そんな生き方をして欲しくない。いずれその男のようにバチが当たるぞ」
「う……」
柊は何も言い返せず言葉に詰まった。そんな柊の袖をハルが無邪気に引く。
「ふくびき」
ハルが指した先には、特等百万円が当たる豪華なふくびきが行われていた。一回五千円で必ず豪華な商品が当たるという。甘い言葉に乗せられて、柊は顎髭をさすった。
「そうだなァ、あと一回くらいなら……」
その言葉と共に鞭のようにしなった何かがバチィンと大きな音を立てて柊の背中に命中する。
「バッッッカじゃないの!」
呆れ果てた顔をして腰に手を当てた小さな少女が柊を見下ろしていた。柊の背中を叩いたのは彼女が操る鞭のような枝だ。
「つ、椿の姐さん……」
「大五郎、アンタも勝手にうろちょろしないで。今日は一日荷物持ちって約束でしょ」
椿女はそう言って洋服の入った紙袋を日熊に突き出した。紙袋を受け取った日熊は、伸びている親友を憐れむように見下ろしてからハルの目線と合わせるように屈む。
「お前は赤ん坊だから、善も悪もまだ分からんだろう。だが、お前の力は人を不幸にするために使ったらいかん」
ハルは目をぱちぱちさせながら日熊を見つめた。言葉の意味が理解できないのか、少し眉根を寄せている。日熊はハルの頭を優しく撫でた。
「言われたことを素直に聞く……それだけが正しさじゃない。お前にはきちんと世の中を見極めて育って欲しいと、雨福も良く言っていた」
ハルは少しだけ首を傾げたが、やがて大人しく日熊の服を掴んだ。器用に片手でスマートフォンを操作する。
『僕、良い妖怪になりたいです(`・ω・´)』
日熊は笑ってハルの頭を撫でた。
「お前も買い物をするか? 何か買っていったら楓も喜ぶぞ」
『先生が喜んでくれるなら行きたいです!( *´꒳`* )』
「そうねー、どうせお金はいっぱいあることだし」
「おいこら、俺の金……」
「アンタのじゃない。この子のおかげで手に入ったお金でしょ。ホント厚かましい男」
椿女は柊の額をバチンと指で弾くと、財布を手にしてさっさと歩き始めた。
「せっかくだからランチでも食べましょ。私サーロインステーキが食べたいんだけど」
「それなら七階にあったな……」
「おい俺の金」
「はい、決まりね」
椿女は満足そうに笑ってエレベーターのボタンを押した。開いた扉の向こうでは少年と少女が微妙な距離感で固まっている。
「あら久しぶりね、鬼原ハク」
椿女はニコリと笑って柊の耳を引っ張りながらエレベーターに乗った。
「冬物の服を買いに来たの。あなたたちは?」
「映画を見てたんです。楓くんがチケットをくれて……見れてよかった。ね、楓くん」
ハクはそう言って小さく鼻を啜っている。椿女は意味深な顔をして柊を睨むとすぐに穏やかな表情で語りかける。
「じゃあランチはこれから?」
「はい」
ハクが楓と顔を見合わせて頷くと、椿女はハルに目配せをした。ハルは日熊から離れて楓の傍に行き、もそもそとスマホを弄り始める。
『先生! サーロインステーキが食べられるらしいですよ!(*´▽`*)』
「サーロインステーキって、そんな金がどこに……」
楓が小さな声でハルをたしなめる。助け舟を求めるように日熊をチラリと見ると、椿女の荷物(恐らく冬物の服や靴だろう)を両手に抱えた日熊が答えた。
「金は全て柊が出してくれるから問題ないぞ」
「お、お前らさぁ……二人してこの柊様に恨みでもあんのか!」
「ありまくりよ、バーカ」
柊が何か言おうとしていたが、そのたびに椿女にしばかれていた。呆れた顔でため息をつく楓の傍らでハクが微笑む。
青蛙神とは、とても縁起のいい福の神である。まだまだ小さなその神も、これから鬼道家とその周りの人達に幸福を与えることだろう。




