【青蛙神の育て方】1
青蛙神とは、とても縁起のいい福の神である。青野雨福という男は、その日その日を気ままに暮らしながら人間社会で生きる妖怪だ。
彼には愛してやまない子供がたくさんいる。その中の一匹が、ハルと名付けられたカエルだ。ハルは他の子供たちよりひとまわりもふたまわりも小さな体をしていたが、その瞳は満月のように丸く、ころんと見せた腹の色はまるで羊脂玉のように美しく艶めいている。かわいい我が子を託すなら、鬼道家の陰陽師をおいて他に無いと雨福は思っていた。
両生類である彼らは今、冬眠の時期を迎えている。何十年と人間社会で生きてきた雨福は冬眠対策もバッチリだが、ハルはまだ赤ん坊。うっかり冬眠していないだろうかと要らぬ心配をしてしまう。野生の青蛙神は体温を下げて冬眠するため、死んでしまう危険性もある。家の中で暮らしている分にはあたたかい格好をしているため問題ないはずだが、雨福は心配性だった。
最愛の子は今、人間社会を学びながらすくすくと成長している。傍に楓が居るなら、学ぶことも多いだろう。
「なのに何でお前と一緒に居るアルカ、柊!」
商店街の真ん中で男は叫んだ。ボロボロの履き潰したサンダルに、でっぷり太った腹を強調するようなモコモコのニットを着た男、その名を青野雨福と言う。
対して目の前に居るのは、高校生の子供がありながらいつまでもちゃらんぽらんな生活スタイルを続ける男、鬼道柊だ。柊とお揃いの革ジャンを着てマフラーをぐるぐるに巻いたハルが、雨福を見て怪訝そうに首を傾げた。
「……何者?」
「ハルくん!? 何者じゃなくてパパ! ワタシが! パパアルヨ!!」
「ぷぷっ……」
思わず柊が噴き出してしまう。狼狽える雨福の周囲で、通行人が明らかにひそひそと話し始めている。ハルは柊の顔を見上げて少しだけ不思議そうな顔をすると、スマホを両手で操作した。
『冗談です!⸜( ˶'ᵕ'˶)⸝息災でしたか、お父さん( *ˊᗜˋ)ノ』
スマホから聞こえる機械音は、雨福のことをきちんと父親だと認識しているようだ。雨福は心底安堵して全身でため息をついた。
「はあ……寿命縮むアル。何でお前とハルくんが一緒に居るアルカ」
「何でってそりゃ、ハルに世間を教えてやってんだよ」
柊が意地悪に笑う。その顔は憎らしいくらい昔と変わっていない。雨福はあからさまに嫌そうな顔をした。
「ハルくん、この男に変なこと教わってないアルカ? コイツは昔っから! 本当に! ろくな事教えないアルヨ!」
慌てて、息子が不良の道に走っていないか確認する。ハルはぼーっとした顔をして雨福と柊を交互に見つめると、長い沈黙の後にぽちぽちとスマートフォンを操作した。
『大丈夫ですよ( ◜ω◝ )و』
「何アル、今のすげぇ長い間は……。やっぱ悪いこと教えてるアルカお前ぇ!」
親の仇でも見つけたような剣幕で雨福が食ってかかる。しかしそれを難なくかわした柊は、口笛を吹きながらハルの肩を抱いて体を背けた。
「ハルー、あのふくびきやって帰ろうぜ」
「承知」
後ろで心配そうな顔をしている雨福を尻目に柊がハルを商店街の福引屋の前に連れていく。そこには胡散臭い顔をした若い男性店員が立っている。
「いらっしゃいませぇ〜、ふくびきは一回五百円になりま〜す」
「ハル、やってみろ」
ハルはこくんと頷くと、おもむろに取っ手に手を添えてカラカラと回し始めた。やがて、小さな緑玉がころりと転がってくる。
「おッ! おめでとうございま〜す! 大当たりですよ〜! 三千円分の商品券を差し上げま〜す!」
店主が元気な声でベルを鳴らしながら祝福する。しかし柊はどこか不満そうだ。福引の景品一覧が記載されたポスターを熱心に見つめている。
「そんなにエアコンが欲しかったアルカ? それともゲームソフト……」
「雨福、ちょっと回してみろ。お前の金でな」
「ええ……? まあ良いアルが……」
雨福は怪訝そうにしながら五百円を店員に払い、取っ手をゆっくりと回した。やがてコロコロと音を立てて出てきたのは白の玉だ。
「トイレットペーパーアル! いや〜、ちょうど買いに行こうと思ってたアルヨ。助かるアル〜!」
雨福は嬉しそうにトイレットペーパーを受け取っている。柊は顎に手を当てて考え込んだ。
青蛙神は福の神だ。傍に居る者に福をもたらす、金の神。そして、柊は若い頃の雨福を知っている。彼が非常に運の良い男であることも……。
「ハル、もうちょっと散歩しようぜ」
柊はハルの肩を抱いていそいそとその場を離れていく。残された雨福は、トイレットペーパーをビニール袋に詰めながら嬉しそうに鼻歌を歌っている。そんな雨福を良いカモだと思ったのか、店主は辺りをキョロキョロと見てから言った。
「良ければもう一度回していきません?」
「へっ?」
「ちょうどお客さんたちも捌けてきたんで。トイレットペーパーなら何個あっても腐らないでしょ」
ニヤ、と店主が笑った。それもそうかと納得した雨福は、『店主の好意』でもう一度五百円を払い、ふくびきに挑戦することになる。穏やかな表情でゆっくりと抽選器を回していく雨福の目の前で、カラカラと音を立てて落ちてきた玉は金色だった。
「はあ!? そ、そんな馬鹿な……」
「ケロ?」
不思議そうにしている雨福とは真逆に、店主の表情が引きつった。出るわけがないのだ。抽選器の中身は三千円分の商品券ひとつ。残りは全てトイレットペーパー。たったひとつの特賞を除いて。その特賞も、わざと出ないように抽選機に細工をしてある。抽選機内部に貼り付けたセロテープで金の玉を固定しているのだ。特賞など、出るはずがなかったのに。
「と、特賞五十万円……おめでとうございます……」
青蛙神は、福の神である。子供のハルも当然、同じ力を持っている。それは運を引き寄せてしまう力だ──。
「何だこれ」
鬼道家の若き当主、鬼道楓は帰宅した父とハルを見て目を丸くした。出かけた時は手ぶらだったその両手には、大量の袋。大きなテディベアのぬいぐるみを抱き抱えたハルは、楓の顔を見ると『妈妈』 と言って近づいてくる。その顔は少し満足そうだ。
「景品だよ、景品」
柊はそう言って、悪戯を思いついた子供のように笑うのだった。




