【少女のためのエチュード】1
「カトリーヌ、今日こそ部活に来なさいよ!」
生徒用玄関で仁王立ちした尊大な態度の部長、高千穂レンに行く手を阻まれた小鳥遊香取は、分厚い牛乳瓶底眼鏡をわざとらしくかけ直す。
「実は溜めている深夜アニメがありまして、心苦しくも拙者、今すぐ城に帰らねば──」
「それ先週も聞いたわ」
鋭い指摘に、うっと香取が言葉を詰まらせる。オカルト研究部の部長として、はたまた嘘や冗談が通用しないほど深い仲である幼馴染として、レンは語気荒く香取を壁際へと追い詰めた。
「あなたね! 我が部の存続と! いつでも見れるネージュたん! どっちが大事なのッ!?」
香取はレンの剣幕に耐えかねて鞄で顔を隠す。そりゃネージュたん、などと口にしたら最後──更生するまで解放してもらえないだろう。時折、帰宅部の生徒たちが香取をちらりと見て同情的な視線を送っていた。
「……ね、ネージュたん不足で目眩がしてきたっ……だから今日は本当に無理! 勘弁でござるぅ……」
わざとらしくか細い声を出して両手を合わせる。レンは不満そうに鼻を鳴らして胸の前で両腕を組んだ。
「私も鬼じゃないわ。そこまで言うなら大目に見てあげる。新入部員募集の原稿を作ってきたらね」
「人遣い荒すぎませんこと……?」
「それも部員の立派な仕事よ! ラフは出来てるんだから優しいほうじゃない!」
レンはそう言って、手書きで乱暴に書かれた非常に分かりづらい原稿のラフを香取に押し付ける。拒否権は、例え幼馴染であろうと無い。香取は眼鏡の下で眉を寄せながらしぶしぶ了承した。
(人使いが荒いんだから……)
殴り書いたようなラフを見ながら香取が生徒用玄関から出ていく。下校する生徒もまばらになってきた校門の傍では、腕を組んだ生徒指導の日熊大五郎が立っていた。日熊は、小鳥遊香取の事情を知る数少ない人物だ。日熊は香取の姿を確認すると、部活に出ない彼女を叱るどころか気遣う様子を見せた。
「ちゃんと、眠れているか?」
その言葉には様々な感情が含まれている。香取は眼鏡の奥で笑った。
「先生は冬眠の時期? ちょっと丸くなってきたかもしれませんのう〜」
「な、何ッ!?」
慌てて自分の下っ腹をさすっている日熊のリアクションがおかしくて、香取はあははと笑った。日熊大五郎をよく知る生徒の中でも、彼に冗談を言える者は少ない。小鳥遊香取はその中の限られた一人だ。彼の問いに答えることなく、ヒラヒラと手を振って普段通りに振舞う。
「楓くんによろしく、先生」
モデルとして、陰陽師を若年層に認知させたアイドル的存在でもある彼女はモデルと女子高生、二つの顔を使い分けて日々多忙な日々を送っている。遠方で応援してくれる父のためにも、仕事に妥協はしたくない。そのせいで部活に参加出来ていないのが少々後ろめたくもあったが。
ハロウィン騒動の後、直ぐに仕事が忙しくなってしまい、部活に顔を出すことが出来ない日々が続いた。ハクからのRAIINで、冥鬼の具合が思わしくないことは聞いている。何か力になれないかと思うが、彼女に術は使えない。
母の実家ならば何か分かることもあるだろうが、父と自分を切り捨てたあの家とは関わる気がしなかった。
(アタシにも何か出来ることがあればいいのに)
ハクが誘拐された時から、ずっと香取の中にある焦り。強くなりたいという気持ちは、日に日に強くなっている。
けれど彼女が思っている以上に霊力の扱い方は難しく、札に念を込めてもその力は散らばってしまい、一点に集中させることはできない。式神すら彼女には扱えない。運良く倒せたとしても、操ることは出来ないだろう。
「はあ……」
香取は自嘲気味に笑ってため息をついた。今日はCM撮影。早くスタジオに入り、打ち合わせをしなければいけない。
「気持ち、切り替えてかなきゃね」
幼馴染から押し付けられた原稿をバッグに仕舞いながら、香取はそう声に出した。




