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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
1部

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【美化活動】2

「えっ、えええ!? め、メイちゃんっ!?」


 突如変貌した冥鬼の姿を見たハク先輩の口からは、当然驚いた声が上がり、ゴウ先輩からは呆れたようなため息が聞こえる。


「せっかく黙っててやってたのに何やってんだにゃ……」


 ゴウ先輩のツッコミにも知らんぷりの冥鬼は、腰に手を当ててふんぞり返っていた。もちろん、手の汚れが服につかないように気を遣いながらだ。


「このオレさまがこんなに泥だらけで頑張ってやったんだ。褒美のひとつやふたつは妥当だろ? それだけじゃねえ、用が済めばいつだってオレさまはポイ。普段だって何の褒美もねーじゃん。それって不公平だと思うんだよな」


 冥鬼は日頃の不満をぶちまけるように一方的に告げると、唇を尖らせて僕を見つめた。


「冥鬼……家に帰ったらお仕置きだッ……」


 ようやく発言権を得た僕は拳をぷるぷるせながら口を開く。


「テレビのチャンネル権も渡さない! おやつは抜き!」

「は? 何でだよ」

「当たり前だろッ!こんなところで変身するバカがいるかッ! しかも僕の許可なく!」


 僕は目を丸くしている冥鬼を勢いに任せて叱りつける。相変わらずハク先輩は口に手を当てて驚いていたが、小鳥遊先輩は──別段驚いている様子はない。当然か、だってこの人は僕が陰陽師だって知ってるんだし。冥鬼についても何となく気づいていただろう。


「え、っと……楓くん、一体何が起きてるの……?」


 ハク先輩が不思議そうに問いかけてくる。

 不満そうに唇を尖らせる冥鬼と、説明を求めるように困惑しているハク先輩に挟まれる僕。


 やがて僕は観念してハク先輩にも話してしまった。冥鬼が人間じゃないこと。そして……僕が陰陽師であることを。

 もちろん陰陽師であることを告白するのは少し迷ったけど、変身した冥鬼を見てしまった以上ごまかすことはできない。さすがに手品です、だなんて言えないし。嘘をついて後々苦しい思いをするくらいなら、僕は全て話してしまえと思った。


「陰陽師に式神……かあ。楓くんってすごい人なのね。それにメイちゃんも」


 ハク先輩は目をキラキラさせながら僕たちを見つめると、冥鬼の髪を優しく撫でる。

 冥鬼はハク先輩に撫でられて悪い気はしないのか、赤くなった顔でそっぽを向いた。


「う、うるせーよ。誰がメイちゃんだ」

「冥鬼、ハク先輩に反抗的な態度は止めてくれ」


 たしなめるように冥鬼を注意すると、冥鬼はさらに不満そうに頬を膨らませてしまう。

 そんな僕を見てハク先輩が眉を寄せながら冥鬼の頭を撫でた。


「楓くん、頑張ってるメイちゃんになんてこと言うの? ご褒美くらいあげたらいいのに……」


 なんと。ハク先輩は冥鬼の味方をするようだ。冥鬼はパッと顔を輝かせてハク先輩を見つめ、ゴウ先輩と小鳥遊先輩はと言えば一斉に冷やかすような眼差しを僕に向ける。

 それはつまり全員僕が冥鬼にキスをしろって思ってるんだよな?

 何で、どうして僕が公衆の面前でこんなことをさせられなきゃならないんだ……。


「……目、瞑ってろ」

「きゃ!?」


 僕は先輩たちの視線に耐えきれず、断腸の思いで冥鬼の両肩に手を置く。すると、冥鬼はまるで女の子みたいな悲鳴を上げて僕を見つめた。

 さっきまでは威勢が良かったくせに、今は何故か勢いを無くして縮こまっている。くそ、縮こまりたいのは僕の方なのに。


「か、楓……? 何を……」

「うるさい。正体をバラしたお仕置きだ。こんなの契約違反じゃないか」


 強気にそう答えると、彼女は緋色の瞳を揺らしながら泣きそうな顔で言い訳を始める。


「お、オレさまは楓に褒めて欲しくて、悪気があったわけじゃ……」

「悪気が無かったならなおさらタチが悪い」


 ぐっ、と肩に力を込めると冥鬼の体が小さく震え始めた。


「お兄ちゃ……ごめんなさ……」

「謝れば許してもらえると思うのか?」


 冥鬼は身を縮こませて僕を見つめている。その姿はまるで親に叱られる子供みたいだ。

 普段は態度が大きいくせに、何でこういう時にしおらしくなるんだよ……。これじゃ、まるで酷いことをしてるみたいだ。


「冥鬼、僕は別に本気で怒ってるわけじゃ……」


 ないんだぞ、と言いかけた時だった。


「この展開、オマエが押し付けてきたアンソロジーで見たにゃあ……」

「ふかづめきょうすけ先生の描いた、モブレイプされるネージュたんのエロ漫画ですね。嘘の痴漢をでっちあげるネージュたんはビッチ臭くて解釈違いなんですけど強気なネージュたんがだんだん、ごめんなさい許してくださいっ! って懇願し始めるのがたまんなくて。続編の満員痴漢電車も最高なんで今日持ってきてるから貸しますよ」


 呆れた顔のゴウ先輩が呟いた言葉に被るようにして小鳥遊先輩が早口で捲し立てる。というか先輩、キャラ忘れてますけど……。

 僕は聞かなかったことにして、改めて冥鬼の肩を掴む。


「お……お前は小さい子供じゃないんだ。いい事と悪いことの区別もつかないようなら、お仕置きが必要だろ?」

「お仕置きキタコレ!」


 僕がなるべく優しく問いかけると同時に小鳥遊先輩が小声で歓喜の声を上げる。

 イマイチ締まらないが……ツッコミは入れないぞ。

 冥鬼は相変わらず、不安そうに僕を見つめていた。彼女が本気になれば僕の拘束から逃げることができるはずだ。だけどそれをしないのは……叱られ慣れてないからだろうか? 一応こう見えて冥鬼はお姫様だし。たとえ普段がガサツで怖いもの無しで俺様な女の子だとしてもだ。


「お仕置き……やだよぅ……」


 冥鬼の口から不安そうなか細い声が漏れるが、別にこっぴどいおしおきをするつもりはない。本気で怒っているわけじゃないし、ご褒美が欲しいと言ったのは冥鬼のほうだ。

 僕は彼女の帽子を取ると額にかかる前髪を払い、露出した色白の肌に軽く唇を寄せた。


「んぅ」


 冥鬼の鼻にかかった小さな声が聞こえて、外野からは歓声が上がる。かなり気はずかしいので、僕はすぐに冥鬼から顔を離した。


「……こ、これでいいですか?」

「うんうん♡ 楓にゃんは鬼畜攻めの素質がありますねぇ」


 鬼畜攻めって何だよ小鳥遊先輩……。

 とりあえず僕のおしおきは済んだし、ハク先輩たちの求めるご褒美も終わった。

 僕は少しホッとしながら冥鬼から手を離す。


「……終わったぞ、冥鬼」

「あ……ぅ、うう……」


 冥鬼は耳まで真っ赤にして目をぐるぐるさせている。やがて冥鬼の体からは炎が立ち上り、いつもの幼い姿へと戻ってしまった。

 その変化に、またハク先輩が驚いた声を上げる。


「こいつは本来の姿がとんでもなく強いせいで、この世界ではほんの少ししか本来の姿で居られないんです。燃費が悪いって言うか」

「そうなんだ……本来の姿、っていうのがさっきのメイちゃんなのね?」


 ハク先輩は目を丸くして尋ねると、僕の腕の中で目を丸くしている冥鬼の頭を優しく撫でる。冥鬼はふにゃふにゃしながらハク先輩に手を伸ばした。


「ふふ……かわいい♡」


 小さな手を握られた冥鬼はすぐにハク先輩の存在に気づいたのか、恥ずかしそうに僕の肩に顔を埋めてしまった。

 そんな冥鬼をしばらく微笑ましそうに眺めていたハク先輩だったが、不意に手の甲で額を押さえる。


「だ、大丈夫ですか?」

「平気……ちょっと疲れちゃったみたい」


 ハク先輩は、ふうっと息を吐き出して笑う。ずっと休まずに花壇の植え替えをしていたんだから疲れるよな……。既にゴウ先輩なんかは疲労の色を隠そうともせずにペタンとしゃがみこんでいるし。


「じゃあ少し休憩にしませんか? おにぎりを作ってきたので」


 僕の提案にハク先輩は笑顔を浮かべ、冥鬼がはしゃいだ声を上げる。僕達はしっかりと手を洗い(とくに軍手を使わずに直接土いじりをしていた冥鬼は念入りに)、植え替えた花を眺めながらおにぎりを食べ始めた。

 この時のために早起きをしてよかった……。具も冥鬼が飽きないように、梅、おかか、ツナ、こんぶ、鮭を入れてある。


「うにゃ〜♡ エネルギー補給だにゃ……」

「ゴウにゃん、ほっぺにご飯粒がついてます」


 ゴウ先輩がまるで猫みたいにウニャウニャ鳴きながらおにぎりを頬張っている。そんなゴウ先輩の口元を自然な動作で小鳥遊先輩が拭う。そんな二人を見てハク先輩がにっこり笑った。


「ふふっ……香取ちゃん、いつもゴウくんと遊んでくれてありがとうね」

「ちげーよハク、オレはコイツに遊ばれてんの」


 ゴウ先輩が不満そうに唇を尖らせるが二人の仲は僕から見ても良さそうに見える。まあ、恋人同士と言うよりは姉と弟って感じなんだが。


「ゴウ先輩と小鳥遊先輩は仲が良いんですか? 幼馴染み……とか?」

「まさか。ゴウにゃんとカトリーヌは共犯者なのですにゃ」


 きょ、共犯者?


「誤解を招くようなこと言うんじゃねーよ。去年たまたまアニメの話で盛り上がって、そこからターゲットにされただけだし」


 ゴウ先輩は呆れたようにため息をついておにぎりを頬張る。しかしすぐに喉に詰まらせたらしく、絶妙なタイミングで小鳥遊先輩がペットボトルの麦茶を差し出した。


「ターゲットだなんて人聞き悪いですにゃ〜……ゴウにゃんみたいな二次元から飛び出てきたような合法ショタをこのカトリーヌがスルーできるわけないのですぞ♡」


 小鳥遊先輩はエヘへと笑ってゴウ先輩の頭を撫でる。ゴウ先輩はハイハイと聞き流しながらおにぎりを頬張っていたけど、その頬は少し赤くなっていた。

 そんなゴウ先輩に冥鬼が声をかける。


「ネコちゃんとカトちゃんはコイビトさんなの?」

「ないない。コイツは二次元にしか興味ないぞ」


 無邪気な子供の質問に、ゴウ先輩が肩を竦ませてみせる。遅れて、誰がネコちゃんだ、と冥鬼のおでこに軽くチョップしていた。

 すかさず、小鳥遊先輩がゴウ先輩に体重をかけるように肩を押し付ける。


「ええー? カトリーヌだって三次元の人間に興味ありよりのありですよー? もしかしてゴウにゃん、異性より同性のほうがお好きで?」

「はったおすぞ」


 まるで漫才のような二人のやりとりに、ハク先輩と僕はどちらからともなく吹き出してしまう。

どうやらその声を聞きつけたのか、部長が大股でやってきた。さりげなくハク先輩が冥鬼のツノを隠すように帽子を被せてくれる。


「こらそこっ! 何サボってるのっ!」

「ぶ、部長も食べませんか? おにぎり」


 そう問いかけると、部長は気の強そうな太い眉毛をつり上げてからワンテンポ置いて言ったのだった。


「──食べるわ!」


 そんなこんなでみんなの努力の甲斐もあり、花壇の手入れは大方終わりだ。花を植え替え、新しいプランターに移し、柵も綺麗にした。雑草も綺麗に取ったし、ミミズは冥鬼が張り切って土の中に入れていたからきっとフカフカの土になるだろう。


「休みが明けたら日熊の野郎、驚くぜ」


 雑草を大量に詰め込んだゴミ袋を手にしてゴウ先輩が満足そうに笑う。ハク先輩と冥鬼は談笑しながら花に水を上げていた。

 そんな中、小鳥遊先輩は焼却炉の傍で何やらぼんやりと立っている。僕に気づくと、大袈裟な仕草で手招いた。


「どうかしたんですか、小鳥遊先輩」

「楓にゃん楓にゃん、これを見てくださいっ!」


 そう言って示されたのはぽつんと佇む椿の木だった。ずいぶん古い木であるというのは素人の僕にも一目で分かる。小鳥遊先輩が指していたのは椿の木の根元に置かれた小さい石碑だった。


「これ、どう思います?陰陽師的に!」


 小鳥遊先輩が石碑を指す。そこには、掠れた文字で【椿姫】と書かれていた。


「きれーなおはなだね!」


いち早く木の真下に駆け寄ってきた冥鬼が大きな口を開けて木を見上げる。

僕は冥鬼の後に続いて木に近づくと、石碑の掠れた文字を指でなぞった。


「椿姫か……この木には古椿の霊が宿っているのかもしれない」

「ふるつばき?」

「古い椿の木には霊が宿ると言われてる。きっとこの石碑は椿姫を慰めるためのものじゃないか?」


 そう告げると、小鳥遊先輩は小さく頷きを返して足元に落ちている椿の花を見つめた。


「さすが楓くん。やっぱり陰陽師ですね」


 今までふざけた口調だった小鳥遊先輩がトーンを落として告げる。


「……それを言うなら小鳥遊先輩も、ですよね?」

「にゃは」


 小鳥遊先輩は意味ありげに笑うと、地面に転がった椿の花を手に取って言った。


「……後でここも掃除しましょ。花がたくさん落ちてるし……椿のお姫様だって自分の周りは綺麗な方が良いに決まってますにゃ!」

「僕も手伝います」

「メイも! メイも!」


 小鳥遊先輩は、僕達の返事を聞いてニッと笑う。僕は、底抜けに明るい小鳥遊先輩と先日の気だるげな、近寄り難い小鳥遊先輩を照らし合わせて考え込む。

 本当にあなたは、あの小鳥遊先輩なのか。

 そう問いかけようとする前に誰よりも早く口を開いたのは小鳥遊先輩のほうだった。


「しっかし、この学校には石碑が多いですねぇ……いくら龍脈の強い場所だからってちょっと集まりすぎじゃないかにゃ〜?」

「え、他にも石碑があるんですか?」


 僕が問いかけると、小鳥遊先輩は頷きを返して答えた。


「ええ。ひとつめはこの椿の木の下、ふたつめは学校のプールなんですけど薄っぺらい石の板で出来た石碑が置かれてますね。噂では蛇の神様を祀ってるらしいけど……水神様か何かなのかも」


 そう言いながら、小鳥遊先輩は綺麗な椿の花を冥鬼に差し出して構ってくれている。


「蛇の神様……ですか」

「プール開きが近づいたら探索してみません? 楓にゃんが一緒ならイケる気がしてますにゃ!」


 甘えてだっこをせがむ冥鬼を正面から抱き上げた小鳥遊先輩がにっこりと笑う。

 僕は元気いっぱいの小鳥遊先輩に圧倒され、一番肝心な質問を聞けずにいた。

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