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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
3部

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【最弱陰陽師のスマホ】1

 季節は移り、十二月。

 何年も着ているために袖がほつれてしまっているコートを羽織って外に出た楓は小さく鼻をすすった。家で一番新しい服は学生服くらいのものだ。せっかく金があるのだから冬物の服でも買え、と豆狸はよく言っている。舐められないように毛皮のコートを買え、と柊も言っていた。しかし楓に言わせれば、破れていないからまだ着られる。長いこと貧乏だった彼にとって、贅沢は敵だ。


「楓くん、おはよう。待った?」


 鬼原ハクが声をかけてきた。毛玉ひとつないピンク色のワンピースコートに身を包んでいる。


「お、おはようございますハク先輩! 時間ピッタリです!」

「ふふっ、楓くんってば朝から元気なんだから」


 ハクは楽しそうに笑うと、楓の服装をまじまじと見つめた。


「楓くん、寒くない? 私のマフラー貸してあげる」


 そう言って、ハクは柔らかな白いマフラーを解いた。ぱちぱちと静電気が音を立ててハクの茶髪を揺らす。普段と違う香水が楓の鼻腔をくすぐった。


「は、ハク先輩!? そんなことしたらハク先輩が……」

「大丈夫、厚着してるんだから。それより楓くんが風邪引いちゃう」


ハクは楓の顔を覗き込むように優しく微笑んだ。普段と変わらないハクが普段よりもずっと大人っぽく見えて、楓はドギマギしながら喉を鳴らした。


「行きましょう、楓くん」


 ハクは自然な動作で楓の腕を引き寄せた。上結駅はすっかりクリスマスの雰囲気に包まれている。どこもかしこも視界に入るのは仲睦まじい恋人ばかりで、楓は落ち着かなそうに視線をさまよわせた。ハクが楽しそうに微笑む。


「楓くん、お腹空かない? どこかで食べて行く?」

「あっ、えっ? え、えーと……それなら……」


 楓はしどろもどろになりながらハロウィンの日に黒丸と行ったパンケーキ屋を指した。


「ここのパンケーキ、SNSで評判なのよ。一度来てみたかったの! 詳しいのね、楓くん」


 ハクは嬉しそうにショーウィンドウに並ぶパンケーキを見つめた。


「どれも美味しそう……でも、そんなに食べられるかしら」

「だ、大丈夫ですよ。ここのパンケーキは見た目ほど重くないんです。多分、女性でも……大丈夫……かと」


 しどろもどろになりながら楓が説明するのを真剣な表情で聞いていたハクは、やがて安心したように微笑んだ。


「楽しみ!」


 その眩しい笑顔を独り占めしている幸福感と、心臓がいくつあっても足りない気持ちでいっぱいになりながら、楓はハクと共に店内へと入る。すっかりデートの雰囲気だ。そもそも彼氏を買い物に誘ったのだから、間違いなくこれは恋人になって初デートだ。なるべく冷静なふりを装いながらも、楓はコートの下で汗をかきながらハクと共にテーブル席についた。


「楓くん、大丈夫? 暑い?」

「だっ、大丈夫です!」


 かつてハロウィンの時に来たパンケーキ屋では、あまりゆっくり楽しむことは出来なかった。あの時は古御門泰親との戦いの前で、心が緊張していたから。……シチュエーションは違うが、今も緊張している。


「見て、とっても大きい!」


 ストロベリーパンケーキを前にしてハクは嬉しそうな声を上げると、スマホを取り出して写真を撮り始めた。スマホを持っている者は、皆SNSに食べ物の写真を載せると聞く。きっとハクもSNSに載せるのだろう。楓は少し背伸びをして、飲み慣れないホットコーヒーを口にしながらその様子を見つめていた。


「なあに? 気になる?」


 ハクはスマホを構えたまま楽しそうに答える。楓は恥ずかしくなって視線をコーヒーに戻した。何となく砂糖を追加しながらしどろもどろに謝罪する。


「い、いえ……! こういうの新鮮で、何か……すみません」

「ふふっ……変な楓くん」


 ちらりと上目遣いで楓を見たハクがすぐにまた視線をスマホ越しのパンケーキに戻す。皿をゆっくりと移動させながら、色んな角度で撮影しているようだ。楓はそんなハクの表情をこっそり盗み見て表情を和らげた。


(やっぱり、可憐だ……)


 食事を終えて満足そうなハクに手を引かれながら、楓は幸せな時間を満喫する。周りを歩く恋人たちのように自分もハクに相応しいだろうかと不安になるが、目の前でハクが楽しそうにしているとそれだけで幸せな気持ちになる。叶うなら、永遠に今日が終わらないで欲しいと楓は思った。


「楓くん、聞いてる?」

「え? す、すみません……」


 いつの間に話しかけられていたのか、すっかり上の空だったことを詫びる楓にハクが苦笑した。


「だからね、楓くんはそろそろスマホを持った方が良いと思うの。もう高校生なんだから」

「で……でも、必要ないですし……」

「部活の連絡、いつもお家に電話するの大変なのよ?」


 楓は言い返せずに言葉を飲み込む。ハクは少し笑って『嘘よ』と言った。


「だけど……これから先、きっと必要になるから」


 その寂しそうな言い方に、楓は少し引っかかるものを感じる。けれど、すぐにハクに手を引かれた。


「だから行きましょう、楓くん」


 普段よりほんの少し強引なハクに背中を押され、楓は人生で初めてスマートフォンを購入するのだった。

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