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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
3部

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【木枯らしに舞い込む蜘蛛の足音は】3

 依頼を終えて鬼道家に帰ると、キイチが待ち構えていたかのように抱きついて出迎えた。パジャマ姿の冥鬼も一緒だ。


「よう。どうだった?」

「まあ……何とか。というか、本当に虫退治だった」

「兄さん、すごい」


 キイチは楓に良く似た緋色の瞳をキラキラさせて彼の胸に顔を埋める。


「お前だって陰陽師だろ」

「ううん、ボクそういうこと出来ないから。兄さんはすごいよ。ね、冥鬼」


 何かと怯みがちな楓の腕にキイチがギュッと抱きつきながら同意を求める。冥鬼は静かに瞬きをして笑った。


「当たり前だ。オレさまの主サマなんだからな」

「……冥鬼」


 少しだけ寂しそうな表情を浮かべている冥鬼を心配して、声をかけようとする楓をキイチが遮る。


「あのね、今日は兄さんと一緒のお風呂に入りたい。良いよね? 八雲も良いって言ってた」

「親父と入れば良いだろ」

「柊は嫌。兄さんが良い」


 鬼道家に来てからますます押しの強くなったキイチにタジタジな楓を見て冥鬼が笑う。


 そんな和やかな夕飯の席から離れた廊下で、ゆっくりと客間へと向かう影があった。体に煙草の匂いを纏わせた男。その無骨な手が襖を開けようとした時、襖の間から飛んできた銃弾が男の顔の横スレスレを掠めた。


「自動防衛だ。入ったら死ぬぞ、鬼道柊」


 部屋の奥から無愛想な声が聞こえてくる。


「何それ? 俺んちそんな物騒な仕組みだった?」


 柊は苦笑しながら無精髭を撫でた。室内から返事はない。


「うちの息子に仕事をくれて助かった。これで俺も心置きなく遊び歩けるってもんだ。ははは!」


 機嫌良さそうに笑った柊の目の前で、襖が少し動いた。

 呆れたような、少し疲れたような琥珀色の瞳が襖の隙間から柊を見つめている。


「父親失格だな」

「褒めんな。もっと言ってくれ」


 柊は笑って煙草を口に咥えた。


「俺はあの子に救われた身として最低限の借りは返す。だが、それはお前にも言えることだ」

「と言うと?」


 柊が問いかけると、襖から伸びてきたのは黒塗りの銃。その銃口が柊の眉間に向けられる。


「いい加減舞台に上がってこい。最強の陰陽師が、聞いて呆れる」


 静かな怒気を含んだ八雲の声に、柊は小さく笑った。


「俺に何をさせようってんだい? 迷子の子猫ちゃんでも探すか?」


 どこまでも挑発的な柊を、八雲は長い前髪の間から見える片目で見つめている。


「貴様は、既に答えを知っているんじゃないのか? だから俺たちをここに招いた」


 八雲の問いかけに、柊は薄ら笑いを浮かべたまま答えない。あくまでも傍観者であろうとする。そんな柊の心を動かす切り札を口にしようとした時、先に沈黙を破ったのは柊だった。


「くくッ──ご考察どうも。殺し屋やめて探偵始めたら?」

「茶化すな。お前は鬼道楓の父親であると同時に、キイチの父親でも──」


 八雲が銃を下ろそうとした時、その手首を柊が掴む。あえて彼の心の奥底にある禁忌(トラウマ)に触れたのだ。しかし、彼は怒ってすらいなかった。

 その血のように赤い瞳には、八雲が目に入れても痛くないほど大切にしているキイチの面影がある。どんな経緯があったにせよ、彼には陰陽師として、父親として子供を護る責任があるのだ。自分の役目から目を背けることは許されない。

 永遠と思えるほど続いた長い沈黙は、柊の笑い声によって破られる。


「そこまで知ってんなら、俺と何をすべきかも分かってんだよな?」


 長い前髪の下で八雲が何か言いたそうに口を開く。しかしそれを言葉にするよりも前に柊が言った。


「鬼は人を喰うたび強くなる。狐衾(こきん)ならなおさらだ。さぞ重宝されてたんだろ? 物好きなジジイ共にベタベタ触られてよ」


 今度は柊が八雲の禁忌(トラウマ)を抉るように言った。しかし、八雲もまた沈黙したまま怒る様子はない。

 八雲の出自は限られた者しか知らないが、彼の目の前にいる男は腐っていても最強の陰陽師だ。どこかでその言葉を耳にしたこともあるだろう。

 陰陽師には霊力を、妖には妖力を与えるためだけにつくりあげられた存在、狐衾。

 忌々しいことこの上ない力だが、そのおかげでキイチの命は保たれている。古御門泰親の呪縛から解かれた今、キイチの顔色がみるみる良くなっているのは狐衾である八雲が傍にいるからだ。


「まァ無理強いはしないがね。ついでに戦う予定もない。どうせなら楓にしとけよ。アイツにゃまだまだ稼いでもらわなきゃ困る。ただでさえチカラの使い方がなっちゃいねえんだ」


 いつの間にか柊の手は八雲から離れている。


「俺は最初からお前を指名している。鬼道柊」


 八雲は握ったままの銃を懐に仕舞った。柊が喉の奥でくつくつと笑う。


「──熱烈だな」


 そう言って向けられた視線は押し入れに向いている。そこには来客用の布団がひとつだけ。


「寝相は?」

「安心しな。超良い」


 癖のある髪を片手で乱しながら柊が自信たっぷりの返事をする。八雲は怪訝そうな顔をして、ため息混じりにネクタイを緩めた。

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