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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
3部

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222/435

【盆の月、遠ざかりゆく常夜華】

 肌寒い早朝のこと、鬼道家に二人の客人がやって来た。一人は鬼原ハク。そして眠そうな顔をした鬼原ゴウだ。ゴウは楓と目が合うと、欠伸を噛み殺しながら笑った。


「親父さんの退院おめでと。これ、バイト先のお裾分けだ」


 そう言って差し出されたのは黒猫のイラストがプリントされたクッキーだ。もちろん、彼らが会いに来た理由はそれだけではない。鬼原ゴウには常夜の王、豪鬼の魂が宿っている。癒しの力もある彼ならばきっと冥鬼を救うことができるとハクは思っていた。

 体調の思わしくない冥鬼を心配して、彼の表情からますます消えていく笑顔を取り戻したい。来年も元気な冥鬼と一緒に過ごしてたくさんの思い出を作りたい。彼女(ハク)に残された時間は限られているのだから。


「ふわ〜……」


 ゴウは欠伸をしながら背伸びをした。疲れが溜まっているのかしきりに欠伸を繰り返している。


「墓参りから帰ってきたら即テスト勉強だもんなぁ……ゆっくり惰眠を貪らせろっつーの。こちとら来年は受験生だぞ」


 一際大きな欠伸をしたゴウが小さな体を伸ばした。しかし、すぐに目尻を擦って赤い瞳をぱちぱちと瞬かせる。


「まあ、見て見ぬフリは寝覚めがわりーし……ダチが困ってるなら起こすしかねーよな」


 そう言ってゴウがついてくる。楓たちは、クッキーの箱を八重花へ渡して廊下の一角にある和室へ向かう。そこでは先日同様に冥鬼が寝かされていた。来客に気づいた冥鬼が手をついて上体を起こす。


「何だ、今日はネコちゃんも一緒かよ。部活か?」


 へらっと笑った冥鬼が問いかける。ゴウは唇を尖らせながら冥鬼の傍に腰掛けた。


「そう何度も部活があってたまるかよ。今日はオマエを診に来たんだ」

「オレさまを? はッ、どこも悪くねェのに?」


 その言葉に楓はおろか、ハクすらも沈痛な表情を浮かべている。その空気に気まずいものを感じ取ったのか、冥鬼が口元をひきつらせて笑った。


「おいおい……勘弁しろよ。湿っぽいのは苦手だぜ? ネコちゃんも何か言っ──」


 冥鬼の目の前で静かに瞬きをした男は既に鬼原ゴウではない。彼の体を通して、別の何かが冥鬼を見つめている。その正体が常夜の王であることを、冥鬼もハクもすぐに察した。ハクは遠慮がちに、ゴウの中にいる存在に声をかける。


「豪鬼さん、あの……冥鬼ちゃんをお願いします」


 豪鬼はハクを上目がちに見つめたが、すぐにゆっくりと冥鬼へと視線を戻す。豪鬼の体は紅い光に包まれ、ぼんやり輝いていた。豪鬼に見据えられた冥鬼が、緊張からか小さく喉を鳴らす。窓は締め切っているのに、部屋の中の掛け軸が風でパタパタと揺れた。

 やがて光は収束し、微かにゴウの体を発光させるまでに留まる。豪鬼は涼しげな表情をしていたが、唐突に楓を見上げて言った。


「甘味は?」


 突然話しかけられて楓が面食らう。長い間を置いて、豪鬼は呆れ顔で腕を組んだ。


「この家は客人に甘味も出さぬか。やる気なくすにゃー」


 豪鬼から据わった目が向けられる。その口調から、怒っている様子ではないのは明らかだったが、ハクが『さっきのクッキー』と楓に耳打ちする。


「あっ、ええと……すみません。クッキーで良ければ……」

「それでよい。ゆっくりで構わぬ」


 豪鬼の穏やかな口調は決して彼らに威圧感を与えるものではない。少しほっとした顔をして部屋から出ていく少年少女を見送った常夜の王、豪鬼は穏やかな表情で娘に向き直る。


「さて」


 その小さな手のひらから赤くあたたかな光が漏れて冥鬼を包み込んでいく。冥鬼は気持ちよさそうに瞼を伏せた。やがてその光は収束し、冥鬼の顔色も先程より血色が良くなっている。


「……うお、ダルくない! これでまた戦えるぜ! ありがと、親父!」


 冥鬼が大袈裟に両手を振り回して笑う。しかし豪鬼は笑わなかった。


「我に傷を治す癒しの力はあれど、失われていく力を現世に留めることは不可能だ」


 優しいけれど淡々とした父の言葉。冥鬼は引き攣った笑顔のまま、静かに布団に潜り込んだ。布団の下で、冥鬼が思い詰めた表情を浮かべている。


「……オレさまは、あとどのくらい持つ?」

「このまま何もしなければ半年……最長でも一年といったところか」


 冥鬼は『そっか』と言って瞼を伏せた。その声色に先程のような元気はない。

 やがて長い間を置いて、布団の中から呻くような声が聞こえた。


「楓とハクねーちゃんには、何も言うな」

「隠し通せるとも思わんが」


 豪鬼は、心配そうに部屋の中を覗いている黒猫を見て少しだけ微笑む。続けて、布団に頭からくるまっている娘を見下ろす。


「常夜に帰るつもりは? 療養期間としては、ざっと二百年から三百年ほどになるが」

「馬鹿言うんじゃねえよ」


 冥鬼は掛け布団を体に巻き付けながら言った。


「オレさまは、これからも楓の傍に居る。これからも、メイは、お兄ちゃんと一緒に居るって……」


 冥鬼はシーツを握りしめたまま、その言葉を口にすることがないまま眠りにつく。豪鬼の眼差しが娘を慈しむようなものへ変化した。そっと掛け布団から娘の顔を出して手のひらで頬を撫でる。


「白夜が現世に甦れば冥鬼(これ)の体が治る見込みもあるだろうに」


 深く眠りにつく冥鬼に、父は優しく語りかける。その名前に反応を示したのは黒猫だった。冥鬼の教育係である魔鬼にとって、豪鬼と白夜は彼の主君に当たる。


「貴様も娘に会いたかろう、白夜」


 豪鬼がぽつりと呟いた。何かを言いかける黒猫へと豪鬼が視線を向け、人差し指を唇に当てて『しーっ』と微笑む。二人分の足音が近づいてくるのが黒猫にも聞こえた。人数分の緑茶と菓子をトレイに乗せて楓とハクが廊下を歩いてくる。


「白夜様……」


 黒猫は、楓の後ろを歩いているハクを見て押し殺したような声で呟く。少女の中に眠る魂は、今日まで誰の呼び掛けにも応えない。深い悲しみが入り混じった黒猫の瞼が伏せられる。


 その後、冥鬼の容態については豪鬼の口から以下のように説明された。

 日常生活は問題なく行えるが、戦闘はさせないこと。食事は毎食とらせること。そして、どんなに忙しくても一日の内に一時間は冥鬼の傍に居てやって欲しいということ。出来れば、鬼原ハクも一緒であれば良い。


 彼らは二つ返事で了承した。

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