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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
2部

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210/434

【獣が鳴く村】1★

「まもなくですよ」


 男が穏やかな声色で告げる。車窓から見える景色は、都会の喧騒から紅葉した山々へと変わっていた。

 東京から新幹線で3時間弱、電車とバスを乗り継いで向かった先が彼らの目的地──。


「こ、れは……想定外だ」


 王牙(おうが)少年が呟く。彼らは、今まで古御門(こみかど)家に居たはずだった。狗神鏡也(いぬがみきょうや)によって何らかの攻撃を受け、彼らの意識は失われた。しかし今は列車の座席に腰掛けている。隣には目が覚めたばかりの牛蒡(ごぼう)が居て、眠そうにあくびをしていた。しかし、何故か彼にはこの景色に見覚えがある。


「ここはあなたにとっても馴染み深い場所です。と言っても今のあなたには聞こえていませんか……」


 狗神はのどかな田舎のあぜ道を一瞥して穏やかに告げる。その言葉で牛蒡は気づいた。狗神に操られ、連れ去られた後に何があったのか。これはその追体験なのだ。そして、彼にはこの景色に覚えがある。


「そうや、知っとるで。俺はここに来た。ここは──」

獣鳴村(ししなきむら)


 牛蒡が言いかけた時、それを口にしたのは王牙少年だった。


「なん……」


 どうして知っているのかと問いかけた時だ。


「お前も獣鳴村を知っているのか?」


 王牙少年が驚いたように目を丸くしていた。

 そこは小田原牛蒡が病弱な幼少期を過ごした場所。そして今年の夏に黒丸(こくまる)と訪れた田舎の村。


「ここは、私の故郷でした」


 穏やかな、それでもどこか楽しくなさそうな声で言いながら、狗神は耳に下げた勾玉のアクセサリーを指先で弾く。牛蒡と王牙少年は、目を丸くした。それっきり、狗神は窓の外を見つめて口を閉ざす。

 王牙少年は、牛蒡に目配せをして話を続けた。


「俺は幼い頃、獣鳴村に迷い込んだことがある。そこで命を救われたのだ」


 その話を聞いた牛蒡は、清純を警察署へ連れていった時、突拍子もない話をすんなり聞いてくれた彼のことを思い出していた。既に怪異に触れていたからこそ、王牙少年は妖怪の存在を信じてくれたのだ。


 山の下にある町は多少寂れてはいたが、過ごしやすそうな場所だ。牛蒡はかつての故郷を懐かしみながら、そして王牙少年は誰かを探すように辺りを眺めながら狗神の後に続いた。


「少々歩きます」


 狗神はそう言って町を通り過ぎて山道へと差し掛かった。そこには壊れかけた鳥居がぽつんと置かれていて、けもの道となっている。狗神は気にする様子もなくけもの道に入った。町の人間でも通らないような道無き道を歩きながら、王牙少年はかつて幼い頃に道に迷ったことを思い出す──。


 やがて彼らがけもの道を抜けると、そこにはまるで時代を遡ったかのような古めかしい村が広がっていた。どこまでも広がる田園風景に、大きな茅葺き屋根の家がぽつぽつと建っている。


「変わりませんね、ここは」


 狗神は独り言のように呟いてしっぽについた落ち葉を払った。

 けもの道からのどかなあぜ道へと入り、ぽつんと建つ古びた一軒家を横目に見ながら裏山へ続く石段を登っていく。狗神はゆっくりと振り返ると、広がる山々を指して言った。


「ほら見てください、山がよく見えますよ。烏天狗様もお好きでしょう」


 まるで観光気分のように軽い口振りで話す狗神の言葉に牛蒡が顔をしかめる。


挿絵(By みてみん)

「かつてこの村には天狗が迷い込んだという伝説があるんですよ。牛蒡様もご存知でしょうけど」


 牛蒡の目の前で銀色のふさふさとしたしっぽが左右に揺れる。ずいぶん機嫌が良いのか、はたまたお喋りなだけなのか、彼の舌は饒舌に回った。


「その天狗は人間の姫君と天狗の間に出来た望まれぬ子供でした。姫君の父は手下に命じ、その子を山奥に連れ出して両翼を切り落としたそうです」


 狗神が自分の腕を切り落とすようなジェスチャーをして実演して見せる。


「幼い天狗の子は人間によって傷つけられ、命からがらこの土地に逃げてきましたが……最終的に陰陽師によって封印されたんです。酷い話でしょう?」


 それは、かつて牛蒡が調べた話よりもずいぶん詳しい。家族のことを知らない黒丸に少しでも喜んで欲しくて調べ始めたものだったが、狗神の話は牛蒡が調べたものよりもずっと詳細で、そして残酷だ。


「その天狗は今もこの地に眠っているのでしょうねぇ。人間に深い恨みを残して」


 狗神はご機嫌な表情を保ったままゆっくりと石段を登っていく。


「鬼を屠った烏天狗と人間の姫君の子──鬼に立ち向かう天狗なんて珍しいでしょう? 彼らは山で暮らしていますから、わざわざ都に下りてくることはありません。誰かに使役されていない限りはね」


 意味ありげに笑った狗神が牛蒡の反応を待つように沈黙する。恐らくその『鬼を屠った烏天狗』を使役していたのは鬼道澄真(きどうとうま)だろうと牛蒡は推測した。彼の知る限り天狗を使役しているのは鬼道の者しか想像できない。

 狗神の言う通り、本来天狗は山で暮らしているため人前に姿を現すことはないし、普通の陰陽師に扱えるような存在ではない。牛蒡が黒丸を使役しているのは、多くの奇跡が重なった結果だ。いつだって、どんな困難も黒丸と共に切り抜けてきた。彼が相棒でなかったら、牛蒡はこの年まで生きていたか分からない。


(はよ、アイツに会って謝りたい……)


 牛蒡は、狗神との戦いで黒丸にたくさん心配をかけたことを思い出していた。いつもなら黒丸のほうから牛蒡の元にやってくるのに、今は近くに相棒の姿がない。最後に記憶しているのは、傷ついた黒丸の姿だ。


「黒丸というのは、お前と一緒に居たアイツのことか?」

「……おう」


 牛蒡は少し元気のない声で返事をした。その理由を、王牙少年はまだ知らない。


「こちらになります」


 狗神はそう言って、牛蒡たちを社の前まで案内した。社殿の入口は鎖がかけられ、錠前までつけられている。


「この扉は特別な力を持つ人間にしか開けることが出来ないんです。本当に面倒なものを作ってくれたものです、私のご先祖さまは」


 狗神はやれやれと肩を竦めて扉に手を当てた。


「これは九兵衛(きゅうべえ)にも開けられなかった。実に残念です」


 低い声で狗神が呟く。その恨みのこもった声に牛蒡は寒気が走った。


「よく覚えておいてください、牛蒡様。私が最も忌むべき妖の名を──」


 ぷつり。

 牛蒡の記憶はそこで終わっていた。映像が終わったかのように周囲が暗くなっていく。

 彼らの視線の先には木の扉がある。狗神は、そこは特別な力を持つ人間にしか開けられないと言った。牛蒡が恐る恐る手を伸ばすが、すぐに王牙少年によって掴まれる。


「変なものが出てきたらどうする」

「何や変なモンって。お前意外と怖がりか?」

「ち、違う! 想定外のもの……例えば、悪魔だ」


 大真面目な王牙少年の言葉に目を丸くした牛蒡は、すぐに笑い出す。


「あははは! 悪魔がおったら今頃とっくに祟り殺されとるやろ。大丈夫大丈夫、妖気は感じるが悪いもんやない」


 牛蒡の言葉に、王牙少年は引っかかるものを感じた。あの時、狗神鏡也が開けた箱のことだ。


「現世に恨みを残して封じられた、守り神の呪い……まさか──待て!」


 嫌な予感がして咄嗟に牛蒡を止めようとする王牙少年だったが、その扉はあっけなく開かれる。牛蒡の手によって開かれた扉の先を視界に入れた瞬間、再び彼らの景色は一変した。

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