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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
2部

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208/434

【古御門八雲】2★

 それは忘れもしない、彼が祖父の異常な姿を目の当たりにした日だった。障子に飛び散った鮮血と、刃物を手にしたキイチの姿が視界に飛び込んでくる。


「どういう、ことですか」


 血まみれの男を見下ろして八雲が尋ねる。


「どういう、とは?」

「なぜ、ここにキイチが居るんですか」


 八雲の声は震えていた。


「お前はキイチのことになるとすぐ熱くなるな。忠義を尽くすのは良いことだが、周りが見えなくなるのは──悪い癖だ」


 泰親の姿をした者が低く笑って血溜まりへと近づく。そこには腹部を貫かれた鬼道柊が横たわっていた。

 大量に出血していたが、彼にはまだ息がある。泰親は、八雲の知らない顔をしてゆっくりと片手を振り上げた。その表情に殺気がこもる。この男は、柊を殺すつもりだ。

 キイチを抱き抱えたまま困惑していた八雲は、咄嗟に柊の手を取って自らの式神を出現させた。


「如月ッ!」


 その声と共に、風が巻き起こる。それは渦を巻いて、八雲たちを包み込むとその場から姿を消すのだった。

 普段、キイチの自室となっている離れの小部屋へと移動した八雲は、刀を手にしたまま気を失っているキイチの体を下ろすと、柊の止血に取り掛かる。しかし、彼の傷はあまりにも深かった。日本刀で貫かれているのだなら当然だ。しかもそれを実行したのが、古御門キイチとなれば……。


「古御門キイチが人を殺めることなど、あってはならない。ここで始末を──」


 八雲は懐から拳銃を取り出した。その時、柊が小さく咳き込む。


「銃、下ろせ。その子は……誰も殺してねえよ……物騒な兄ちゃんだな」


 柊がむせながら血にまみれた片手を軽く振る。八雲はバツが悪そうに拳銃を下ろした。


「キイチが……こんなことをするはずがないんだ。俺の知っているキイチは──」


 返り血を浴びて気を失っているキイチの頬を心配そうに撫でながら八雲が呟く。朦朧とした意識の中、柊が少し笑った。


「その子が変になってるのは……古御門、泰親の……仕業だ」

「なッ……」


 思わず眉根を寄せて柊を睨みつける。無礼な、と言いかける八雲だったが……。

 信じられることではなかったが、先程の様子は明らかにいつもの泰親ではない。それは誰が見ても明らかだ。


「今の泰親はその子の寄生虫みたいなもんだ。宿主にとりついて、どんどん生気を奪う……(かさ)や虫の類だと思ったが、どうやらそうじゃねえらしいな。相当苦しいはずだぜ……かわいそうに」


 八雲は顔色を変えてキイチを抱き抱えた。キイチは痩せた胸を僅かに動かして弱々しい呼吸を繰り返している。


「どうしたら、いい」


 八雲が問いかけると、部屋の障子がガタガタと揺れた。まるで、家全体が揺れているようだ。


「八雲、どこに逃げても分かるぞ」


 泰親の声だ。キイチの気配を辿ってきたのだろう。柊は朦朧とする意識の中で、八雲の握った拳銃に手のひらで触れた。


「何を」


 八雲が問いかけた時、柊の手のひらから赤い光が流れ込んでくる。柊は力が抜けたように笑った。


泰親(おとうさん)を撃て。楓にゃ……恐らく無理だが、お前さんなら……出来る、だろ……」


 そう言って笑った柊の手が、ゆっくりと拳銃から離れる。血を流しすぎたせいで意識を失ってしまったようだ。


「あなたは、鬼道楓の……」


 八雲は、目の前で倒れている彼が鬼道楓の父親であると気づいた。楓の父親が亡くなったら、キイチはとても悲しむだろう。

 既に泰親は、彼の部屋へと迫ってきていた……。


「八雲」


 泰親の声が聞こえる。彼へ誓った忠誠と、柊をこのまま放置しておくことはできないこと、様々な想いで八雲は完全に混乱していた。普段の冷静な考えができなくなるほどに。

 やがて八雲は自分たちの周囲に札を置いて結界を施す。これで気配が探られることは無いはずだ。続いて、震える手でスマホを操作する。


「なに……オレまだ眠い……」


 寝ぼけた低い声と、後ろからアニメの音声が聞こえた。以前聞いた快活な声とはだいぶ違っていたが、今の八雲にはそこまで考える力がない。


「今から、古御門家に来い。五分以内に」

「五分って……二十分かかるんだけど」

「法定速度を守らなければ五分で着く。到着したら玄関で待て。そこに如月で転移する。もし間に合わなければお前を殺すだけだ」


 八雲は口早に言うと、一方的に電話を切った。障子の向こうから黒い影が伸びている。


「八雲ぉ」


 不気味な間延びした声が八雲を呼んだ。びく、と八雲の肩が震える。


「お前を拾ってやった恩を忘れたか? 呪われた尾崎の血を引くお前を守ってやれるのは私だけだぞ、八雲……」


 障子の向こうで、人ではない何かが蠢いている。それは無数の獣の腕や足、頭が泰親のシルエットから生えているようだった。あれはもう、祖父ではない。八雲は浅い呼吸を繰り返しながらキイチを抱きしめる。


「古御門、泰親……どう、して」


 キイチの祖父であり自分を育ててくれた父代わりでもある男を前に八雲は躊躇した。優しく頭を撫でてくれたあの手が、自分を殺そうとしている。人を殺すことに躊躇いがないはずの八雲だったが、生まれて初めて拳銃を握った手が震えてしまう。


「まるで生娘のようだな八雲。そんなに私が怖いか」


 ぷつっと障子に穴が開けられた。細い枝のような指が覗き、ゆっくりと引っ込む。結界が全く意味を成していないことに八雲は恐怖を感じた。泰親は、いつでも八雲を殺せるのだ。


挿絵(By みてみん)

「お前は、何なんだ。古御門泰親は……俺たちの祖父は、どこに、いる」

「……」


 返事はない。今度こそ意を決して、この化け物を撃ち抜くべく両手で拳銃を構える。その時耳元で囁くような声が聞こえた。


「ここにいるよ」


 それはキイチであってキイチではない誰かの声だった。八雲の体から一気に血の気が引く。その時、彼のスマホが着信を知らせた。十六夜からの連絡だ。


「如月、俺たちを転移させろッ!」


 八雲の言葉と共に、風が彼らの体を攫った。計算通り、車の停められた玄関へと転移する。


「うわっ、何その血!?」

「早く車を出せ、殺されたいのか!」


 八雲は十六夜の頬に拳銃を押し付けた。その普段とは違う剣幕に事態を察したのか、十六夜が乱暴にアクセルを踏む。


「ちゃんと説明しろよ! 怖すぎて目ぇ覚めたわ! ってか……とりま病院じゃね? 何がどうなってんの?」


 十六夜の問いかけに、八雲は返事をしない。ただ、返り血を浴びた体で気を失っているキイチを強く抱き締めていた。


 小森病院へ辿り着いた八雲は、柊とキイチを預けた。柊はすぐに集中治療室へ、キイチの体は検査が行われた。祈るような気持ちで待つ八雲の元に知らされた検査結果は、キイチの体からは確かに霊力が吸い取られているというものだった。それはかつて小森病院の院長、七月海が陰陽師の霊力を吸い取っていた事案にも似ている。


「キイチは、治るのか?」


 八雲が問いかけたのは、小森病院の副院長を務める若い男だった。男は少し考えた後に、時間はかかるが可能だと告げる。

 八雲は藁にもすがる思いで彼らにキイチを託した。


「何があったわけ? ちゃんと説明してくれるんだろ」


 寝起きの髪を隠すようにフード付きのトレーナーに身を包んだ十六夜が尋ねる。八雲は思わず『いたのか』と呟いた。十六夜が大きなため息をつく。


「良いけど。どうせオレはアッシーくんですよ」


 拗ねたようにそっぽを向きながらも、十六夜はキイチの容態が安定するまで八雲の傍に居た。不思議とそれが嫌ではないことに気づいた時、八雲は十六夜が自分の兄であることを改めて思い出していた。

 だからこそ八雲は初めて、胸の内を語ることができたのだ。


「俺は、古御門泰親を殺すために養子になった」

「いきなり物騒なこと言うじゃん……」


 十六夜のリアクションに特に反応することなく、八雲は床を見つめたまま話を続けた。


「俺はお前たち同様に親元から離された後……母方の実家である京都に引き取られた。その時に尾崎家と古御門家のこと、人を殺す術を叩き込まれた」


 淡々と語る八雲の表情も語り口調も普段と変わらなかったが、自分ほど平穏な暮らしではなかったのだろうと十六夜は推測する。十六夜は遠慮がちに八雲の隣に腰掛けた。


「俺は、古御門泰親を殺すためだけに育てられた」


 八雲は復讐のためだけに育てられ、古御門家へと送り出された。跡継ぎとなって、古御門家を壊すために。尾崎の遺恨を知らしめるために。それだけが八雲の生きる意味だ。

 しかし、いざ養子に送り出されてみると当主の泰親は八雲に優しかった。泰親は八雲を自分の孫のようにかわいがってくれた。初めて自分を人間として扱ってくれたのが古御門泰親だったのだ。

 優しさを知らない幼い八雲は、やがて泰親を心から慕うようになっていた。そして……キイチのことも。

 自分の周囲に尾崎の人間を置きたがったのも、彼の優しさだと思っていた。尾崎一二三も、尾崎四郎も泰親の指示で集められたのだから。


「そのおじいさまが孫のキイチくんを養分にしてて、義理の息子である鬼道柊さんを殺そうとしたってこと?」


 話をまとめるように十六夜が口にする言葉の全てを、八雲は俯きながら聞いている。何かの間違いであって欲しい。拳銃を強く握ることで、何とか平静を保っていた。


「これからどうすんの。家帰れねーじゃん」


 十六夜があけすけに問いかける。八雲は淡々と『問題ない』と答えた。


「キイチくんが問題大アリだろ。っていうかお前も一応オレの弟なわけで……今の話聞かされた後じゃ、あー……」


 十六夜はフードを深く被ってじれったそうに唸り声を上げる。


「オレんち来たら? 最近引っ越してあんま物ないから広いし、あと彼女も居ない」


 十六夜はそう言って、今にも泣きそうな八雲の顔を覗き込む。


「何で」

「兄弟じゃん、オレたち」


 十六夜はフードの下で優しく笑った。

 押し切られるように、キイチと共に彼の家に滞在することになった八雲は束の間の平穏を過ごした。それはほんの僅かな期間だったが、この上なく優しい時間だった。

 キイチは少しずつ良くなっている。しかし完全に泰親の呪縛から解放することは出来なかった。キイチを助けるためには、古御門泰親を殺さなければならないからだ。それは八雲が古御門家の養子になった当初からの目的。躊躇うことなどないはずなのに、あの時の八雲は泰親を撃つことが出来なかった。


「お疲れ」


 キイチが寝静まり、十六夜も仕事から帰ってきた明け方に帰宅した八雲と鉢合わせる。八雲はスーツを血で汚していた。最初は驚いていた十六夜も、非日常の連続で感覚が麻痺してしまったのか驚く様子はない。


「日中にでもクリーニング出そっか、それ」

「……悪い」


 八雲はそう言って血に染まったジャケットを脱ぐ。十六夜の家を古御門泰親に知られないため、八雲は一人で行動することが多い。細心の注意を払って、キイチの居場所を知られないように結界を何重にも貼ったし、自分を尾行する者は容赦なく殺した。

 休むことなく戦い続ける八雲を、十六夜は心配している。


「お前さ、そんなんじゃ早死するよ。オレも人のこと言えないけど」

「それがキイチのためになるなら本望だ」


 八雲はそう言ってビニール袋に汚れたスーツを仕舞う。十六夜はため息をついて八雲の手首を掴んだ。服が血に汚れるのも構わずに十六夜が八雲を抱きしめる。


「何でそういう言い方しか出来ねーかな」


 そう言った十六夜の声は、苦しそうだった。どこまでも他人を想えるこの男を、自分とは生きる世界が違う存在を、八雲が理解できるはずもなく、まるで生き急いでいるように見える八雲のことも、十六夜が理解できるはずがなかった。


「何故お前がそんな顔をする」

「そのくらい分かれって」


 十六夜は困ったように笑って八雲の髪を手で梳いた。何も言わずに彼らに居場所を提供してくれる十六夜の存在は、八雲にとって間違いなく心の支えになっている。その変化に、きっと十六夜も気づいているのだ。


「俺はさ、お前のこと」


 そう言いかけた十六夜の唇を八雲の手が塞ぐ。憎しみ以外の感情を知らなかった八雲が初めて覚えたこの感情は、口にしてはいけないものだ。


「ごめん」


くぐもった声で十六夜が小さく謝罪を述べる。八雲は伏せ目がちに口を噤むと、やがて『もう寝る』と呟いて十六夜の横を通り過ぎた。

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