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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
2部

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203/435

【烏天狗VSオサキ】2★

 次の瞬間、襖を何枚も破って小柄な体が畳の上に叩きつけられる。狭い家の中では、烏天狗の武器である風も翼も使えない。全力で戦うには、外に出て空中戦に持ち込まなければならない。

 この戦い、圧倒的に黒丸が不利だ。


「天狗ってずいぶん弱いんスねー。拍子抜けなんだけど」


 軽快な笑い声が、突き破られた襖の奥から聞こえる。続いて、黒丸目掛けて煙草の煙を吐き出した。

 それらは管狐に変化して黒丸に襲いかかってくる。オオルリとヒスイを使って次から次へとわいてくる管狐たちを斬り捨てるたびに、黒丸の腕は鉛のように重くなっていった。


「はッ……甘く見んな」


 黒丸は畳を蹴って翼を広げた。七本のしっぽを持つ醜悪な獣へヒスイを振り上げる。

 その時、獣がニヤリと笑った。獣の後ろから飛び出してきた無数の管狐が首に、腕にと巻き付く。


「ぐっ、うう……!」

「アハッ、良いね〜……その顔」


 ゆらゆらと尻尾を揺らして獣が笑う。ゆっくりと歩み寄ってきた獣が、黒丸の顎を掴んで言った。


「オレに抱かれる気になった?」

「ぐうッ……」


 首に巻きついた管狐がギュッと黒丸を絞め上げるせいで言葉を発するどころか息も出来なくなってしまう。


「もっと苦しそうな顔してごらん。イくのは一瞬なんだから楽しまないと」


 獣は舌なめずりをして黒丸の耳に囁いてくる。どんなに足をバタつかせても、翼をはためかせても管狐の力は緩まることがない。

 それどころか、もがくたびに力は強まって、オオルリとヒスイを握った手から力が抜けそうになる。


「トアくんをたぶらかすなんて上手いこと考えたじゃん。そういう頭は回るんだ?」


 獣は、もがく黒丸のことなどお構いなしで楽しげに囁いてくる。


「トア、じゃない……清純だ、アホ」


 強がってみるが、このままでは力尽きるのも時間の問題だ。妖怪とひとつになった男の実力は想像以上だった。しかも、相手は完全ではないと言え、妖狐オサキだ。本当に厄介な相手だと黒丸は舌を打つ。楓たちにこんな奴の相手をさせるわけにはいかない。この獣は自分が倒さなければ。そう決意したはずなのに、黒丸の体には力が入らない。


(何でっ……)


 もがけばもがくほど、その体に管狐がキツく巻きついて自由を奪った。悔しさで表情を歪める黒丸へ、さらなる苦痛が襲いかかってくる。


「──ッ!!」


 突如、体に突き刺すような痛みが走る。管狐が黒丸の上腕骨を食い破ったのだ。首を絞められて悲鳴も上げられない黒丸を見て、獣は楽しそうに尻尾を揺らしている。


「次はどこにぶち込んで欲しい?」


 首に巻きついた管狐の力がゆるみ、黒丸の体を壁に叩きつける。黒丸は激しく咳き込みながら開いた傷の痛みに苦しんだ。上腕骨を失ったせいで翼が上手く動かない。


「かはッ……」

「あーあ、かわいそうに。これじゃあ飛べない鳥になっちまうっスね」


 そう言って獣が手を差し伸べてくる。その瞬間、オオルリで斬りかかった。畳の上にぽたぽたと鮮血が滴り落ちる。胴体を切り落としてやるつもりだったが、オオルリは獣の胸を斬っただけだった。管狐が黒丸の腕に巻きついて軌道を逸らしたせいだ。それでも畳に血しぶきが飛ぶほどの傷を負わされた獣は惚れ惚れと呟いた。


「はー……すっごい殺意。興奮するよ」


 傷跡をなぞって、うっとりと獣が笑う。オオルリを握った手を、管狐が砕こうとして巻きついた。みしりと骨が軋む音がしたが、黒丸は悲鳴ひとつ上げない。気を失っているわけではない。確実に獣を仕留めるために意識を集中させているのだ。強い殺意の眼差しを浴びながら、獣は全身の血が滾るような興奮を覚えた。絶対に負けないという希望に満ちたその顔を見るほど、さらに痛めつけたくなる。壊したくなる──。

 その時だった。清純が黒丸を庇うように飛び出したのだ。


「もうやめて! ボクの家族を……これ以上傷つけないでッ!」


 獣は冷たい目で清純を見下ろす。黒丸が清純を下がらせようとするが、度重なるダメージのせいで彼の腕は上がらない。

 清純は、恐怖で膝を震わせながら獣の前に立ち塞がった。


「そこで震えてりゃいいのに、何で舞台に上がってくるかなぁ」


 獣は興ざめしたように、それでいて苛立ったような顔をしてため息をついた。


「オレを拒絶しても、キミはオサキの一部なんだよ、トアくん。キミは必ず孤立する。尾崎の人間なんだから当然だよね。それも特別濃厚な血縁で生まれた子──」


 まるで暗示をかけるように優しく清純へと語りかける。しかし清純はそれを払い除けるようにして言い放った。


「ボクと九兵衛は違うよ!」


 強い拒絶を示すトアに、獣が舌打ちをした。獣の影からゆっくりと管狐が伸びてくる。清純を殺すつもりだ。しかし、彼は怯まなかった。


「イラつくなあ、その目。そんなに死にたいなら殺してや──」


 その時、清純の背後から勢いよく飛んできたオオルリが、管狐ごと獣の心臓目掛けて突き刺さる。風を纏った下駄でオオルリを蹴りつけ、その威力で獣の胸を深々と貫いたのだ。


「がッ……!?」


 一瞬のうちに、ドン、と大きな音がして獣の体は勢いよく壁に叩きつけられる。


「……はッ、弱いって台詞……訂正しろや。こちとら最強の烏天狗様や」


 精一杯の悪態も、既に獣の耳には入っていない。どうやら致命傷だったらしく、呼吸すらしていなかった。

 黒丸は、ふーっと長いため息をついて清純に振り返る。何が起きたのか分からずに瞬きを繰り返している清純と目が合った黒丸は、呆れたように腰に手を当てて緋色の瞳を細めた。


「おじさんもすみクンも、勝手に動きすぎ。オレが一緒だったからよかったケド、これからは注意すること!」


 黒丸は怒った声で清純に注意をした後、やがて小さくため息をついて微笑む。


挿絵(By みてみん)

「でも……すみクンが注意を逸らしてくれたおかげでアイツを倒せた。おおきに、すみクン」


 そう言って笑った黒丸の唇を鮮血がゆっくりと伝う。清純の目の前で、黒い装束に身を包んだ体が力が抜けたように倒れ込んだ。

 清純の浅い呼吸だけが、冷たい静寂の中に響いている。


「ク……ロ……?」


 清純は震えながら、その黒い塊へと近づいた。その体は人の形を保てなくなり、血溜まりの中で黒いカラスへと変わっていく。清純が手を伸ばすと、その体からは鮮血が溢れていた。


「クロ、起きてよ……」


 血にまみれるのも構わず、清純がカラスを抱きしめる。黒丸に戦うための妖気を奪われたことでぐったりしていた豆狸は、よたつきながら周囲を見回した。オサキを倒したことで術が解けたのか、部屋の出口が目に入る。


「お……オイラ、楓たちを呼んでくるっ! だからそれまでっ、耐えろよ!」


 そう言って、豆狸は襖に体当たりすると今の彼が出せる全速力で廊下を飛び出して行った。小さな足音が、徐々に小さくなっていく。やがて、カラスが赤い目を開けた。


「あぁ……戻っちゃったん、だ。気持ち悪い……ね。ごめんね」

「ううん、とっても……とってもきれいだよ」


 清純はそう言ってカラスに頬ずりした。カラスは赤い目を瞬きながらぼんやりと天井を見つめている。いつだったか、自分が命を救った人間の子も同じことを言った。醜い自分に優しい言葉をかけてくれた。


「ボクは……クロが好きなんだよ。言ったでしょ、お嫁さんにしてあげるって。ボク、嘘は嫌いなんだ。九兵衛と違ってね」


 清純の涙がカラスの頬に落ちる。カラスは天井を見つめたまま赤い目を瞬いた。彼が冗談だと思っていた求婚話は、清純にとって一世一代の告白だったようだ。本当に純粋な子だ、とカラスは思った。


「……すみクンが大きくなったら……迎えに、行こっか……」


 カラスが弱々しい声で言った。その体は既に石のように冷たくなっている。赤い瞳から光が失われていくのがわかって、清純は唇を噛む。今すぐ泣き叫びたい気持ちを必死で抑えて、清純は微笑んだ。


「うん、迎えに来てよ。ボクね、ずっと……ずーっとクロのこと、待ってる……」


 清純は泣き声をこらえながら、冷たい羽毛に顔を埋めることしかできなかった。

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