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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
2部

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202/434

【烏天狗VSオサキ】1★

「久しぶり、クロちゃん。体はもう大丈夫? ボロ雑巾みたいにされたって聞いたんスけど──」


 軽く手を叩いた男は舐めるような目で黒丸を見ると、血のように赤い瞳を細めて笑った。その口から濃い煙が漏れ、それが濃霧になって辺りを曇らせていく。


「へえ、素顔はそんな感じなんだ」


 九兵衛が近づこうとしたその時、刀の切っ先が九兵衛の喉元にあてがわれた。


「小田原牛蒡と東方清音はどこ?」


 九兵衛を見上げる赤い目が薄暗がりの中でぼんやりと光る。九兵衛は舌なめずりをして笑った。


「オレが食べちゃった、って言ったら?」


 ニヤ、と九兵衛が挑発的に笑った時、黒丸が足を踏み入れて斬りかかった。九兵衛の体は人間とは思えない脚力で後方に跳ぶ。


「くくく……嘘っスよ。怖い怖い」


 そう言って笑う九兵衛の足元に煙草が落とされると、周辺に霧が立ち込めていった。


「その霧に気をつけて!」


 清純の一声によって、黒丸が翼をはためかせて濃霧を晴らそうと風を起こす。しかし、それらの霧は黒丸に攻撃を仕掛けてくることはなく、九兵衛の体を纏うように集まっていく。

 やがて濃霧が晴れた時、彼らの目の前には異様な化け物が佇んでいた。いくつもの大きなしっぽを揺らした獣が不気味に微笑んでいる。姿かたちは尾崎九兵衛に違いないはずなのに、その気配は人間のものとは違っていて。


「いち、にー、さん……あーあ、まだ七本しかねぇや」


 獣は自分のしっぽを指で数えて、血のように赤い目を清純へと向ける。


「そうだ、トアくんを八本目にしようか」


 獣がニヤリと笑う。清純は怯えたように後ずさった。


「九兵衛が、ば……化け物に……」

「九兵衛? オサキって呼んでよ。オレの新しい名前になるんだから」


 くすくすと笑いながら、獣が新しい煙草を咥える。ライターで火をつけ、煙草の煙をふーっと吐き出した。その煙から出現した無数の管狐たちが黒丸たちへ襲いかかる。


「オレの夢をキョーヤさんが、キョーヤさんがオレの夢を叶えてくれる。だからオレはあの人のためなら何でも出来るんだ」


 芝居かかった口調で話す九兵衛の前で、黒丸が襲いかかる管狐を刀で弾き返していく。管狐たちの重い一撃を受け止めるたび、痛みに近い痺れとなって黒丸の疲労を蓄積させる。怪我をしているせいで力が落ちているのかと錯覚したが、どうやら違う。先程の管狐よりも威力が増しているのだ。それも、桁違いに。


(覚悟、決めとかんと……)


 黒丸は清純の無事を確認して長いため息をついた。無関係の人間を傷つけるわけにはいかない。それも、一番大切な人の家族を。


「人間の体を器にして妖怪化するなんて悪趣味やね。どーかしてる」

「それ最高の褒め言葉。チョー努力したんだからもっと褒めてよ」


 黒丸の挑発に乗ることもなく、獣は楽しげに笑った。彼の赤い瞳に見つめられているだけで魂が抜けるような気がして、清純が立ちくらむ。


「目ぇ見たらアカン、死ぬよ」


 まるで簾のように、清純の目の前で黒丸の羽根が視界を塞ぐ。清純は慌ててギュッと目を瞑った。そんな少年の腕の中で、小さな豆狸が思い詰めた表情を浮かべている。彼の目の前に居るのは、豆狸にとってただの敵ではない。チャラチャラとして腹の立つ教師であり、自分から顧問の座を奪った生意気な若造であり、そして……。

 獣と化したかつての少年を前に、豆狸はいてもたってもいられず、ぴょんと飛び出した。獣の元へ駆け寄った豆狸が小さな両手を広げる。


「もうやめろ、九兵衛ーっ!」


 豆狸が精一杯の大声を上げる。獣は少し驚いたのか目を丸くして豆狸を見た。彼は、その小さな狸に見覚えがある。この狸とは、鬼道家で出会った。


「アカンよおじさん! 戻って!」


 黒丸が叱責するが豆狸は応じなかった。自分の姿を見せるように、獣の前へと歩み寄る。


「全部思い出したんだ、オイラ」


 豆狸は緊張した面持ちでそう告げると、戸惑ったようにも見える獣の前へと足を踏み出す。

 いつか大きくなったら、自分のように誰かを救える人になりたいと泣きながら言った幼い少年が居た。


「オイラ、お前を……」


 柊によって記憶を呼び戻された瞬間から、彼の脳裏にあったのはかつて自分が救おうとした子供のこと。鬼道すみれを亡くした記憶とともに、九兵衛の記憶も無くしてしまった。それを忘れようとしたのは、自分の弱さが原因だ。


挿絵(By みてみん)


「お前を、助けに来た」


 豆狸の姿が濃霧と混ざって白煙を上げる。獣の前に佇んでいたのは日熊大五郎だった。赤く染まった獣の瞳が驚いたように見開かれる。


「待って、日熊先生が……タヌキ……?」

「すまん、騙していたわけではないんだ」


 日熊はそう言って獣の前に立った。自分を見つめる獣の眼差しが、妖怪のオサキでも教師の尾崎九兵衛でもないあの頃の少年のものに変わっている。


「九兵衛、俺はお前に伝えたいことがたくさんある。それから、数え切れないくらいの謝罪も……」


 こんな自分を初恋だと言ってくれたこと、ずっと九兵衛を忘れていたこと、感謝と謝罪がごちゃごちゃになって頭の中がいっぱいになる。けれど、目の前の獣が救いを求めるような眼差しをしていることに気づいた。だからこそ彼は言わなくてはいけない。


「今度こそ──お前は俺が助ける。だからもう、こんなことは止めてくれ」


 今度こそ自分がこの子を救うのだ。そう心に誓って獣に手を伸ばしたその時、誰かの手が日熊の体を勢いよく突き飛ばす。


「たっ、狸のおじさん!」


 清純が慌てて豆狸の元に駆け寄る。一瞬で日熊の姿から豆狸に戻されてしまった彼はころころと畳を転がって、何が起きたのか分からないといった顔をしていた。

 豆狸が顔を上げると、畳の上に血が滴っている。


「アハッ、避けんなよ」


 獣がくすくすと笑う。豆狸を庇った黒丸が腹から血を流していた。ふーっと肩で息をつきながら清純たちを庇うようにゆっくりと羽根を広げる。それは、傷ついた自分の姿を見せないようにしているようにも見えた。


「かっ、烏天狗!?」

「傷が開いただけです。あと、助けたお礼にちょびっと妖気貰いましたから」


 黒丸は吐き捨てるようにそう言って、押さえた腹から手を離す。小さな手はぐっしょりと赤く染まっていた。

 感情のままに飛び出した豆狸には肝を冷やしたが、きっと自分も愛する家族たちのためなら同じことをしてしまう。実際、楓や清純に心配されながら、とうとうここまで来てしまった。だから、彼を怒る資格も笑う資格もない。……嘘。少し無謀なところには怒っている。


「アハッ、しぶといんだ。それから──」


 獣は笑いながら豆狸を舐めるように見下ろす。その目に見つめられた瞬間、豆狸は一気に自分の意識が遠のくのを感じた。


「きゅ、九兵衛……」

「言ったよねぇ、不細工はオレの好みじゃないって」


 獣が妖艶に微笑む。その瞳は既に日熊大五郎を好きだと言った琥珀色ではなかった。


「死んでよ、日熊(タヌキ)ちゃん」


 血のように赤い獣の瞳によって、豆狸の体から妖気が吸い取られていく。それを阻止したのは黒丸の刀だった。


「お前の相手はオレや。よそ見すんなボケ」

「アハッ、意外とヤキモチ焼きなんだ。いいよ」


 しっぽを揺らしながら笑った獣は足元の影から何本もの管狐を出現させていく。それは先程の比ではない。


「手加減しろよ……」


 強気だった黒丸の口から苦々しく悪態が漏れる。あと何度刀を振るえるのか分からない。けれど自分の背中に居る彼らのことを思えば、底知れない力がわいてくる気がする。別れる直前に楓にかけた言葉を、黒丸は心の中で繰り返した。自分は最強の烏天狗だ、と。


「アハッ、やーだ♡」


 そんな黒丸の暗示を打ち砕くように獣は残忍に微笑んで、手負いの黒丸めがけて管狐を放った。

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