表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
2部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

201/434

【陰陽師の三忘】2★

「早速なんやケド、ここで二手に別れない?」


 古御門家の門を潜った時、不意に黒丸が提案をした。古御門家が広いことは楓も黒丸も知っている。早急にハクや牛蒡を探し出し、古御門泰親と対峙するためには別行動をしたほうが得策だ。


「ネズミのお姉さん、ハクちゃんたちが閉じ込められていそうなところに心当たりは?」


 黒丸が、いつの間にか楓の肩にしがみついていたネズミ姫をチラリと見る。まるで獲物を狩るような赤い瞳で見つめられたネズミ姫は、慌てたようにずるずると楓のズボンを伝って地面に降りた。


「ちぅ……地下牢ぢゃ。昔は罪人を繋いでおく場所ぢゃった。閉じ込めておくなら最適の場所ぢゃ……」


 緊張をほぐそうとしているのかネズミ姫が執拗に前足で自分の顔を擦る。ネズミの本能か、捕食者に見える烏天狗とは相性が合わないらしい。それを察してか、黒丸は何事もなかったように目を逸らす。


「そんじゃ楓クンの案内はネズミのお姉さんに任せるんで、すみクンはおじさんたちと留守番を──」 

「ボクはクロと一緒に行くっ!」


 テキパキと指示を出す黒丸を遮ったのは清純だった。小さな手が黒丸の手をギュッと握る。清純を見る黒丸の眼差しが今までとは違う厳しいものへと変化した。


「すみクン、これは遊びじゃな──」

「クロは一人だと絶対無茶するんだ。だから一緒に行くんだよ!」


 有無を言わさず、清純が黒丸の体を力強く抱きしめる。


「遊びじゃないことなんて……とっくに分かってる。ボクはクロが思ってるほど子供じゃない」


 清純は感情を押し殺すような声で言った。何も言えなくなってしまった黒丸に声をかけたのは楓だ。


「弟子の僕より分かってるじゃないか、お前のこと」


 楓が横目で見ながら少しだけからかうように言う。黒丸は怒ったような顔をして虚空を見上げていたが、やがて小さなため息をついた。


「……じゃあ、すみクンはオレと一緒で」


 少し納得いかない様子ではあるが、しぶしぶ了承した黒丸が視線を泳がせる。


「清純くん、黒丸が無茶しないように見張っててくれ」

「はい」


 清純は力強く頷いた。改めて楓が人選を確認する。


「じゃあ、ハク先輩と冥鬼を救いに行くのがネズミ姫とハルと僕。そして小田原さんを救いに行くのが黒丸と清純くんだが……」


 戦力的に頼りない、と楓は思った。黒丸は立っていられるのが不思議なくらいの重傷なのだ。清純を守りながらの戦闘になる可能性がある。


「ハル、お前は黒丸たちと……」


 楓が言いかけた時、楓の頭の上にぽんと大きな手が置かれた。


「二人には俺がついていく」


 それは日熊だった。意外な助っ人の登場に黒丸が目を丸くする。


「あれ、おじさんはカエルのおじさんと待機組でしょ?」

「言うな。椿の姐さんから楓たちに着いていけと脅されたんだ。ともかく」


 日熊は苦々しい表情で説明すると、黒丸と清純の肩を抱き寄せた。


挿絵(By みてみん)

「ちびっ子二人の面倒は俺が見る。お前は必ず鬼原たちを救ってこい」

「……わかりました」


 楓は強ばった顔で頷く。そんな楓を見て何を思ったのか、黒丸が軽く楓を手招いた。小さな手がぎゅっと楓の手を握りしめる。


「大丈夫、キミは強い」


 楓は半信半疑といった顔で握られた手を見下ろしている。自分の力が未だ信じられないという顔だ。相変わらずネガティブな弟子を見て、黒丸はあははと笑った。


「オレなんかいつも、オレは最強の烏天狗様やーって念じながら戦ってるよ。それにさ、楓クン」


 黒丸が楓の両手を包み込むようにぎゅっと握り込む。


「キミは一人じゃない。オレたちがついてる」


 その言葉は、自然と安心感を与えてくれる。楓はおずおずと自分の手を見下ろした。黒丸を救うために自ら傷つけた手が視界に入る。それを包み込む小さな両手を見つめていると、何だか元気が出てくるようだった。


「……ありがとう、黒丸。お前も無理するなよ」

「えへへ、しないよー」


 黒丸がいたずらっぽく笑う。ようやく表情を和らげた楓は、深く頷きを返して古御門家へと入った。内部は妖気が充満しており、うっすらとした霧が辺りを覆っている。


「じゃあ……先に行ってます」


 楓はそう言って日熊に頭を下げるとネズミ姫先導の元、ハルと共に廊下を進んだ。

 取り残された三人はしばらく楓たちの後ろ姿を見つめていたが、やがてその姿が霧に包まれて完全に見えなくなった時、不意に黒丸が日熊の脇腹に肘鉄を入れる。


「で、誰がちびっ子なんです? オレのほうが年上なのに」

「うっ……ちびっ子なのは事実だろうが」


 日熊は脇腹を押さえて何ともいえない表情を浮かべた。改めて黒丸は広々とした古御門家に足を踏み入れる。黒丸の後ろを清純、最後に日熊が続いた。楓たちが向かった方向とは別の廊下を進む。湿度を持った霧が全身を舐めるようにまとわりついてくる。


「誰も居ない……あんな事故があったのに」

「ウン、明らかに異常やね」


 そう答えた黒丸は、目の前の襖を両手で一気に開ける。そこは大広間となっており、誰も居なかったが微かに妖気を感じる。それも一匹や二匹ではない。黒丸は注意深く部屋に足を踏み入れた。先程よりもずっと霧が濃くなってくる。不安になったのか、清純が慌てて黒丸の後を追った。


「わ……」


 すぐに黒い羽根が清純を守るようにその身を包む。


「オレから離れないで。おじさんもいつまでそんな姿で居るんかなぁ?」

「お、俺はこっちの姿のほうが役に立……」


 部屋に入ってきた日熊がそう言いかけた時、黒丸が刀を引き抜いた。日熊目掛けて襲いかかってきた黒い影を一突きで仕留める。


「き、狐……?」


 刀で貫かれたのは清純を襲った時と同じ管狐だった。彼もこの家に居るのかもしれないという予感が清純の胸中をザワつかせる。


「確かに、的はデカい方がやりやすいかもね」


 鞘を日熊に放り投げてそう告げた黒丸が二本の刀を構えた。先程よりも室内に濃霧が充満している。そして清純は、この霧を知っていた。頭上でいくつもの影が蠢くたびに霧が陽炎のように揺れる。


「クロ、この霧ッ……」


 気をつけて、と清純が言いかけた時、頭上から飛び出してきた管狐が彼の首に何かが巻きついてくる。


「──ぐっ!」


 ケケ、と耳元で耳障りな笑い声が聞こえた。首に巻きついてきた管狐は清純を濃霧の中へ引きずり込もうとする。

 すぐに鳥の羽が宙を舞い、清純を捕らえていた管狐を風の矢が貫いた。


「風鳥の矢羽」


 清純の頭上から黒丸の声が聞こえた。

いつの間に移動したのか、濃霧の中で黒い翼の影が見える。その影は風で出来た矢羽を使って管狐を撃ち落としていった。


「す、すごい……」


 黒丸が戦うところを初めて見た清純は、濃霧の中で敵を斬り捨てるその姿を惚けたように見上げる。

 瞬きをするたびに右から、左から翼の音が聞こえて霧の中の管狐が撃ち落とされていく様は、まるで忍者のようだと思った。


「クロ、体は大丈夫なの?」


 地面に降り立った黒丸を清純が気にかける。心配そうにほっぺたを両手で包まれた黒丸は、目を丸くして子供っぽく笑った。


「へーきっ! すみクンにカッコ悪いとこ見せられへんもんね」


 黒丸が無数の管狐を倒したことでほんの少し濃霧が晴れて視界が良くなってくる。日熊は辺りを見回しながら壁に手を置いた。そこは先程まで廊下に通じる襖があった場所だ。


「と、閉じ込められたみたいだな」

「そーやね……幻惑の術か」


 黒丸が翼を揺らすと、周囲から濃霧が消えていく。広間の先で襖が開いた。その先にはさらに和室が繋がっている。


「おじさん、やっぱその姿やめましょ? 的になりたいなら止めへんケド……守りきれるかわからないんで」


 肌を刺すような妖気を感じて、黒丸が尾羽を震わせる。最後の一言は清純には聞こえないように伝えた。黒丸の強さを知っている日熊が小さく喉を鳴らす。妖怪と言えど、自分では力不足だ。日熊は小さなため息をつくと、その姿が小さな豆狸へと変わった。


「ち、小さいタヌキだ……」


 驚いたように目を丸くしている清純の足元にしがみついた豆狸が素早くよじのぼって肩へと移動する。


「小さくっても何かあった時はお坊ちゃん一人担いで逃げるくらいは出来るんだぞ!」


 豆狸を落とさないように肩から胸の前に抱き抱えた清純は、すぐに黒丸の後ろを慎重に歩いていった。


「お父さんとお姉ちゃんたちは一緒に居るのかな……」


 清純が不安そうに尋ねる。黒丸は注意深く辺りを見ながら答えた。


「ご主人ときぃちゃんの気配は離れてるケド、間違いなくここに居る。きぃちゃんが心配だけど、ご主人は……」


 黒丸が口を噤む。血を吐いて苦しんでいた牛蒡のことを想って、黒丸の心は切り裂かれそうなほど痛む。ぐっと胸を押さえる黒丸を見て、清純は遠慮がちに手を握ろうとした。その時、黒い羽根が遮るように清純の視界を覆う。


「いらっしゃ〜い、人んちだけど」


 長い和室の先で拍手の音が聞こえる。その声の主を、彼らは知っていた。清純と豆狸は黒丸の羽根の合間からその姿を確認する。

 それは彼らにとって縁のある人物。清純にとっては、自分を理解してくれた血縁者。豆狸にとっての彼も、また特別な存在。

 異様な妖気に包まれたその男の名は、尾崎九兵衛。楽しそうに煙草を吐き出す煙が濃霧に溶けて消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ