【鬼道家の陰陽師】2
僕の式神は、歴代類を見ない最強の妖怪。
その名も冥鬼。
僕たち人間の住む世界とは丸っきり違う異世界、常夜の国。
冥鬼は、そんな常夜の国を統べる鬼神の娘だ。
おにぎりひとつで呼び出しに応じてくれた貧乏人に優しいお姫様は、先代陰陽師──僕にとっては親父の式神と縁がある。親父の式神魔鬼は、常夜の国では姫である冥鬼の、教育係みたいなことをしていたらしい。
冥鬼が人間の世界に興味を持つようになったのは、魔鬼の影響でもあるようだ。
「姫様は、昔から人間の世界に興味を示されていた。よく人間の世界の話をせがまれたものだ」
魔鬼はそう言いながら、尻尾で優しく冥鬼の頭を撫でている。見た目はただの黒猫にしか見えないが、こう見えて立派な妖怪。
そして……最強の陰陽師と呼ばれた親父、鬼道柊の心強い相棒だ。
魔鬼は、僕に陰陽師の基礎を教えてくれた第2の父であり、母のような存在でもある。何せ、僕が生まれた時には既に魔鬼がいたのだ。
「楓、また無茶な戦い方をしたと聞いたぞ」
魔鬼は、咎めるように目を細めた。そのお小言のような声色を耳にした途端、僕の目線は逃げるように泳いでしまう。
「おぬしは柊とは違う──戦いは姫に任せて後ろへ下がれと、いつも言っているだろう」
また始まった……。
確かに僕は陰陽師の経験が浅いけど、冥鬼に頼ってばかりではいられない。
「冥鬼にはタイムリミットがある。その間、僕だって戦えるようにならないと」
そう言って、僕はすやすやと眠りについている幼女の髪を撫でた。
気性の荒い戦闘モードの冥鬼はどこへやら……僕の膝枕で気持ちよさそうに眠っている幼女は、幸せな夢を見ているのか口元に笑みを浮かべている。
「こうしてると、本当に普通の女の子だな」
さらさらとした髪を撫でる僕の手を、小さな指が掴む。それは、本当に人間の子供がする仕草と同じだ。
こんな幼い女の子が、戦いでは身の丈よりも大きな刀を振り回して戦っているなんて、誰が信じられるだろう。
「むにゃ」
冥鬼は寝返りを打つと、やがて大きな緋色の瞳を開いた。
「おにー、ちゃん……?」
「よく眠れたか?」
握られたままの指を軽く振りながら優しく尋ねると、寝ぼけてぼんやりした様子の冥鬼はやがて頬を赤く染めて頷きを返す。
「おにーちゃん、ずっとメイのことみててくれたんだ……」
冥鬼は甘えた声でそう言うと、両手を広げる仕草をする。僕は彼女の望むように小さな体を抱き上げた。
普段の冥鬼は、泣き虫で甘えん坊なお姫様だ。
当然というべきか、幼い姿をした冥鬼に戦闘能力は無い。本来の冥鬼を呼び出すには、僕の霊力と彼女との波長が不可欠だ。
ただ──本来の冥鬼が顕現しても、その時間はとても短く限られているだけでなく、体への負担も大きいらしい。
ありがたいことに、冥鬼の戦闘能力が段違いすぎて、何とか彼女の活動時間内に戦いを終えることができているけど──世の中、そんなに何度も上手くいくわけがない。
いくら冥鬼がとんでもなく強くて、向かうところ敵なしだとしても、普段の冥鬼はただの幼い子供。不意をつかれたら、きっとやられてしまうだろう。
彼女を守るためにも、陰陽師として成長するためにも、僕自身が強くならなきゃいけない。
(だからこそ、僕は──)
今日も、ひたすら修行を積んでいく。
昼寝を満喫した冥鬼とともに、僕は自宅の離れにある修練場で木刀を振るっていた。
これは、精神を研ぎ澄まして霊力を高めるための鍛錬。魔鬼に毎日やるように言われて、自然と日課になっている。
「ふわぁ〜……」
手作りの小さな木刀を、僕の真似をして振っていた幼い冥鬼は、やがて疲れてしまったのか、ぺたんと座り込んで僕の動きをぼうっと眺めていた。
「戦いの後で疲れてるだろ? 部屋で遊んでていいんだぞ……僕はもう少し残ってるから」
そう言いながら、僕は木刀を振るう。
戦いの中で本物の刀を扱うことはない。……そもそも銃刀法違反だし。
だけど扱い方を覚えておけば、いざという時に身を守る手段にもなる。何より体を動かすのは結構気持ちがよかった。
「そうです、姫様。我と共に部屋へ戻りましょう。よろしければ猫じゃらしで遊んでいただいても──」
僕の鍛錬を見守っていた黒猫が、自分の願望丸出しで冥鬼に話しかける。冥鬼はそんな魔鬼の存在などお構いなしに、僕の姿を見つめていた。
「やだ。メイ、おにーちゃんのかっこいいところ、みたいんだもん」
冥鬼は、甘えた口ぶりで言いながら頬を膨らませる。
ま、まあ……かっこいいと言われて悪い気は……しないよな、男なら。
「ぐぅ……」
魔鬼はジト目で僕を見つめていたが、やがて諦めたように床に上体を伏せた。
風を裂く木刀の音だけが、夕暮れの修練場に響く。
一人前の陰陽師になるために。
冥鬼の負担を減らすために。僕自身が成長しなければいけない。
それが陰陽師としての、使命だと思うのだ。




