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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
2部

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199/435

【最強の陰陽師のその後】★

 彼女を忘れた日は無かった。初めて会った日以降、彼にとっての彼女は心の支えだったから。それは鬼道楓が鬼原ハクに恋焦がれたように、鬼道柊にとっての古御門すみれは彼の全てだった。彼女を失ってからというもの、自分の半身を失ったように喪失感が続いている。


「何だつまらん。生きてたのか」


 黒い影が男の顔を覗き込んでいる。柊はぼんやりとその影を見つめた。


「死ぬかと思った。つか現在進行形で死にそうなんだが。お前の体重で」

「ふん、その程度で死ぬなら我が喰ってやる」


 リン、と首元の鈴を揺らして黒猫が不敵に笑う。胸の上に乗ったまま男を見下ろしている黒猫は、前足をぺろぺろと舐めている。

 窓は開いており、カーテンが揺れていた。どうやらこの侵入者は窓から入ってきたようだ。心配だったならそう言え、と思ったがこの妖ならば本当に自分を喰うだろう。魔鬼は昔からそういう奴だ。


「……俺、生きてんのか」


 白い天井を見上げたまま、男がぽつりと呟く。冷たい手をゆっくり握って指先の感覚を思い出しながら、無事に五体満足であることを確認する。体を起こそうとするが、腹の重い痛みに顔をしかめた。前足を舐めていた魔鬼の動きが止まる。


「あと数センチずれていたら命は無かった。相変わらずの強運だ」


 呆れているのか感心しているのかわからない魔鬼の声色に、男が自嘲気味に笑う。それだけでピリッと傷口が痛んだ。


「……楓は古御門家に行くぞ。父親として止めてやらなくてよいのか?」

「止めたって行くだろ……アイツはもうガキじゃねえんだ」


 鬼道柊はベッドに手をついてゆっくりと上体を起こす。長い間意識がなかったせいで体力が落ちており、体を起こすだけで息が上がってしまう。


「ああクソ……俺の全盛期ならこんな怪我、三日もありゃ全快なのによ」

「化け物か。三日は言い過ぎだ」


 魔鬼は呆れたように欠伸をした。軽口を叩けるようになった柊を見て多少なりとも安心したらしい。


「本当に良いのか? 楓が真実を知っても」


 その問いかけに、笑って口を開こうとした柊が小さくかぶりを振った。


「すみれの死の真相を楓が知った時……今のおぬしに楓を救う力があるとは思えん」


 黒猫は前足をゆっくりと下ろして目を伏せた。その耳が足音に反応してぴくっと動く。病室の入口に立っていたのは、肩をいからせている大男の姿だった。


「ここは動物病院じゃねーぞ」

「今、すみれの死の真相と言ったな」


 日熊はそう言って大股で近づいてくると、柊の胸ぐらを掴んで無理やり体を起こさせた。黒猫がベッドから飛び降りる。


「話せ。俺には知る権利がある」


 語気を荒くして日熊が問いかける。柊の視線は日熊から外されたままだった。深く貫かれた腹がじくじくと痛む。


「忘れることを選んだのはお前だ、大五郎」


 怪我のせいで声を張ることができない柊が蚊の鳴くような声で返事をする。日熊は眉をひそめて聞き返した。


「忘れないと、きっと俺は人間を殺してしまう──お前がそう言ったんだぜ」


 柊は淡々とした声で言うと、小さく咳き込んだ。日熊は我に返って手を離す。柊はベッドに体を沈めて腹を押さえた。慌ててナースコールを押そうとした日熊を見て、柊が静かに問いかける。


「思い出すのが怖くなったろ」

「馬鹿を言うな。俺は──」


 その言葉と共に、窓から風が吹き込んでカーテンを揺らした。布団を引き上げながら、柊が『さみーんだけど』とボヤく。日熊は壁際に近づいて窓を閉めた。


「……それでも、教えて欲しい。そして楓にも教えてやってくれないか?」


 はあ、とため息をついた柊は、窓際に居る日熊を手招く。日熊は大人しく彼の傍に近づいた。その様子を、黙って黒猫が見つめている。

 痛みに耐えるように腹を押さえていた柊は、おもむろに日熊の顔に手をかざした。


「忘却還元──想起再生」


 やがて、柊の手から放たれた赤い光が日熊へと放たれる。長い間かけられていた術が解かれ、日熊の脳裏は次第にクリアなものになっていった。

 眉間に皺を寄せたまま、長く沈黙していた日熊は、やがて絞り出すような声で『そうか』と呟く。


「これは、アイツには酷だな……」


挿絵(By みてみん)

 顔を手で押さえ、絞り出すように呟いた声は少し震えている。震えた拳を強く握りしめ『大丈夫、大丈夫だ』と日熊が言った。自分に言い聞かせるように。その様子を見ながら柊がベッドに体を深く沈めると、すぐに魔鬼が枕元に飛び乗ってきた。


「大五郎、お前も古御門家に行ってこい」


 魔鬼の頭を撫でながら柊が穏やかな声で告げる。


「……俺に何が出来る? 変化しか取り柄のない男だ。足でまといにしかならん」


 日熊が感情を押し殺した声で答えると、柊は息を吐き出すように笑った。


「お前を好きだって言ってくれる子なんて、この先千年は現れねーと思うぜ」


 くく、と柊が笑う。日熊の脳裏に浮かんだのは、自分を初恋だと告げた若い教師のこと。日熊は目を丸くすると、大きく深呼吸をしてからぶすっとした顔で『千年は言い過ぎだ』と短く口にした。

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