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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
2部

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194/435

【ハロウィンの裏側で】4★

 牢屋の前に現れたのは、白く長い髪を揺らした儚げな美少年だった。それは楓によく似ているが、楓よりもずっと冷たい空気を纏っている。しかし、冷たいだけではないとハクは直感した。


「あなたは?」

「古御門、キイチ……」


 キイチが少し困ったような、緊張した声で答える。ハクは『そう』と言って微笑んだ。そんなハクを庇うように冥鬼が身を乗り出す。


「おいコラ、オレさまは楓以外に使われる気はねーぞ! 貴様のおじいさまとやらにそう言っとけ!」

「おじいさまが、どうかしたの……? 冥鬼はどうしてそんな所にいるの?」


 キイチは少し困ったように眉を寄せる。


「とぼけんじゃねえ。今すぐこんなところ抜け出して、貴様共々ぶっ倒してやるからな。腹さえ減ってなければ……」


 冥鬼の苛立ちに応えるように、彼女の体を妖気が纏う。地下牢に冷たい風が吹いて、妖気が渦を巻いていった。

 その妖気と同種の風が、危険を感じたキイチの体にまとわりつく。それは青い火だった。キイチの不安定な感情に影響されて、その炎が徐々に威力を増していく。


「や、やめて、止まって……」


 自分の体に灯った炎を手で払いながらキイチが困惑気味に訴える。それを見て冥鬼が怪訝そうな表情を浮かべた。

 冥鬼が何かを言いかけたその時、軽快な足音が近づいてくる。


「お姫様たちはお目覚め?」


 軽い調子で尋ねたのは、尾崎九兵衛だ。冥鬼の注意がキイチから逸れる。


「尾崎先生……! どうしてこんなこと……」

「退けねーちゃん、ぶっ殺してやる!」


 冥鬼が噛み付くほどの勢いで鉄格子にしがみつく。しかし空腹で力が入らないのか、鉄格子を掴んだままずるずると座り込んだ。


「お〜、コワ。目的なんか何だって良くない? 聞いたってどうせ怒るくせに」

「当たり前だろうが! オレさまをこんなところに閉じ込めたこと、地獄で後悔させてやるから、なぁ……」


 冥鬼は腹から情けない音を立てながら座り込んでしまう。九兵衛は楽しそうに笑ってキイチの肩に腕を回した。


「部屋まで送ってあげるから、オレと行こうよ」


 キイチは何か言いたそうに冥鬼に振り返る。しかし強引に肩を抱かれて、渋々背を向けた。


「そうそう……キミたちの大好きな王子様だけどね」


 九兵衛はそう言って冥鬼たちに振り返る。怯えた様子のハクを見て舌なめずりをした。


「オレが優しく殺してあげるから、楽しみにしといて」


 わざと恐怖を煽るように放たれた言葉に、ハクが泣きそうな表情を浮かべる。冥鬼は鉄格子に体を押し付けて九兵衛を睨みつけた。


「貴様ッ……」

「アハハハッ!」


 おかしくて仕方ないものでも見たかのように九兵衛が品のない笑い声を上げる。そのまま、キイチを引きずるようにして半ば強引に地下牢を出ていった。

 廊下に出た九兵衛はひとしきり笑っていたが、やにわにキイチの体を床に放る。キイチの体は呆気なく床に倒れ込んだ。顔を上げたキイチの頬がパチンと音を立てて叩かれる。


「あのさぁ、一応キミは囚われのお姫様なんだから、大人しくしててくれないと困るんだわ」


 呆れたような声で九兵衛がキイチを見下ろしていた。先程の雰囲気とは打って変わって、にこりとも笑っていない。


「お……おじいさまは、何をしようとしてるの?」


 キイチが問いかける。九兵衛は小馬鹿にしたように鼻で笑ってキイチの髪を指ですくった。


「さあねぇ。世界征服とか? ハーレムを作る気かも? 嘘だけど」


 は、と笑って九兵衛が手を下ろす。そんな九兵衛を見て、キイチは僅かに表情を固くした。


「九兵衛、きみは……」


 その吸い込まれそうな琥珀色の瞳を見つめて、キイチが口にする。


「八雲に似てないね」


 楓によく似た赤い目が言った。九兵衛は今度こそ、隠そうともしない悪意に満ちた顔で笑う。


「キミも楓クンに似てないっスよ」


 その名前に反応してキイチが眉を寄せる。キイチの表情が変わったことが面白いのか、九兵衛はニヤッと笑った。キイチの顎を掴んでゆっくりと顔を寄せる。


「オレが一番嫌いなタイプ」


 九兵衛はそう言ってキイチに口付けた。唇に強い痛みを感じてキイチが呻く。九兵衛の歯が唇に食いこんで鋭い痛みを伴った。キイチが抵抗しようとすると、その細い手首は掴まれて床に押し付けられる。


「いっ……」


 痛い、とキイチが小さな声を漏らす。誰かに助けを求めようとする声は九兵衛の手によって乱暴に塞がれた。


「キミは奥様によく似てるよ。馬鹿で世間知らずで、こんな風に簡単にヤラせてくれる。奥様がいつもどんな風にオレを欲しがるか知ってる?」


 九兵衛は鼻で笑ってキイチの耳元に囁く。キイチは小さくかぶりを振る。初めて恐怖を感じ、初めて他人の悪意に触れた。キイチはいつも、彼に守られていたから。

 恐怖に支配されたキイチの脳裏に過ぎったのは、いつも彼を助けてくれる八雲のことだ。


(たすけて、八雲……)


 ギュッと強く目を瞑った時、彼の体を再び青い炎が覆う。バチッと音がして九兵衛の体が弾かれた。キイチが恐る恐る目を開けると、二人の間には白い煙がうっすらと立ち上っている。


「アハッ……冗談だったのに」


 少し驚いた様子の九兵衛が、すぐに歪んだ顔で笑う。体を起こそうとしたその時、九兵衛のスマホに着信が入った。玄関に設置した監視カメラと連動しているせいだ。侵入者が近づいた時、自動でスマホへ通知が来るように設定されている。


「へえ……わざわざ殺されに来たんだ」


 九兵衛はそう言ってスマホの画面をなぞる。そこには見知った顔が何人か。そして、日熊大五郎の姿が見えた。

 幼い頃の彼を救った命の恩人であり、初恋の人間。決して忘れることの無い顔。九兵衛は表情のない顔で日熊を見つめていたが、やがてゆっくりと舌なめずりをする。体の下でキイチが怯えたように九兵衛を見上げていた。


「一人で部屋に戻ってくんない? 今度ウロウロしてたら犯しちゃうけどね」


 体を起こした九兵衛はスマホで口元を隠すと、軽く手を振って身を翻した。まるで楽しいことでもあったかのように軽い足取りで。


「──」


 霧の濃くなった廊下を歩く九兵衛の足取りが、徐々にゆっくりしたものになっていく。次第にその歩みを止めた九兵衛は、もう一度スマホの画面を見つめた。先程監視カメラが知らせた、彼らの姿を確認する。

 この家に鬼道楓たちが来たということは、古御門泰親と戦うつもりだ。そして先日小田原牛蒡を連れて家を出た狗神鏡也は、まだ帰ってきていない。この家で侵入者を排除できるのは、九兵衛だけだ。


「キョーヤさんが留守の間はオレがちゃんと殺る。心配しないで」


 九兵衛が誰に言うわけでもなく呟く。それに応えるように、霧の中から複数の笑い声が聞こえた。


「あなたに今のオレを見てもらえると思うと、ゾクゾクするよ……日熊先生」


挿絵(By みてみん)

 うっとりと九兵衛の瞳が細められる。その瞳は、琥珀色から血のように赤い色に変わっていった。

 一層濃くなっていく濃霧が、彼の体をすっぽりと包み込んでいく……。

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